世紀末覇王伝説 オーガの拳 序章 後編
村長が号令の下……。
ただちに村中の食糧がかき集められた。
驚くほど迅速にそれが成されたのは、謎の筋肉覇王率いる奇怪な集団に対する恐怖心もさることながら、それだけこの村が困窮していることをも意味していた。
まるで、それを待ち受けていたかのように……。
――ズシリ!
――ズシリ!
……と。
馬が発するとも思えぬ重々しい足音を響かせながら、謎の覇王を乗せた巨馬が村へ踏み入る。
――ヒャッハー!
鶏のトサカを彷彿とさせる髪型をした男たちもそれに続き、奇妙な二輪の乗り物を停止させた。
ごくり……と、村長はツバを飲み込んだ。
こうして間近に見ると、筋肉覇王のなんという迫力であるか……!
さっきからなんの根拠もなく覇王覇王と連呼しているが、よしんばこの人物が奴隷か何かだったとしても間違いなく覇王である。
だって、さっきから『ゴゴゴゴゴ……!』と謎の耳鳴りとかするんだもの!
「そ、村長……どうするつもりだ?」
「ワシに考えがある……」
筋肉覇王に聞こえぬよう耳打ちしてきた村人に、同じく小声で答える。
「皆も続けい!」
そして、今度は集まった村人全員に聞こえるよう叫ぶと、勢いよく平伏してみせたのだ!
なんという……鮮やかかつ見事な所作であろうか!
まるで、流れる水のごとく……。
一切のよどみが存在しない、完成された美しさがそこには存在していた。
これぞまさしく――年の功!
村長の人生総決算とも呼ぶべき、完璧な平伏ぶりであった。
そのあまりにもあまりな見事さに、続けと言われた村人たちも思わず追従し平伏してしまう。
それを待ち、村長はにっこりとほほえみながらこちらを見下ろす筋肉覇王にこう告げたのである。
「さあ、これがこの村にある食糧全てです。
どうぞ持って行ってくだされ」
これこそが、短い思考時間で導き出した村長の結論!
全てが謎に包まれた筋肉覇王率いる一団であるが、その目的は推察することができる。
すなわち――食糧の略奪!
一体、どこから来た何者なのかはサッパリ分からないが、此度の飢饉に際し彼らは弱者から奪うことで生き延びようとしているのだ。
だって、さっきからずっと「ヒャッハー!」って言ってるんだもの!
「そ、村長……正気か!?」
「黙れい!
今は明日より今日なんじゃ!」
隣で平伏しながら小声で言ってきた村人を、やはり小声で一括する。
今はとにかく、生き延びることが肝要! 後のことは後になってから考えるのだ。
「ふう……む」
――ズズン!
……と。
大岩が落ちるような音を響かせながら、覇王が下馬しこちらに歩み寄る。
そして、平伏する村長の前で立ち止まると、
「――むん!」
「――あびば!?」
これを思いきり平手打ちにし、弾き飛ばしたのだ!
「村長!?」
「そ、村長!?」
無様に地面を転がる村長を見やりながら、村人たちがその安否を心配する。
「ひゃ、ひゃひを……?」
しかし、確実に死んだと思われた村長は思いの他元気であり、地に伏し、腫れた顔を抑えながらも筋肉覇王を見上げていた。
「このオーガを、見くびるでないわ!」
筋肉覇王――オーガが、倒れる村長を見ながら一括する。
「貴様らのごとき飢えたる民から食糧を奪うなど、女がすたるわ!」
――え? 女なの?
村人の誰もが同じ思いを抱いたが、しかし、それを口にすることはしない。
こんな恐るべき覇王の張り手を喰らうなど、死にかけのジジイ一人で十分であった。
そして、恐れる村人たちにオーガが続けたのは、実に驚くべき言葉だったのである。
「我がこの地へ来た目的は、全くの逆!
――貴様らに食料をくれてやるためよ!」
――ヒャッハー!
彼……ではなく彼女の率いるトサカ頭たちが、それしか言葉を知らぬのかまたも「ヒャッハー!」と叫んだ。
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「ヒャア! てめえら! よく見て覚えたか!?
