空から来たモノ
布陣の見事さとは裏腹に……。
王宮騎士団の士気は、お世辞にも高いとは言えなかった。
そもそも、今回彼らが動員されたお題目というのは、
――その名を抹消された第三王子が、現教皇と密かにつながりを持っていたという。
――しかも、不遜極まりないことに、堂々とこの王都へ乗り込み教皇と対面してみせると言い切った。
――王家の威信にかけて、そのような行為を許すわけにはゆかぬ!
――いかなる手段を用いるかは分からぬが、騎士の誇りにかけてこれを捕縛せよ!
……と、いうものである。
つまり、此度この剣を向けねばならぬのは、その名を抹消されたとはいえ敬愛する王家に連なる人間であるのだ。
これでは、士気が上がるはずもない。
王宮騎士団の名が通り、彼らは代々王家直属の騎士として仕えてきた者たちである。
当然ながら、その任務には強い矜持があった。
ロンバルド王国に騎士団数多くあれど、王家に直接仕える騎士は自分たちのみ……。
すなわち、王宮騎士こそ騎士の中の騎士であり、この国で……いや、この世で最も崇高な任に就きし者たちなのだ。
それが王族に剣を向けることなど、あってよいことではない。
言うなれば、それは父親殺しにも等しき大罪であり、誇り高き騎士の世界においては、生きる場を失うことにつながってもおかしくない行為なのだ。
しかも、王家に仕えているのだから当然ではあるのだが……第三王子アスルの人となりを知っている者も多かった。
成長してからは古文書と対話することが多くなり、あまり表に出てくることのなかった人物であるが、少ない機会でも垣間見えてくる人柄というものがある。
知っている者からすれば、第三王子というのは誰に対しても気さくで、どこか間の抜けたところはあれどそれがかえって親しみやすさを感じさせる人物であり……。
むしろ、騎士たる身からすればこういった人間にこそ誠心誠意務め、盛り立てていかねばならぬと感じさせていたのだ。
――狂気王子。
かの日以来、市井では彼のことがそのように呼ばれ、面白おかしく脚色して語られていたが……。
王宮騎士の中には、それを苦々しく思っている者も多かったのである。
また、第三王子のことをよく知らぬ者からしても、彼についてはっきりと知っている事柄があった。
それはすなわち、
――救い主。
……で、あるということである。
今年、王都を……いや、おそらくは大陸中を襲った大冷害……。
それに起因する未曾有の飢饉により、人々の暮らしは大いに貧しくなるはずであった。
それが、救われた。
王都入りを阻まれた人々が、大城壁周辺に築きずつあるにわかな野営地にもその姿を認められる、『米』の旗を差した者たち……。
彼らが運んだ食糧により、本来ならば飢えて死するはずだった人々はその命を繋ぎ止めたばかりか、生まれてきて以来、最も美味で豊かな食生活を送れているのだ。
これに尊敬の念を抱かぬ者など、いようはずもない。
今、王都では……いや、王国中では第三王子を讃える声に満ち満ちているが……。
騎士たちの大多数は、全く同じ思いでいたのである。
そのようなわけで、いざ、その時がきたらどうするのが正しいか、大いに迷う王宮騎士たちであったが……。
結果からすれば、彼らが迷いを抱く必要などなかったと言えるだろう。
なんとなれば、そもそもかの第三王子は……彼が手にした力は、王宮騎士団ごときにどうこうできるものではなかったからだ。
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まるで、幼子がそうするかのように……。
皆、一様にぽかんと口を開き、上空を見やる。
誇り高き王宮騎士団とは到底思えぬ姿であったが、それもやむを得ないだろう……。
日も傾き、いよいよ予告された刻限が近くなった空……。
夕陽を背にしながら王都に迫るのは、この世のものとも思えぬ奇怪な存在だったからである。
「あれは……船? なのか……?」
それを目にした騎士の一人が、上空を指差しながら己の推測を口にした。
「で、ですが……空を飛ぶ船など聞いたこともありませぬ……!」
しかし、彼の従者が、すぐさまその考えを否定する。
「――魔物の類か!?」
また、別の場所では騎士の一人が、そのように叫びながら腰の物へ手を添えていた。
「しかし、でかすぎる……!
竜種ですら、あれほどの巨体に達するものはおるまい」
そんな彼を僚騎が制し、何をすることもできないまま……ただ空を見上げ続ける。
はるか空の彼方から、王都へ向けて飛来するモノ……。
それをひと言で表すならば、
――空飛ぶ金属のかたまり。
……と、いうことになるだろう。
全長は、およそ260メートルあまり。全高は30メートル近くにも達する。
鉄とも銀とも異なる神秘的な金属で構成された全身は美しい曲線を描いており、両側面が翼のように緩く湾曲していた。
しかし、それが鳥類のように羽ばたくことはなく、ではどうやってこれほどの巨体が宙に浮いているのかと言えば、それは底部から発される不可思議な光の力であろうと推察できる。
見た目は明らかな人造物であり、空を飛ぶ巨大な船舶か、あるいは城塞のようにも思えた。
しかしながら、これほどの巨大建造物を人間が造り出せるとは到底思えず、では魔物かと言えば、生類に共通する生命の脈動が感じられない。
――奇怪。
ただただ、そう形容する他にない存在なのである。
「――殿下! これは一体!?」
布陣する王宮騎士団の中央部……。
この場を預かる最高指揮官たる、第二王子ケイラーに騎士の一人がそうたずねた。
たずねられたが、答えを持ち合わせるはずもない。
「分からぬ。
金属でできた怪鳥のようにも思えるが……」
よって、ケイラーもまた配下の騎士たちと同様、見たままの推測を口にしたのである。
だが、王国一の騎士が他と異なるのは、これなる存在を遣わしたのが何者であるかを、すぐさま導き出したということだ。
「いずれにせよ、アスルめが関わっているに違いあるまいよ……!
事によれば、あれにアスルが乗り込んでいるのかもしれない。
いや、そうとしか考えられぬ……!」
「あれが、乗り物だと言うのですか!?」
信じられないという表情をする騎士に、苦々しい表情を浮かべながら首肯する。
「もはや、奴に対し我々の常識は一切通用しないということだ」
そこまで告げると、布陣する騎士団を見渡しながらフッ……と自嘲気味な笑みを浮かべた。
中には、長弓を構えている者の姿も見受けられるが……。
相手はそんなものが届くような低空には位置しておらず、また、仮に届いたところで見るからに分厚い装甲で弾かれるだけであろう。
歴史ある王宮騎士団が、全くの無力……!
仮に十倍の数を揃えたとしても、結果は何一つ変わるまい。
「弓を構えている者は下げさせよ!
落ちた矢でケガをする者が出るだけだ」
それだけ告げて、馬首をめぐらせた。
愛馬の首を向けたるは、王都が誇る大城門!
「殿下! どうなさるおつもりですか!?」
「知れたことよ!
こちらから手出しすることはかなわぬが、あれが乗り物であるならば、必ず生じるスキというものがある!」
それだけ告げて、愛馬の横腹を蹴る。
上空に現れた存在に驚きいななく馬も多い中、ケイラーが騎乗したそれは冷静さを保ち主の命令へ忠実に従った。
「数騎は我に続け!」
号令の下、騎士団でも精鋭に位置する者たちが駆け出したケイラーの馬に引き続く。
第二王子が愛馬を向かわせるは――王都が誇る大聖堂!
それにしばし遅れ、白銀の巨大怪鳥と評すべきそれが王都上空に到達した。




