逆賊の第三王子
王都フィングの中央部にて、街並み全てを見渡すかのようにそびえ立つロンバルド城……。
総石造りの威容は、王家の権威というものを否が応でも思い知らされるが、かの城において、最もそれを強く感じさせるのが大円卓の間であろう。
建国王ザギが愛用し、今では王権の証として王冠と共に継がれている宝剣が飾られし室内に置かれるは、その名にたがわぬ巨大な大円卓……。
黒檀でこしらえられたこの円卓は、驚くべきことに、これほどの大きさでありながら継ぎ目一つ存在しない。
今では辺境伯領にてエルフ自治区を束ねる偉大なエルフ――フォルシャが、友誼の証として建国王に贈った逸品である。
この部屋に存在する歴史も、権威も、重い。
必然、用いられるのは国にとって一大事と呼べる議題が存在する時のみであり、あの狂気王子こと第三王子アスルが、『死の大地』に関する研究を発表した時にも使われなかったほどだ。
機密を守る必要性から、窓一つ存在しない室内には王宮魔術師により魔術の光が灯されており……。
たいまつの明かりと比してどこか冷たいそれに照らされているのは、ロンバルド王国の首脳と呼べる人々である。
上座に位置するのは――国王ロンバルド18世。
豊かな髪も自慢のひげもすっかり白くなっており、最近では第一王子カールへの権力移譲の日も近いと言われているが、その瞳に宿った力はまだまだ若き日と比べても衰えておらず……もうろくというものから縁遠いことがうかがえた。
その両脇に座すは、第一王子カールと第二王子ケイラー。
共に男盛りな年齢であり、父の素養を強く受け継いだと言われる兄王子からは英気が……。
そして、王国一の騎士として名高い弟王子からは、武威がみなぎっているのを見て取れた。
王国における最大権力者たちと席を共にするのは、これも各方面における最高責任者たちである。
ただ一人……教会を束ねるホルン教皇のみは席を外しているが、此度の飢饉を受けた彼の多忙さと苦境ぶりをかんがみれば、これは致し方のないことであると言えた。
重苦しい表情で円卓に座す一同であるが、言葉を発する者はいない。
その代わりに、皆が皆……それぞれの前に置かれたある品を注視していた。
それなるは、お湯を注ぎ、フォークを置くことで蓋を閉じられた奇妙な紙筒――カップ麺である。
「陛下、もうよろしいかと」
第二王子ケイラーが口を開き、偉大なる現国王にそう告げた。
紙筒には、「お湯を入れて建国のわらべ歌を歌い終えるくらいの間待とう!」と書かれているが、当然、そんな間抜けなことをする人物などここにはいない。
ゆえに、誰一人にこりともしないまま、王国一の大騎士が誇る体内時計の感覚に任せていたのである。
「どれ」
ロンバルド18世がフォークを手に取り、閉じられていた蓋を開く。
その瞬間、歴史ある大円卓の間に、なんともかぐわしく……鼻孔を通じ胃袋を殴りつけるような香気が漂った。
第一王子を始め、他の者たちもそれに追従し……。
建国王の宝剣が見守る中、男たちのにわかな食事会が開催されたのである。
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誰もひと言も発さぬまま……。
一から十まで、全てに不思議が詰まった麺料理を食す。
いずれも貴人らしく、麺に関してはフォークを使い上品に食したが、残ったスープはコップじみた容器の形状を活かし、飲み干すこととなった。
「……美味いな」
ぽつりと、つぶやくようにロンバルド18世がつぶやく。
それはまた、この場でこれを食した総員の感想でもあった。
「他の食品に関しても、大同小異……。
『米』なる穀物を除いては、いずれも簡単に調理可能かつ、長期に渡る保存が可能と保証されているそうです」
父王の言葉を受けて、第一王子カールがそう言いながら円卓の中央を見やる。
そこに乗せられているのは……米を始めとして、缶詰めや袋菓子など、俗に『米旗隊』と呼ばれている者たちが王国各地に配給して回っている品々であった。
いや、乗せられているのは食料品のみではない……。
