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謎の決闘

 ――果たして。


 ――己の足で出向いて説法をしなくなったのは、いつ頃からであっただろうか?


 自分を呼びに来た若き神官に置いて行かれぬよう、必死で足を動かしながらホルンはそのようなことを考えた。


 教会内では……事に大聖堂内においては、常に気を乱さず落ち着いて行動することこそ推奨(すいしょう)される。

 ゆえに、神官も急いでいるとはいえ早足程度に過ぎないのだが、年老い、重苦しいローブを着込んだ身にはとんだ難業であった。


「はっ……一体……ふぅ……何事だというのかね!?」


 ――一大事です!


 ――ともかくこちらへおいで下さい!


 大祭壇の間へ入るなり、そうまくし立てて教皇を連れ出した神官からは、まだなんの用件かも聞いておらぬ。

 気を紛らわせるためもあり、歩きながらそうたずねた。


「それが……なんと申し上げればよいのか……」


 振り向き、しかし、足は止めないままに神官が言いよどむ。

 この男は、若いながらもなかなかに頭が回り、しかも、金が絡むことに対して忌避(きひ)感を抱かぬので普段から何かと重用していた。

 言ってみれば、懐刀である。

 その腹心が、これほどまでに取り乱すというのはただ事でないにちがいなかった。


「例の……辺境伯から贈られた品々に混ざっていた奇妙な板――『テレビ』とやらにまつわることなのですが」


「すると……『米旗隊』絡みの案件かね?」


 その言葉に、疲労とはまたちがった理由から顔を歪める。


 ――『米旗隊』。


 教皇に就任したばかりでありながら、早くも各方面から退任を望まれつつある自分とは異なり、今、王国中から信頼と尊敬を集めている者たちの通称であった。


 果たして、これだけ大量の……しかも美味たる食糧を辺境伯めはどこから調達したのか?

 全ては、謎に包まれている。

 確かなのは、辺境伯の手勢……もしくは手勢と化した米の旗を差す者たちが、本来自分に向けられなければならない賞賛の念を独占しているという事実であった。


 そして、『テレビ』とは……王宮とはまた別口に、教会へ向けて辺境伯から贈られた品々に混ざっていた奇怪な板の名であったはずである。

 あれに関する説明事項を、思い出す。


「確か、ソーラー……なんとかという板をつないで日の下に置いておき、指定された日時に書かれた通りの操作をするのでしたか……?

 ああ、そういえば、それが確か今日か……。

 それで、あれなる板に一体、何が起こったというのです?」


 威厳を保つため、なるべく息を切らさないように注意しながら先をうながす。

 すると、懐刀たる神官は興奮しながらこう言い放ったのである。


「それが……板の中に小さな人間……のようなものたちが現れ、ひとりでに動いたばかりか、しゃべりだしたのです!」


 ――こやつ、気が触れたか?