これが米の炊き方だーっ!」
どうやら、「ヒャッハー!」以外にも言葉は知っていたらしい……。
それどころか、まるでどこぞの貴族家で料理番でもしていたかのような手際良さで、トサカ頭の一人が持参した穀物――『コメ』を焚き上げてみせた。
彼らがどこからともなく用意した大鍋の木蓋を取ると、大量の水蒸気がもわりと立ち昇る。
同時に漂う香りの、なんとかぐわしいことであろうか……!
いや、そればかりではない……。
鍋の中で足を持つかのごとく総立ちとなった『コメ』一つ一つの、真珠がごとき輝きといったら……!
――穀物というものは、育て方一つ、調理の仕方一つでここまでの次元に到達することができるのか!
生まれてからこの地にて農作業に従事してきた村人の全員が、同じ思いを抱いたものである。
「ふん……!」
トサカ頭の調理風景と、ごくりとツバを飲み込む村人たちの姿を眺めた覇王――オーガが、、面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「どいつもこいつも、痩せ細ってろくに食べてなさそうな顔をしおって……!
そのような顔、見るに堪えぬわ!
クッキングモヒカンよ! 早く握り飯にして配ってやるがいい!」
「ヒャッハー!」
それは果たして固有名詞でいいのだろうか……?
ともかく、クッキングモヒカンと呼ばれたトサカ頭がヒャハヒャハ言いながら炊き上がった『コメ』を手に取り、これを握っていく……。
特筆すべきは、ごく単純な調理でありながら、その所作にはツラに見合わない美しさが存在することだろう。
握る手つきは素早く正確でありながらも、『コメ』の食感を決して損なわぬ絶妙な優しさであり……。
味付けとして施された塩も、秘められた甘さを引き出す計算し尽くされた分量であることが直感できるのだ。
「さあ、食すがいい!」
状況を知らぬ人が見たら「さあ、死ぬがよい!」と言ってるようにしか見えない表情と動作で、オーガがそう宣言する。
それを受けて、村人たちがクッキングモヒカンの下に殺到した。
「うめえ……! うめえ……!」
「本当に……本当にありがとうございます……!」
「なんとお礼を言ったらよいか……!」
「ヒャア! 喉に詰まらせないようよく噛んで食べろよ!」
口々に礼を言う村人たちへ、クッキングモヒカンが握る手を止めないままにそう告げる。
「ヒャッハー! まだまだどんどん運び込むぜ!」
「てめーら! ケンカしないでちゃんと仲良く分け合えよ!」
その間、他のトサカ頭たちは何をしていたのかと言えば、やはりどこからともなく取り出した大量の……見たこともない包材が用いられた食糧を次々と村へ運び込んでいた。
どこからどう見てもあの奇妙な乗り物に積みきれる量ではないし、そもそもさっきまでそんなものはどこにも存在しなかったのだが、細かいことを気にしてはいけない。
今、重要なのは、これで村が救われるという事実なのである。
「い、一体……あなた様方は?」
謎の……そして極上の施しを続ける様を目にしながら、村長は勇気を出してオーガにそうたずねた。
「ふん……これを渡しておこう」
しかし、彼女から返ってきたものは答えではなく……。
代わりに、これも唐突に取り出された薄い板を手渡してきたのである。
板は、村長の上半身ほどもある大きさでありながら、極めて軽量な謎の素材で作られており、自立するための脚も備わっていた。
「これは……?」
「テレビ、という道具だ。
貴様、読み書きはできるか?」
「は、はい……!」
強面という言葉すら生ぬるいド迫力で迫られれば、できなくてもうなずいてしまいそうであるが……。
幸いにも、村長は言葉通り読み書きが可能である。
その返事を聞いて、オーガは満足そうにうなずきながら別の包みを取り出す。
「ならば、ここにある取り扱い説明書をよく読み、同梱の充電用ソーラーパネルと接続して使うがいい!」
「は、はいい……!」
それきり、なんの説明もなく……。
諸々の搬入作業やおにぎりなる料理の配布が終わったのを見て、オーガが宣言する。
「では帰るぞ!
駆けろ! ゴルフェラニ!」
ゴルフェラニと呼ばれた彼女の愛馬が、天に届くほどのいななきを上げ……。
――ヒャッハー!
トサカ頭たちも二輪の乗り物にまたがり、爆走する巨馬の後に続く……。
「な、なんだったんじゃろうか……?」
そして村には、今年の飢饉を乗り越えるに足る十分な食糧と……。
『テレビ』なる、謎の道具一式が残されたのである。