『テレビ』というらしい、奇怪極まりない板や、それを動かすために必要らしい『ソーラーパネルセット』なる道具も同様である。
「ご丁寧にも、王宮向けの分まで用意してくるとはな……」
これなる品々を眺めながら、第二王子ケイラーが苦笑いを浮かべた。
ハーキン辺境伯は、『米旗隊』を派遣するにあたって、各地を治める領主向けの試供品を贈呈しているのだが、それは王室に関しても例外ではなかったのだ。
「両殿下の動きが迅速だったおかげで、王領に関しては此度の飢饉を乗り越えるに足る準備が出来ておりました。
が、農民たちに植えさせたのはしょせん救荒作物……。
これらの配給を、民たちは諸手を挙げて歓迎しているそうです」
大臣の一人が、人々の動向に関して簡潔にそう述べる。
それを受けて、ロンバルド18世は眉間を軽く揉みほぐした。
「先にも通達した通り、米の旗を差した者たちやそれを受け入れる民たちにはなんら掣肘する必要はない。
全て、好きにさせるがいい」
「問題は、これなる摩訶不思議な食べ物の数々が、果たしてどこから生えたのか、だ……。
辺境伯は、こちらの問い合わせになんの返答もないのか?」
父の言葉を継ぐ形で問いかけたカールの言葉に、外交を任とする者が背筋を正す。
「はっ……!
依然として、沈黙を貫いております」
「そんなもの、問いかけるまでもあるまい!」
半ば話をさえぎる形でそう叫び、由緒正しい円卓に拳を振り下ろしたのはケイラーである。
見る者を威圧させる動作であるが、しかし、彼の顔にそういった色はない。
むしろ……実に嬉しそうに、笑みを浮かべていたのであった。
「アスルだ!
あやつ、やり遂げたのだ!
気が触れたようにしか思えない世迷い事が、しかし、事実であったことを証明してみせたに違いない!
陛下! あなたの息子は……我らが弟は見事、己が言葉の正しさを証明しこの国難を救ってみせましたぞ!」
第二王子が、昔から末の弟をかわいがっていたのはこの場にいる全員が承知している事実である。
ゆえに、彼の嬉しさは痛いほどに理解できたが……しかし、誰も追従することはなく、ただ沈黙のみで応じた。
重苦しいそれを破ったのは、ロンバルド18世である。
「他に、心当たりもなし……。
まあ、アスルがやったと思う他にないだろう。
なるほど、わしの見解が大間違いだったということだ」
それは、意外なほどにあっさりと……五年前における己が非を認める言葉であった。
「陛下! ならばあやつの名誉を今こそ回復しましょう!」
「まあ待て」
それを見て勢い込む弟を、カールが手をかざして制止する。
「アスルには、その気がない」
「なんだと!?」
「まあ聞け……。
奴が手にした力のすさまじさは、ここに並んだ品々を見るだけでも分かる。
何しろ、国一つを救うほどの食糧を供給してみせたのだからな……」
「ああ、だからこそ――」
「――だからこそ、奴はもう戻って来ないのだ」
英知溢れる兄に睨まれ、さしもの大騎士も浮かしかけた腰を戻す他になかった。
「犬は、餌をくれる者になつく……」
二人の父たる王が、つぶやくようにそう吐き出す。
「人と犬を同列に考えるなど不遜極まりないが、ともかく、それは民においても同じ……。
今、アスルが戻れば、人々はあやつこそ戴くべき王であると判じるだろう」
「だから、姿を隠し続けるというのですか?」
ケイラーの言葉に、王は首を横に振った。
「奴は口でこそ軽いところはあるが、公のために私を捨てられる子よ……。
自分が与えられる、最大限の利益を民にもたらそうと考えるだろうよ」
「つまり、だ……」
カールが、父の言葉を引き継ぎ代弁する。
それは王子としてというより、息子として……長兄として、父が言いたくないであろう言葉を請け負うためであった。
「どうせ国に混乱が起こるのなら、奴は最初からそれを掌握するつもりでいるのだ。
――ケイラー、心せよ。
アスルは、王家に弓を引く腹積もりである」
第一王子の言葉を、否定する者は存在せず……。
ただ一人、第二王子ケイラーのみはわなわなと肩を震わせるのであった。




