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食糧輸送

 電動貨物船『ヨネマル』の船尾部は、九名からなる乗組員の居住施設や、船の頭脳とも呼べるブリッジ、さらには心臓部にして脚部たる主機関が集中した構造となっており……。

 さながら、小規模な要塞のごとき様相を呈している。


「どうやら、今回もつつがなく荷下ろしが終わりそうですね」


「ええ、この港で働く人夫の方々は、いずれも本当に働き者で仕事も早く、助かります」


 ブリッジに詰めて作業の進捗状況を確認していたウルカは、エルフ少女の言葉にそううなずいた。

 このエルフ少女……本来はエルフ自治区の姫君たるエンテの姉代わりかつ、腹心とも呼べる存在の一人であるのだが、この任務に関しては主の(もと)を離れ、ウルカら獣人勢に同行している。


 エルフと獣人……。

 種族も出身国も異なる両者であり、知り合ったのもつい最近のことだ。

 で、あるからには、わざわざ同行してくる理由もつながりも存在しないように思える。

 しかし、実の所……ウルカとこのエルフ少女には、ある共通点が存在したのである。


 それは、二人が既婚者であるということ。

 ウルカは、隠れ里の指導者たるアスルの……。

 そして、エルフ少女はウルカの配下である若き獣人侍と、それぞれ結婚しているのだ。

 結婚して間もない夫と、可能な限り離れたくない……。

 エルフ少女がこの任務に志願したのは、そのようないじらしい理由によるものだったのである。


 基本的な考え方は冷徹かつ合理的であるものの、根の所では人情家気質がうかがえるアスルであるから、これは快諾(かいだく)した。

 ウルカとしても、配下の侍が嫁としている人物であり、言ってしまえば新たに迎え入れた身内であるのだから断る理由はない。

 そのようなわけで、すでに何度か従事してきたこの輸送任務を通じ、二人の花嫁はずいぶんと打ち解け仲が良くなっていたのであった。


 ちなみにだが、エンテの子守り……もとい世話役を一人で務めることになった腹心の片割れのみは、ずいぶん難色を示していたと付け加えておこう。


「それにしても、『マミヤ』のカガクリョクにはいつも驚かされますが、この『ヨネマル』に関しても同じですね。

 『死の大地』に新設した港からここまで、わずか一日で往復可能な上、この積載量と操作の簡単さなのですから」


「ええ、最近では、驚きすぎて感覚が麻痺している自分に気づいてそのことに苦笑いも浮かべてしまいます」


 エルフ少女の言葉に、ブリッジへ配置された計器類を眺めながらうなずく。

 竜種すら上回る巨大船『ヨネマル』の操作は、コンピュータによって高度な自動化をなされており……。

 腹心たるバンホーが執心(しゅうしん)しているテレビゲームもかくやという、操作の簡易さを誇っている。

 何しろ、馬に乗ることすらおぼつかないウルカであっても、その気になれば発進から接岸までをこなせるほどなのだ。

 また、それであるからこそ、これほどの巨大船であるにも関わらず、わずか九名という少人数で運行が可能なのであった。


 ここしばらく……。

 単身、ラフィン侯爵領へ潜入したアスルに代わり、ウルカはこの船を率いる船長となり、食糧の輸送任務に従事していた。

 と、言っても、それほど難しいことではない。


 ――いよいよ、世に打って出る時!


 その号令の(もと)、海中基地を拡張する形で新設した港とここウロネスを二日に一度往復し、この時のために用意した食糧を運搬するだけである。

 言ってしまえば、特定地域を往復する旅商人と変わらぬ仕事であった。

 もっとも、扱う物量に関しては、旅商人ごとき比較にならぬものであったが……。

 何しろ、『死の大地』に貯蔵されているのは、国一つを救うに値する量の食糧なのだから。


 そう、隠れ里に集った面々は、ついにやり遂げたのである。

 無論、『マミヤ』が誇る超技術や、イデンシというのを改良した作物あっての結果ではあった。

 だが、何事もこれを成すのは人の意志を置いて他にない。

 此度(こたび)の危難に際し、隠れ里に集う種族も出自もバラバラの人々は心を一つにして食糧生産に当たり、結果、その団結力と士気は最高潮にまで高まったのである。


 で、あるからには……このようなことを考えるべきではないだろう。

 それは、ある種……隠れ里への背信行為であるのだから。

 しかし、ウルカは……ウルカの立場では、こう考えずにいられないのだ。


 ――もしも。


 ――もしも、食糧の一部だけでも、かつての獣王国に融通できたならば。


 今年の冷害は極めて大規模なものであり、その影響はロンバルド王国のみならず大陸全土にまで及んでいるという……。

 ただでさえ、培ってきた文化を破壊され、種族的特徴もそれが目立たぬよう抑圧されている獣人たちなのだ。

 いざ、食糧が足らぬという段になった時……現在の盟主たるファイン皇国がどのような施策に打って出るかは、想像にかたくなかった。


 実を言えば、これは確かめる手段が存在する。

 『マミヤ』が誇る三大人型モジュールの一人、カミヤに頼めばいいのだ。

 宇宙なる、空の向こう側に存在する世界……。

 そこから地上の様子をつぶさに観察できる彼であるならば、ある程度の動向を掴むくらいは造作もないだろう。


 しかし、ウルカはこれを固く自制し、臣下の侍たちにも軽挙妄動(けいきょもうどう)をつつしむよう言い聞かせていた。

 ばかりか、その気になれば大陸外縁をぐるりと回ることすら可能だというこの『ヨネマル』に、必要最低限の電力しかチャージしないようイヴに頼んでいたのである。


 全ては、己を抑えるため……。

 あえてこの任を自分に託したアスルの真心(まごころ)へ、応えるためであった。


「ウルカ様、どうなされましたか?」


「あ、いえ……」


 心ここにあらずだったのだろう。

 エルフ少女に問われ、とっさの言葉を探す。


「アスル様は、素性を隠したわたしたち――獣人にこの任務を託すことで、いずれ独立勢力として台頭した時、亡命者である我々が受け入れてもらえる土壌を作ろうとされています。

 その想いに報いるため、より一所懸命にならねばと思っていたところです」


 結果、出てきたのはついふけってしまった思索から続く言葉であった。


「まあ、単に機械の操作にいち早く慣れているからではなく、そのような意図があったのですね?

 確かに、こうして人々を救う仕事に従事しておけば、いざ、仮面の下を明らかにした時も受け入れてもらいやすくなりますものね!」


 一方、ウルカの心中を知らぬエルフ少女は、純粋に感心の言葉を返してくれる。

 そのことへ申し訳なく思っていると、だ。


「――失礼します。

 荷降ろしの作業、終了いたしました」


 臣下の侍たちで、最も若年(じゃくねん)の青年がブリッジに入ってきた。


「お疲れ様です」


 ウルカがそうねぎらうと、青年侍は顔を隠すためのヘルメットを脱ぐ。


「お疲れ様――あなた」


 すると、エルフ少女が少しだけ頬を赤くしながら……彼へと向かって歩み寄ったのである。

 そう、先日エルフ少女と結婚した獣人侍こそ、この青年なのであった。


「なあに、なんてことないさ」


「まあ、頼もしいこと」


 所かまわず自分たちの世界へ入る二人のそばで、ややいたたまれない気持ちになりながら撤収作業に入る。

 先ほどの申し訳ない気持ちは、かなり薄れてしまった。

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