ロボットたちの雑談
――異様な光景。
……と、言う他にないだろう。
輪状にされた幅広の布が、ひとりでに回転し続け……。
その上には、全て同じ大きさで造られた金属製の筒が、ずらりと並べられている……。
回転する布の両端には、人骨の腕部分を金属でこしらたような置き物と、調理された魚料理の入った容器が設置されており……。
驚くべきことに腕型の置き物は、そのものが意思を持つかのような自在さで動き、布の上を次々運ばれてくる金属製の筒に魚料理をつまみ上げ、投入していくのだ。
その作業速度も精密さも、人間が到底及ぶものではない。
何しろ、筒に収められていく魚料理の重さは、グラム単位でいずれも同一なのである。
かようにして料理を収められた金属製の筒は、回転する布によって運ばれて行き……その終着点で奇妙な箱の中へ入って行く。
箱は両端部が開け放たれた構造となっており、金属製の缶は次々とその中に入り、また出てくるわけであるが……。
出てきたその時には、これが同じ容器なのかと見まがう姿へ変じている。
まず、単なる筒であったはずの上部には金属製の蓋がかぶせられており、しかもこれは、どのような早技によってか完全に溶接され、いかなる気体も入り込む余地がないほどに密閉されていた。
さらに、武骨な金属そのものといった体であった表側には信じられぬほど上等な紙が巻き付けられており、その紙には内部へ収められた魚料理の精緻な絵画と、蓋に取り付けられた奇妙な金具をいかにして使えばいいかの絵図が描かれているのである。
――缶詰め。
『マミヤ』の技術を用いて建設された食品工場内において、恐るべき速度で生産されている長期保存食品であった。
その製造工程は、ほぼ全てが機械によるオートメーション。
有事の際に対応するためのオペレーターとして、いよいよ教育の成果が出つつあるサムライや奴隷が配置されているものの、人力というものが介在する余地はなかった。
このようにして生産されている食品は、何も缶詰めだけではない。
――レトルト食品。
――即席スープ。
――袋菓子。
――カップ麺。
種々様々な保存食品が、大量生産されているのだ。
だが、それらは隠れ里を指揮するアスルにしてみれば、
――オマケ。
……といったところである。
『マミヤ』の超技術を駆使し、全力で生産と備蓄をされている食品で最多を占めているのは、
――米。
……であった。
ウルカら獣人国出身者からしてみれば、磨き上げられた宝石のごとき精米をなされた生米である。
米は、これも極力文字を排し炊き方を絵図で記した頑丈なビニール袋へ収められ、隠れ里に次々と増設された倉庫で保管されていた。
『それにしても、なんで米なんだろうな?
マスターが救おうとしてるロンバルド王国の主食ってのは、小麦なんだろ?』
大量の米袋を積み上げ、崩れないようビニールで巻き固めたプラスチック製パレットを運搬しながら、『マミヤ』が誇る三大人型モジュールの一人――キートンは兄弟機にそんな言葉を投げかける。
『聞いた話だけどな、将来を見据えてのことらしいぞ』
全長九メートルの巨大ロボットにふさわしい大きさのパレットを同じく抱えながら、カミヤはそう答えた。
二人がこのところ従事している仕事をひと言で表せば、それは、
――人足。
……ということになるだろう。
すでに耕作用の土地は、現在の人員と装備でまかなえる限界まで拡張を済まされており……。
定期的に行われる航空撮影など、カミヤのウィングマントを駆使すればものの数分で終了してしまう……。
結果、二人の巨大ロボットはものの見事に手持ち無沙汰となっていたのである。
とはいえ、隠れ里に住む総員で食糧確保のため働いている現状、ムダ飯食らい――食事はしないが――に甘んじているのも体裁が悪く……。
とりあえず二人は、手足の生えた重機と化して様々な力仕事へ従事する日々を送っていたのであった。
人間が見た時の印象を考え、過剰なまでに趣味的な……ヒーロー然としたデザインで建造された二人がそうしている姿は、なかなかにシュールな絵面であったが……。
元来、惑星開発を目的として生み出された彼らであり、そのことに不満はない。
特にキートンは、休養というものに対し心の傷を負っていたため、適度な労働が確保できることは望むところであった。
そのようなわけで二人は今、全高十二メートルほどはある巨大な倉庫の中に、次々と出荷待ちの米を運び入れている最中である。
この倉庫も二人で協力して建造したもので、極めて簡素な造りのこれは、現在、隠れ里で最多を占める建造物と化していた。
人間のスケールで例えるならば、プレハブ小屋を建てては、そこに保存すべき品をしまい込む仕事といったところであろう。
『よっと……。
将来を見据えると、なんで米になるんだ?
人間が食事を取る感覚というのは分からないもんだが、食い慣れてるものの方が調理もしやすくていいと思うんだけどな』
『そこはそれだ。
ウルカさんたち、獣人国組のことがあるからな……。
マスターは今回の件を解決した後、いよいよ独立勢力として名乗りを上げることになるだろ?』
人間が古雑誌を積むような感覚で数百キロはあるパレットをしまい込みつつ、世間話を続ける。
『そのお嫁さんがよく知らない国の、よく知らない改良種だと、王国の人たちにも色々と思うところがあるらしいからな……。
それを少しでもやわらげるために、まずは獣人国の主食である米を知ってもらうことで、精神的な敷居を下げようという策なわけだ』
『あー……。
確か、昔の地球文明でも、食い物の違いで色々とあったんだっけ?
なんだったかな? あんまりそういうのはインプットされてないからな……』
人間がそうするように首をかしげるキートンであったが、そこに遥か遠方から通信が入った。
『確か、ニッポンという国の明治初期だろう』
……トクである。
『マミヤ』が誇る三大人型モジュールにしてみれば、遠き深海から隠れ里での世間話に加わることなど造作もないことなのだ。
『おー、トクか?
そっちの方はどんな感じだ?』
『相も変わらず、漁業従事者やってるよ。
さておき、ウルカさんたち獣人組は和の文化を強く受け継いでいるから、ちょうど地球の歴史とは逆のことをやるわけだな』
カミヤの問いかけに、『海』をつかさどるロボットはそう答える。
トクは現在、海中基地に詰めており……。
そこで増産された漁業用潜水艦らと共に、加工食品用の魚介類を確保する日々を送っていた。
獲れた魚は出向した人員によって即座に下処理を施され、リニアレールを通じてこの隠れ里へ出荷されてきているのである。
『はー、マスターも色々と考えてるんだな。
オレ様はロボットだけど、そういうのはからっきしだぜ』
『結局、そういう心の機微ではまだまだ人間には及ばないさ。
俺たちにできることは、どこまでいっても人間のサポートだからな』
『そのサポートすべきマスターは、今頃元気にやってるのかねえ』
トクの言葉に、カミヤはマスターがいるだろう方角へ顔を向けた。
例え、倉庫の壁に阻まれていようと、ロボットが方向感覚をたがえるということはない。
そして、カミヤが顔を向けた遥か先の地では、マスターが……アスルが、おそらくは人生における大きな試練へ立ち向かっているところなのだ。
『恩師への孝行、か……。
これも、俺たちロボットには分からない感覚だな』
カミヤの言葉に、他二名のロボットも同意の意を示した。




