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王宮騎士団大布陣

 『テレビ』を通じ、第三王子が大胆不敵な予告をした翌日……。

 ロンバルド王国が王都フィングは、かつてない緊張状態に包まれていた。


 普段ならば、活発に商取引が行われる目抜き通りでは、完全装備の兵士たちが絶え間なく巡回し……。

 特に王都が誇る大聖堂周辺地区では、人々のひんしゅくを覚悟の上で兵たちが布陣させられており、今日ばかりは礼拝に訪れた人々を完全に締め出している。

 その様は、一見すれば大聖堂を守る鉄壁の布陣であったが、見ようによってはこれを包囲しているようでもあった。


 実際、その見解は正しい。

 王家側はこの一週間、何度となく使者を送りホルン教皇への登城(とじょう)をうながしてきた。

 その理由は極めて明白であり、第三王子との関係性を公的な場で問いただすためである。

 しかしながら、教皇側は理由も告げずにこれをつっぱね続けてきた。


 こうなっては、否も応もない。

 両陣営の頭目であるロンバルド18世とホルン教皇の思惑がどうであろうが、はた目には王家と教会の対立として映るものだ。

 そのようなわけで、『テレビ』の影響を受け人々が熱狂し大聖堂に押しかける一方、両陣営の間では緊張状態が高まり続けていたのである。


 そこへきて、昨夜の放送だ。

 昨晩、王宮は大いに紛糾(ふんきゅう)した。


 ――猊下(げいか)と共に発表だと!?


 ――これはいかなることだ!


 ――教皇は本当に第三王子とつながっているのか!?


 ――そもそも、なぜいまだに登城(とじょう)して来ないのだ!?


 ……このような具合にである。

 いずれも、極めてもっともな意見であり、この一週間慎重姿勢を崩さなかった国王ロンバルド18世も、これには折れざるを得なかった。


 かような経緯を経て、翌朝になると同時に王宮は動員可能な全兵力を招集、王都中へ布陣したのである。


 布陣が分厚いのは、大聖堂周辺のみではない……。

 王都郊外もまた、同様であった。

 いや、こちらは元来(いくさ)を視野に入れて整備されている分、それ以上であると言えるだろう。


 王都が誇る大城壁周辺には、クモの巣がごとく兵たちが一糸乱れぬ隊列を形成し……。

 城門では、出門(しゅつもん)を望む者が王都内に留め置かれ、それとは逆に外から入門を望んできた者たちはその一切を締め出され、付近ににわかな野営地を築き始める……。

 その即席野営地では常に兵たちが目を光らせており、もし、何かしらの騒ぎを起こす者がいたならば、ただちにこれを鎮圧されていた。


 内からも、外からも、アリ一匹通さぬ。

 まさしく鉄壁の布陣であり、ここ百年大きな(いくさ)を経験していない王宮騎士団がここまでの練度を発揮できているのは、これを預かる第二王子ケイラーの手腕によるところ大であると言えるだろう。


「殿下! 兵たちの布陣、完了いたしました!」


 その第二王子――ケイラーは、実戦に参加したことがないとは思えぬほど使い込まれた具足を身にまとい、趣味が高じて育て上げた百頭以上もの軍馬から選び抜いたとびきりのそれに騎乗しながら、布陣完了の報告を聞いていた。


「うむ……!

 これだけの布陣をこの速さで完了するとは、さすがは我が騎士たちだ!」


 空を見上げながら、満足気にうなずく第二王子である。

 見れば、太陽はいまだ中天に達しきっていない。

 朝一番に招集し、ただちに行動させ、これだけ大規模な布陣を昼前には終わらせる……。

 瞠目(どうもく)するに足るだけの練度であり、王国一の大騎士が満足するのも当然のことであると言えた。


「アスル殿下は、本当に来られるのでしょうか……?」


 伝令に訪れた騎士が馬首をめぐらせながら放ったひと言に、鋭い視線を向ける。


「殿下はいらぬ。

 アスルは……あやつは、もはやロンバルドの姓を持たぬ者よ」


「――ッ!?