 口には出さないまでもそう思いながら、ひたすらに足を動かす。

 果たして、神官が己をいざなったのは――大聖堂でも外殻(がいかく)に位置する礼拝用の小部屋であった。


 なるほど、日に晒したソーラーなんとかという板につなぐ必要もあり、例の板はそこに保管しておいたはずだ……。




--




 おそらく、話を聞きつけて集まったのだろう……。

 小部屋には管理を命じていた者たち以外にも、教会内でホルンの派閥に属する者たちが集っており、息を呑みながら『テレビ』なる不可思議な板を見守っていた。


 そして、部屋に入るなり……ホルンもまた、彼らと同様に息を呑むことになる。

 小部屋の中央には、脚に当たる部品を取り付けられた『テレビ』が鎮座しており、その横合いからは頑丈な被膜に覆われた線が伸びていた。

 線が伸びた先には木窓が存在しており、そのすぐ下にある外壁に設置されたソーラーなんとかという板につながっているのだ。


 この『テレビ』……先日までは、板の横合いに存在する突起物をいくらいじっても黒々としたままであったのだが――今はそうではない。

 なるほど、腹心たる若き神官はどこぞの第三王子のように気が触れたわけではなかった。

 あらかじめ指定された時刻を迎えた『テレビ』の前面には、確かに光が灯り……この世ならざる景色を映し出していたのである。


 厚さにして十数センチしかないであろう板切れの映す世界を、なんと表現したものであろうか……。

 それはさながら、絵画のようであり……。

 現実に存在する光景を、極めて抽象的に表現したものであるかのようだった。


 では、どのような光景であるかというと……これはおそらく、決闘の光景である。

 板の中では、筋肉質な二人の小人が向き合っており……おお……なんということだろうか……しかも、躍動感たっぷりに動き回っているのだ。


 小人の一人は、赤いハチマキを身に着けぼろぼろの武道着を身にまとった青年である。

 もう片方は、金髪を逆立てた険しい顔つきの人物であり、こちらは既存のいかなる様式とも異なる、いかにも動きやすい服を身に着けていた。


 向き合う両者の後背(こうはい)では、鉄で作られたと思しき巨大な……怪鳥のような存在が鎮座しており……。

 そのすぐ手前では、木箱などに腰かけた数名の男女が対峙する両雄をはやし立てていた。


 それにしても、板の上部に描かれている黄色と赤の線は何を意味しているのだろうか……?

 いや、不思議なのはそれだけではない……。

 『テレビ』からは、聞いているだけで気分が高揚するような……なんとも軽快で力強い音楽が流れているのだ。


「一体、この戦いはどうなるんだ……!?」


 どうやら、これなる現象の意味を理解しつつあるのだろう……。

 詰め寄せている者の一人が、ごくりと固唾を飲みながらそうつぶやく。

 それに釣られ、ホルンも意味が分からないままなんとなく固唾を飲んだ。


『ハドー――』


 ハチマキをした青年が、両手を組み合わせて魔術と思しき光弾を打ち放つ!


『アニック――』


 それを迎え撃つは、金髪男の放った魔術弾!

 二つの輪が組み合わさったようなこれは、青年の光弾と激突し見事にこれを相殺した。


『ハドー――』


『アニック――』


 その後も、何度か同じ攻防が繰り返されるが……。

 両者の魔術弾は相殺されるばかりで、なんの効果ももたらさぬ。

 それにしびれを切らせたのだろう……。

 ついに、ハチマキ青年が人間とは思えぬ跳躍力で金髪男に跳びかかる!

 対する金髪男は、観念したのか……しゃがみ込み攻撃を待ち受ける姿勢だ!

 その様は、さながら断頭を待つ罪人のごとしである!


「ああ、いけない!」


 熱心に見入る人間の一人が、そう叫ぶ。

 てっきり、それは金髪男に向けた言葉なのだろうと思ったが――ちがった。

 なんと! 金髪男はしゃがみ込んだ状態からカエルやバッタもかくやという超跳躍を見せ、後方回転しながらの鋭利な蹴りを放ったのだ!

 おそらく、魔術的な作用が働いているのだろう……。

 蹴りの先からは弧月(こげつ)のごとき衝撃波が放たれ、これが空中から襲いかかったハチマキ青年に直撃した!

 『テレビ』上部に描かれていた奇妙な線の片方が、一気に赤一色へ染まる!


『うーお!? うーお!? うーお!?』


 同時に、断末魔の悲鳴を反響させながら、ハチマキ青年が吹き飛ばされ……。


『ユー! ウィン!』


 何者かに勝利を告げられた金髪男が、着地と同時に髪を直しながらこちらにキメ顔をしてみせた。


「これは……その……なんだ……?」


 これなる決闘光景を見たホルンが、誰にともなくたずねる。


「分かりませぬ……ともかく、さっきから戦う人間こそ変われど同じようなものが映されるばかりで」


 腹心たる神官が、律儀にそう答えた。

 と、その時である。


『カッー!?

 バンホー! 待ちガイはズルくないか!?』


『ズルくありませんー!

 立派な戦法にございまするー!』


 『テレビ』から、なんとなく聞き覚えのある声と、特に聞き覚えのない声が響き渡ったのだ。


『まあ、それが強みだけどさー。

 とにかく、次はお互いちがうキャラで――』


『――マスター。

 ちょっとよろしいでしょうか?』


 今度は、これも聞き覚えがない若い女性の声が言い合う両者の間に割って入る。


『どうした?

 今いいとこ……』


『もう始まってます』


『え!? うそ!? やべ――』


 焦った声と共に、いきなり『テレビ』の映す光景が黒一色となった。


「なんなのだ……一体……」


 つぶやくホルンであったが、答えを持った者など存在しなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] アニック(笑) どうせならリュウもハドゥーにして欲しかった。
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