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カップ麺

 透明な被膜を、ペリリと破り……。

 筒を閉じる紙の蓋を、描かれた矢印に沿って開く。

 いや、これは……。


「単なる紙の蓋ではないな。

 金箔のように、驚くほど薄く何かの金属が使われている……。

 鉄では、ないようだが……」


 開かれた紙蓋の裏面をしげしげと眺めながら、スオムス侯爵がそう推測を口にした。


「残念ながら、これなる品の製法は秘中の秘。

 わたくしめにも、細やかなことは伝えられておりませぬ」


 ひざまずいたままでいるソアンが、表情一つ変えずにきっぱりと言い切る。

 どうやら、その言葉に嘘はない……。

 そう見抜いた侯爵は、続いて肝心な筒の中身を観察した。

 観察した。

 観察した、が……。


「なんだこれは……?」


 カップ麺なる紙筒を見た時と、全く同じ疑問を口にしてしまう。

 果たして、筒の中に納まっていたもの……。

 どうやら、それは、


「揚げた麺類……でしょうか?」


 同じく、自分に渡された分の中身を確かめていた腹心が、そう推察を口にする。


「なるほど、言われてみればこれは、確かに麺か。

 ふん、こうやってぎゅうぎゅうに押し込められていると、かち割った魔物の脳みたいだな」


 仮にも食品らしき品を目にしての感想とは思えないが、侯爵がそう口にしたのも無理からぬことだ。

 揚げられた細い麺は、紙筒の中へすぽりと納まるよう複雑怪奇な形状へ整えられており……。

 見ようによってはどこかグロテスクであり、なるほど、生物の脳とも似ている。


 麺の上には、同じく揚げたのだとおもしき野菜の端切れやかき卵の破片、小エビ、四角く茶色な謎の何かが少量散りばめられており、これは薬物か――粉末がまぶせられていた。


「筒に描かれた絵図を見れば、内側の点線まで熱湯を入れればいいようだが……」


 侯爵はそう言いながら、上座から納屋(なや)衆筆頭の目を覗き込む。


「いかにも、ご明察の通りでございます……」


 相変わらず涼しげな声でそう答えられ、何もかも手のひらの上に置かれてしまっている不快感へ鼻を鳴らした。

 鳴らした、が、その程度で激昂するほど器の小さい山賊爵ではない。

 と、いうより、怒りよりはこれなる品への興味が勝っていたのである。


「おい! 湯を沸かせ!

 せっかく、この場にいる全員へ行き渡るだけの数を用意してくれたのだ。たっぷりとな!

 それと、人数分のフォークもだ!」


 ラフィン侯スオムスは声を張り上げ、配下にそう命じたのであった。




--




 ――英雄ザギは剣を抜き!


 ――邪悪な大蛇打ち倒さん!


 ――かくして英雄、国興さん!


 ――おお! 我らがロンバルド!