 し、失礼いたしました!」


 失言を指摘された若き騎士は、そう言いながら慌てて頭を下げた。

 と、その瞬間……ケイラーの脳裏でかつての記憶と騎士の顔立ちとが符合したのである。


「……待て。

 貴君は確か……アスルめの従者をしていたな?」


「はっ!

 ――ルジャカ・タシーテと申します!

 覚えておいて頂けるとは……光栄です!」


 まだ二十にも満たぬだろう新人騎士、ルジャカが年齢にそぐわぬ見事な手綱さばきを見せながらそう答えた。


「タシーテ、か……」


 本人には聞こえぬよう小声で口にしながら、彼の素性を思い出すケイラーである。

 ルジャカが何者であるかを端的(たんてき)に表すならば、それは、


 ――不義の子。


 ……ということになるだろう。

 本人には細かい事情が伏せられているが、代々騎士として仕えてきた名門タシーテ家の夫人が、当時王宮の副料理長を務めていた男と密通し生まれたのが彼だ。


 アスルは彼に、深く同情した。

 貴族社会において身の置き場がない彼に何くれとなく世話を焼いてやり、ついには自身の従者として取り立てたのである。

 ばかりでなく、成長するにつれ書庫にこもることが多くなっていたアスルだが、暇な時にはケイラー仕込みの剣術や自身が得意とする魔術を教えてやってもいたらしい。


 アスルが『死の大地』におもむく際も供を申し出たが、これは断られ、一人前の騎士となり周囲を見返すよう固く言い含められたとか……。


 なるほど、その約束は見事果たされたわけだ。

 弟の弟とも言うべき若手騎士の見事な騎乗姿に、状況も忘れまぶしい思いを抱くケイラーである。


 少しばかり、こころが浮ついたからだろうか……。

 つい、このようなことを口にしてしまった。


「……貴君、アスルは本当に来ると思うか?」


「……は?」


 驚いた顔でこちらを見やる騎士ルジャカに、これは失言であったかと思い直す。

 しかし、一旦口にしたことを取り消すケイラーではなく、続けてこう口にした。


「なに、思ったままを口にしてくれればいい……。

 あやつの従者を務めた貴君から見て、アスルは宣言通りノコノコと出向いてくると思うか?」


「思ったまま、ですか……」


 そう言われ、騎士ルジャカがぐるりと馬首をめぐらす。

 ケイラーが鍛え上げた王宮騎士団の布陣たるや見事のひと言であり、これは例えるならば人によって形成された石垣である。

 これに正面から乗り込んでくるなど、無謀という言葉ですら言い足りなく思えたにちがいない。

 しかし、若き騎士はしばしの思慮を経た(のち)、こう答えたのだ。


「来ると思います」


「ほう」


 キッパリと言い切ったその態度に、わずかな感心を覚える。

 騎士たちの頂点に立つ自分を前にしてこう言い切るのは、なまかな胆力(たんりょく)ではない。

 こういったところは、あの弟に似たのかもしれぬ。


「アスル……は、やると言ったことを必ずやり遂げる人物です。

 それが、本日来ると言い切った。

 ならば、必ず姿を現すでしょう」


「だが、俺が騎士団を率いて迎え撃つことになると、予想せぬあやつでもあるまい?」


 王国一の大騎士が放った言葉に、若き騎士は深々とうなずく。


「それはもちろんだと思います。

 ですから、相手はこの布陣を突破し、教皇猊下(げいか)(もと)へたどり着く算段があるのだと愚考します」


「我が精鋭たちを突破して、か……」


 この布陣に存在する、唯一の――そして考慮する必要がない穴を見上げながら、ケイラーはその言葉を反芻(はんすう)した。


「まるで、空でも飛んで来るかのような話だな」


 そう言って、ばかげた考えだと苦笑する。

 アスルは飛翔の術を使えるが、その速度などたかが知れており、弓矢の良い的だ。

 仮にその欠点を補えたとしても、単独でやって来てどうするというのか?


「百人もの兵を引き連れ空を移動する手段でもあれば、不可能ではないが……」


 あり得ないことだと笑うケイラーの隣で、騎士ルジャカは真剣にその可能性を考慮し、緊張を深めていたのである……。

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