エルフ自治区養鶏場
森と共に生き……。
そこから得られる恵みを糧に暮らす……。
エルフという種族が、時に森人とも呼ばれる由縁である。
しかし、そんな彼らとて、農耕や牧畜と全くの無縁というわけではない。
当然ながら、大規模に森を切り開くような真似はしないが……。
小規模ながら穀物の畑は作っているし、森を利用したキノコの栽培なども行っている。
また、それこそ千年前の昔から森の木々には手を入れており、ハーキン辺境伯領に存在するエルフ自治区には、果樹のみが集う区画も作られているのだ。
さらに、エルフ自治区から人間世界への主たる輸出品として知られるビーバーの毛皮であるが、これは生息数が厳密に管理されており、決して必要以上の数を狩らないよう定められていた。
別段、エサをやり何かにつけて世話をしてやっているわけではないが……。
これもまた、畜産の一形態であると言えるだろう。
そもそもの話として、樹というものは知的種族が手を入れてやらねば貧弱な育ち方をしてしまうものである。
おかしな話であるが、森が森らしく栄えるためには、人間なりエルフなりが適度な矯正を加えること必要不可欠なのだ。
で、あるから、エルフが鶏を育てるということ自体はそこまで不思議なことではない。
不思議ではない、が、それを行うための施設は……あまりにも、異様なものであった。
先日に大発生した魔物の被害により、これはもう大規模な伐採をする他にないと判断された一画……。
計画通りの更地と化したそこには、およそ誰も見たことがない奇妙な建材を用いた巨大な建物が造られていた。
構造としては平屋作りであるが、内部は魚の骨もかくやという複雑さで鉄材が組み合わされており、その武骨さが緑豊かな森の中においては異彩を放つ。
外壁には驚くほど透明で……それでいて頑丈なガラスをふんだんに用いており、日の光をよく取り込めるようになっていた。
しかも、建物内各所には羽が回転して風を送る奇妙な設備が設置されており、巨大閉鎖空間内で空気を循環させる役割を担っている。
総じて、閉塞感と開放感……相反する二つの要素が入り混じった建物なのだ。
これなる建物の住民……それこそ、エルフたちが新たに育てることとなった家畜、鶏であった。
屋根に用いられているソーラーパネルなる板から得られる力を用い、空気が循環する建物内部……。
そこにズラリと並べられているのは、三段作りの鶏小屋である。
――バタリーケージ。
頑丈な針金で出来た鳥かごを連ね幾重にも重ねたそれを、鶏小屋と呼ぶのは語弊があるかもしれない。
より適切な言葉があるとすれば、それは収容所であり牢獄であろう。
何しろ、大量に押し込められた鶏たちには十分な空間も、自然であるならば必要不可欠な土も砂も止まり木も存在しない。
運動のうの字もない彼らに許されたことは、餌箱をつつくか、眠るか、あるいは卵を産むことのみ……。
鶏に対する一片の慈悲すらなく、ただただ肥え太らせ、卵を効率的に収穫するための設備……。
それこそが、エルフ自治区に設けられた新たな施設――養鶏場の姿なのである。
「こうして見ると、おぞましさすら感じるものだな」
忙しい合間を縫って査察に訪れた自治区の長――フォルシャは、狭さに対する不満から奇怪な鳴き声を上げる鶏たちを眺めながら、そのような感想を漏らした。
かかる施設も鶏たちも、全てアスルが用意し、エルフらへ託したものである。
施設に関してはエルフらの助力も受けつつ、竜殺しの鋼鉄英雄ことカミヤが建設したが、では、鶏はどうしたのかと言えば、これは、
――我が先祖と似たような方法で生み出された。
……と、複雑な顔をしながら述べられたものだ。
アスルの先祖……すなわち、建国王ザギ・ロンバルド。
彼が自然ならざる方法で生まれたことは、他ならぬフォルシャが誰よりもよく知っている。
なるほど、あれほどの英傑を人為的に生み出せるのだから、鶏くらいはどうということもなかろう。
なかろう、が……。
――これを言うのは少し迷ったが。
――鶏を生み出す上で必要となる諸々の材料には、先日倒された魔物らの死体を用いている。
と、言われれば、フォルシャもまた複雑な表情を浮かべざるを得ぬ。
「この施設はまるで、古代人たちの英知と悪徳……その両方が結集しているかのようだ。
そうは思わぬか――エンテよ?」
この養鶏場は日に一度、飼料等の補充及び、収穫された卵や肉の運搬にカミヤが訪れているが……。
その彼についてくる形で、里帰りがてらの視察に訪れた愛娘へそうたずねる。
たずねられて、かつての男児じみた装いとは違い、女子らしくかわいらしい『マミヤ』の制服に身を包んだエンテは、少しばかり考え込んでみせた。
「うーん……。
そう言われてみると、確かにこいつらはかわいそうに思えるけどさ」
十三歳……エルフの基準から見れば、幼子にも等しい少女の瞳に映ったのは、しきりに鳴き声を上げながら狭苦しい住居で身じろぎする鶏たちの姿だ。
エンテはケージに歩み寄ると、餌箱の下へ転がっている産み落とされた卵を手に取った。
「でも、こうやって産み落とされる卵も、こいつらの肉を使った料理も、スッゲー美味しいんだよな。
そりゃ、森ですくすく育った鳥や獣には劣るぜ?
でも、たったこれだけの人数で、こんだけ沢山の鶏を育てて得られるそれが、十分満足できる味なんだ」
卵をもてあそびながら少女が見回したのは、自分の命により選定され、この養鶏場で働いているエルフたちだ。
この養鶏場を維持するために働くエルフの人数は、十人に満たない。
たったそれだけの人数で、数百羽に及ぶ鶏たちの飼養管理から、産み落とされた卵の洗卵に至るまで……その全てをまかなえてしまっているのである。
人間の畜産業にはうといフォルシャであるが、それを生業とする者ならば目を剥く光景であるに違いない。
「オレ、母さんたちから聞いたんだけどさ。
ここが出来てから、自治区のエルフたちは毎日新鮮な卵を食べられてるんだろう?」
「……ああ」
娘の言葉へ、素直にうなずく。
フォルシャ自身、今朝は目玉焼きを食べていた。
卵というものは、鳥類が豊富に生息するこの森においても、生態保護の観点などからそうそう食せるものではないご馳走だ。
それをここしばらくでは、当たり前のように食べていた。
同じ口を用いて、自分はこの施設への嫌悪感を口にしていたか……。
「だったらさ、いいんじゃないか?
鶏たちはかわいそうだけど、それでオレたちが美味しいものを食べられるんだもの」
「ふ……そうかもな」
屈託なく笑うエンテの頭を、やや乱暴に撫でてやる。
少しばかり、手元から離したからというわけでもあるまいが……。
どうやら、以前よりはいくらか成長したようだ。
「ちょ、父上!? なんだよーもー」
「はっはっは!
すまんすまん」
アスルが超古代の遺物――『マミヤ』を発見し、人間たちの世界は当然として、エルフたちにも変化すべき時が訪れている……。
だが、後事を託すべき己が娘は、それに上手く適応できているようだった。




