建国の理由 歓迎できぬ理由
「マスターの要望をより高い精度で実現するため、差しつかえなければ問題点について教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな。
俺も説明しながら、考えをまとめてみる」
揺らめく波のように髪の色彩を変えるイヴへ、俺はまず、一人で『マミヤ』を探索する羽目になった経緯を説明する。
王家秘蔵の古文書を解読し、『マミヤ』が死の大地に眠ると突き止めたこと……。
それを重鎮たちの前で、発表したこと……。
結果、実の父から「気が触れている」と断じられ……『死の大地』を領地として与えられたこと……。
つまり、事実上の追放処分を受けたことを、話した。
「……そういうわけで、俺はこの船が持つ力を使って『死の大地』を豊かな土地に作り変え、新たな国を興そうと考えている」
「ならば、この状況は好都合なのではないでしょうか?
スキャンの結果、地上の改良種たちは食料や水の持ち合わせがなく、ここを離れれば行き倒れると推測されます。
彼らを、マスターが興す国の国民として受け入れてはいかがでしょうか?」
「改良種って獣人のことか?
……ともかく、それが美味くないんだよ、な……」
どっかりと、背もたれに体重を預ける。
見た目は装飾も何もなく、船長のものとは思えぬ質素な装いの椅子……。
しかし、どのような働きによってか、これは俺の全身を的確に支えてくれており……この椅子を使っている限り、腰痛などとは無縁であろうと思わされた。
「俺が国を興すのは、最終的にロンバルド王国を併合するためだ」
「つまり、復讐ということですか?」
「いや、違う」
イヴの言葉を、きっぱりと否定する。
「確かに、父上や兄上たちのことをうらめしく思う気持ちはある……。
だが、ロンバルド王国を併合するのはそれにも増す王族としての使命感からだ。
収めた税によって、俺を育んでくれた王国の民たち……。
俺は彼らに、最大限の利益でもって報いなければならない」
「マスターの説明に矛盾を感じました。
そういうことならば、当船に乗って国元へ帰還なさればかなうのではないでしょうか?」
「かなわないんだな、これが」
俺は船長用の机で両手を組み、そこに額を乗せながらそう告げた。
「父上が命じ、王の命令として『マミヤ』を発見したならばそれで良かった。それは王の手柄となる。
……が、実際には追放された俺が独力でこれを発見したわけだ。
それがノコノコと帰還したら、どうなると思う?」
「どうなるのですか?」
小首をかしげるイヴに、想定される未来を教える。
「内乱だよ。王国史に残るだろう規模の、な」
組んでいた両手を大きく広げ、発生するだろう内乱の規模を表現した。
「俺が大人しく『マミヤ』を献上したとしよう……。
その場合、王国内の派閥は二つに割れる。
あくまでも、父上や兄上たちを立てようとする勢力……。
そして、結果的にとはいえ、愚かな判断を下した王の命令にくじけず、大漁を得た俺を担ぎ上げようとする勢力に、だ」
「割れるのですか?」
「割れる。確実に、だ」
キートンが巻き起こした、奇跡とも言える技を思い出す。
「俺は、英雄と呼ばれるだろう……。
父上や兄上たちより王にふさわしいと言う者たちは、一人二人では済むまい……。
まして、民たちの反応を想像すれば、どうだ?
『マミヤ』の力を使えば、彼らの生活は信じられないほど豊かになる。
それをもたらしたのは、王家ではなくそこから追放された俺だ」
幼き日のかつて、上の兄上……第一王子に言われた言葉を思い出す。
――アスル。神学者共は王権を神から与えられたものだと言うがな。
――私は、民草から暗黙の了解という形で承認を得て、与えられているものだと思っている。
……至言である。
そして、俺がノコノコと戻ったならば、民草は暗黙の了解という形で承認を与えなくなるだろう。
自分たちに奇跡のごとき利益をもたらした存在――俺を担ぐために、反乱という形で否認の意を示すはずだ。
「貴族同士の内乱ならば、まだいい。
が、おそらく事は市井の人々も含めた、階層闘争とも呼ぶべきものへ発展していくはずだ。
あのリンゴ……」
虚空に浮かぶ額の中で、冗談じみた速度で成長し、今、行き倒れる寸前だった獣人一行を救っているリンゴの木を見やる。
「……あんな成長速度が、他の作物でも実現できるなら――」
「――可能です」
「……あ、そう。
なら、確実にそうなるな。
今までは日々の農作業で手一杯だった彼らの労力が、反乱へと注がれることになる」
そこまで言って、言葉を区切った。
ここから先は、単なる未来予想ではなく……決意表明の色を含む。
「だから、その混乱を少しでもマシな方向で治める。
そのために、最初から独立勢力として台頭し、王家との対立姿勢を貫く。
はっきりと、誰の目にも分かりやすく旗を掲げるわけだ」
それでも、かなりの混乱を国に巻き起こすだろう。
だが、それは致し方あるまい……。
新たな体制を作り出すための出費であり――出血だ。
王族として生まれた以上、その辺りの割り切りはできている。
「結論とそれに至った経緯は理解できました。
しかし、ならばなおのこと彼らの存在は好都合では?
求めていた独立勢力の構成員となることが、期待できます」
「その後を考えると、美味くないんだ」
かぶりを振りながら、答えた。
「彼らを受け入れれば、これから建国する国家最初の国民として、どうしても優遇せざるを得なくなる。
俺が利益をもたらしたいのはロンバルドの国民なのに、よそから流れてきた者たちを厚遇することになるんだ。
だから俺としては、『死の大地』と隣接するハーキン辺境伯領と話をつけて、人を取り込んでいきたいのさ」
しかも、これには付け加えるべきことがある。
「さらに、獣人であること……そしてあの独特に過ぎる装束を見れば、彼らがファイン皇国に滅ぼされたラトラ獣人国出身であると見て取れる。
皇国は地図上ではロンバルドの隣国だが、実際には『死の大地』横断などしてられないから、他の国をいくつか挟んだ遠方国だ。
それでも、伝え聞く話はあってな?
皇国は攻め滅ぼした獣人たちに、徹底した差別政策を敷いているそうだ」
俺は握りこんだ両の拳を、こつりとぶつけ合った。
「それを受け入れ、国民とするのは……まあ、ケンカを売ってると皇国に判断されるだろうな。
『死の大地』で興す新たな国が、ロンバルドとファインの両側を敵に回すわけだ」
まったくもって、美味しくない状況である。
敵を作るならば、一方にのみ……。
こんなことは、初歩の初歩だ。
「世界情勢の一片を理解しました。
では、このまま彼らを放置しますか?」
相変わらず無表情に訊ねるイヴへ、首を振る。
「そういうわけにも、いかないんだろうな……」
どう考えても、彼らは居座るだろう。
魔術を使える者はいないようだし、ここを離れれば、死、あるのみだからな。
「ならば、接触するということでよろしいのでしょうか?」
「……それしか、あるまい」
果たして、その結果……どのような流れになるかは分からないけども。
こんな地下でうだうだ悩んでいたって、何も解決しないことは確かなのだ。
「イヴ、俺を地上へ戻せるか?」
「イエス。
ですが、そういうことならば『マミヤ』そのもので地上へ向かうのが良いと進言します」
俺の質問に、イヴはまばたき一つせずそう答えたのである。