 この国に生きる者ならば、誰もが知っている建国のわらべ歌……。

 それを聞き終えると同時に、スオムスは瞑目していた目を開いた。


「よし……筒に描かれていた通り、わらべ歌が終わるだけの時間を待ったぞ。

 これで、出来上がったということか」


 豪奢(ごうしゃ)な椅子に座す彼の足元にあるのは、熱湯を注がれ、閉じられた紙蓋の上に重しとしてフォークを乗せられたカップ麺である。

 見渡せば、侯爵家旗下の者たちも同じようにしてカップ麺とやらの完成を待っていた。


 ……ちなみに、紙筒には「別に歌わずとも百八十数えるくらい待てばよい」とも書かれていたが、せっかくなので歌わせてみたのだ。

 ……さらに余談だが、歌ったのは侯爵の腹心たる騎士であった。中間管理職はどこの世界でも大変なのである。


「――毒見役!」


「――はっ!」


 侯爵に呼ばれ、毒見を専門とする女官が進み出た。

 まさか、このように堂々と毒殺を狙ってくるとは思っていないが……。

 何しろ、この身はこれを送りつけてきた辺境伯領に攻め込もうとしていたのだ。

 用心するに、越したことはなかった。


「では、せんえつながら……」


 フォークを手にした女官がそう言い、うやうやしくカップ麺の蓋を開ける。


「ほ、これは……」


 そして、立ち昇る湯気と……爆発的なうま味を感じさせる香気に口をほころばせた。

 湯気の下から現れた、もの……。

 それは果たして――琥珀(こはく)色のスープにひたった麺料理であった。


「バカな……湯を入れただけでアレがこのように変じただと!?」


 幾万もの領民を統べる者として、滅多なことでは動揺を見せぬスオムスが驚きの声を上げる。

 果たして、いかなる魔術を用いたのか……。

 注がれた湯はスープへ変じ、揚げ固められた麺も具材も出来立ての料理さながらな状態になっているのだから、それも無理からぬことであった。


「と、ともかく……毒の有無を確かめてみます」


 女官がそう言いながらフォークを操り、麺を巻き取る。

 そしてそれを口に入れ、咀嚼(そしゃく)することしばし……。


「――こ、これは!?」


 ついにこれを飲み込んだ女官の目が、驚きに見開かれた。


 ――すわ毒か!?


 緊張し注視する周囲の視線を感じた女官が、口元を手で押さえながら照れた様子を見せる。


「し、失礼しました……。

 驚くほど……驚くほどの、美味にございまする……。

 おそらく、毒はないかと」


「よし! わしにも食わせろ!」


 こうなってはもう、居ても立っても居られぬ。

 大体、至近距離からかぐわしいスープの匂いを嗅がされ、侯爵の胃は急速に空腹を訴えてきているのだ。

 謁見の作法を無視し、自ら上座から降り立つと、ひったくるようにして女官からカップ麺とフォークを受け取る。


 そして、同じようにして麺を巻き取り、食した。


「むううう……」


 思わず、うなり声を漏らす。

 細く平打ちされた麺はよくちぢれており、このようにして食すとひたっているスープがよく絡む。

 その、なんと美味きことか……。


 スープは鳥ガラをベースに野菜の香味などを感じさせるものであり、これがなんとも滋味深く……体に染み渡り、内側から火照らせる。

 味をまとめ上げているのはおそらく、スープを琥珀色に変じさせているなんらかの調味料であろうが、このうま味深き調味料がなんであるか、数々の美食を口にしてきたスオムスも思い当たるところがなかった。


 そして――麺。

 パスタなどと比べればあからさまにやわく、歯を当てれば簡単に千切れてしまうこれが、スープの味を最大限に引き出している。

 このやわらかさだからこそ……平打ちだからこそ……ちぢれているからこそ……。

 この小さな容器の中で、最大限にスープを絡み取り、麺汁一体となって口中に交響曲を鳴り響かせるのだ。


 具材も、忘れてはならない……。

 野菜の端切れはスープと共に麺へまとわりつき、味と食感に微細な変化を与え楽しませてくれる。

 ほくほくのかき卵はいついかなる時でもほっとできる味であり、小エビを噛み締めると何やらめでたいような、幸せな気分になれた。


 最後に、謎の四角い物体……。

 その正体は――肉だ。

 カリッカリに揚げられた肉なのだ。

 他の具材と違い、まだまだ揚げ物としての硬さを残しているこれを噛むと、全体的にやわらかな食感でまとまっていたところに良い刺激を与えてくれる。

 しかも、噛んだ後にはきちんと肉の味わいが広がっていき……。

 さらにさらに、これは時間経過と共にスープが染み込んでいき、食感が変化すると共に、肉とスープの味わいが絶妙に混ざり合うのだ。


 ――美味い!


 ――美味すぎる!


 何も言わず、ただただカップ麺とやらを食し続ける。

 三十代という男盛りな年齢のスオムスであり、この程度の量はあっという間に平らげてしまう。


「ふぅー……。

 実に、実に美味かった……」


 気が付いてみれば、配下の者らも同じようにカップ麺を食し、その味わいに恍惚(こうこつ)としていた。

 これを食さず、平伏したまま様子をうかがっているのは、ソアンと彼が率いる者たちのみ……。


 その視線を感じて、なんとなくバツが悪くなったスオムスは、頬をかきながらこう言ったのである。


「まあ、なんだ……。

 これを食わせた上で、先の話へとつなげたいのであろうが……。

 まずは、もう一杯食わせろ!」


 そのようなわけで、話の続きは彼がもう一杯を食べてからという運びになった。

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