再会
いかに田舎の小村といえど……。
人が集い、暮らすのならば、必然、それなりの規模は有することになる。
『マミヤ』に保管されていたロールプレイングゲームのように、主人公がほんの少し歩き回れば一周できてしまうような規模の村など、現実には存在し得ないということだ。
そのようなわけで……。
村の姉弟に案内役を頼んだ俺たち一行は、うららかな……されど、冷害の未来を予期している身としてはどこか寒々しさを感じる日差しに照らされながら、村の中を歩んでいたのであった。
当然ながら、率いる俺自らが怪しいと断じてしまうような集団が歩けば、農作業などに従事する村人たちの視線を集めてしまうことになるのだが……。
そこは、現地民に案内を頼んだ強みというやつだ。
「おっちゃん、おつかれー!
――え? この人たちかい?
あっはは! すっげえ怪しい人たちだけどさ! 先生の知り合いらしいし大丈夫だと思うぜ!
それにほら、この兄ちゃんなんか間抜けな顔してるじゃん!?
悪いことなんてできないって!」
……こんな具合で、主にジャン少年があいさつがてらに村人たちの疑念を晴らしていってくれるのである。
……うん。
――ありがとう! ジャン少年!
――そしてありがとう! 我が間抜けな顔立ちよ!
「その……すみません。口さがない弟で」
彼の姉君たるサシャが、苦笑を浮かべながら歩く俺へ、しきりに申し訳なさそうにしながら頭を下げてくる。
「いやいや、ありがたく思っているさ。
彼がいなければ、きっと村の人たち全員から不審に思われていただろうしな。
それに、俺の顔について言ってるのも気にしなくてもいい。
間抜けな顔立ち、というのは、裏返せば、他者に本来無用なはずの疑いなどをもたらさずに済む顔立ちということ。
言うなれば、福顔だな。
そう思えば、どうだ? 彼は出会った人全員に、俺のことを褒めて回ってくれているじゃないか」
俺がそう言うと、だ……。
サシャが、驚いたような顔で立ち止まり、こちらを見上げていた。
「ん? どうしたかな?」
「いえ、その……。
先生と、似たようなことをおっしゃると思ったもので」
「先生と、か……。
それは俺にとって、何よりの誉め言葉だな」
少女の言葉に、かつて薫陶を受けた日々について思い返す。
「そうだな……。
思い返せば、先生はよくおっしゃっていた。
世にある全ては、表と裏……陰と陽と言うべき二つの性質を備えており、これをどのように昇華させるかは受け取った人間の手にゆだねられている、と。
先生のお考えは海よりも深く、俺ごときが近づけたなどとは夢にも思えないが……。
その一端なりとも実践できたのならば、それは大変に栄誉なことだ」
「兄ちゃん! なんか難しいこと言ってどうしたんだ?」
立ち止まった俺たちを不審に思ったのか、先頭を進むジャン少年が戻ってくる。
「いや、あらためて先生はすごいなと、そういう話をしていたところさ。
なあ、サシャ?」
「ええ、本当に……。
アスルさん、でいいでしょうか?
あなたが先生の教えを受けた人であると、今ので確信できました」
その言葉は、嘘ではないのだろう……。
さっきまでは、肩の筋肉などにそれとなく力がこもっていた少女の身から、こわばりというものがすっかり抜け落ちていた。
「そう言うということは、君たちも先生から学問を教えてもらったりしているのかな?」
「はい、先生は望む子には、読み書きなどをとても熱心に教えてくださっていて……」
「へへ! 先生のおかげで、おらはもう父ちゃんよりも読み書きや算術ができるようになったんだぜ!」
「ほう! それは立派だ!
だがな、ジャン。そのように、父上より優れているなどと喧伝するものではない。
それよりも、教わったことで家族の役に立てる時、そっと力になっておやり。
それこそが、授かった力の使い方というものだ」
「はー……兄ちゃん、先生みたいなこと言うんだな!」
「あっはは! さっき君の姉さんにもそう言われてたのさ!
そうだ、道すがら、先生について色々と君たちの話を聞かせてくれ」
「うん、いいぜ!」
「そうですね。ただ歩くだけというのも、なんですし」
田舎村の姉弟と、先生についての話へ花を咲かせながら歩む。
そうしていると、なんだか妹や弟ができたような気分で……。
とても、楽しい道行きだった。
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田舎村の少年少女と、共通の知人について話を弾ませ……。
振り向いて見ずとも、背後のウルカたちが苦笑しているのを感じながら村内を歩む。
まあ、イヴに関してはいつも通りの無表情だろうけどな。
「――あ! 先生!」
そうしている内に、目的の人物を見つけたジャン少年が叫び、駆け出して行った。
「おーい! 先生! 昔のお弟子さんだっていう兄ちゃんを連れてきたよ!」
少年が駆けていく先……村の端に位置するのだろうそこでは、一人の老人が畑の様子を見ていたのである。
「先……生……?」
だが、その老人を見た俺はと言えば、思わず動揺の声を漏らしてしまう。
「アスルさん、どうされましたか?」
そんな俺の様子を見て、サシャが不思議そうに小首をかしげた。
尋ね人を見つけられたのに、どうしたのだという表情だ。
しかし、それも無理からぬことなのである。
老人は、見るからに痛々しく腰を曲げており……。
杖を突く……というより、それに寄りかかっているような格好でどうにか立っている様は、記憶の中にあった姿より一回りも二回りも縮んでしまったように思える。
まだまだ黒かったはずの髪は、すっかり色素が抜け落ちて白くなってしまっており……。
そればかりか、頭頂部に至っては剥げ上がってしまっていた。
唯一、記憶と合致するのは……ジャンの呼びかけを受けてこちらに向けた眼差しの力強さのみ……。
これが……。
これがあの、ビルク先生のお姿だというのか……!?
「――ッ!」
「あ、アスルさん!?」
「兄ちゃん!?」
驚く少女を尻目に、矢も盾もたまらず駆け出し、少年もたちまち追い越して老人の下へたどり着く。
そして、その前で即座に両膝をつき、深々と頭を下げた。
「無沙汰を……無沙汰をいたしました!」
俺は……俺は果たして、何をしていたというのか!?
我が人生に背骨を入れてくれた方が、こうまで年老いているというのに、十年近くもの間、ご機嫌うかがいに訪れることすらしなかったとは……!
まるで、幼き日に泣きじゃくった時のように……。
感情のまま、どうにか詫びの言葉を絞り出す俺の後頭部に、老人の視線が突き刺さる。
しばらく、そうした後……。
「……アスル君かい?」
かけられた言葉に込められた暖かさは、まぎれもなく師のものであった。




