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田舎村の姉弟

 村は魔物対策として木の柵こそ張り巡らされているが、さりとて番人の(たぐい)が置かれているわけでもなく……事実上、無防備に見える。

 野盗の(たぐい)跋扈(ばっこ)するほど治安の悪いロンバルド王国ではなく、魔物にしたって、ごく稀に出現する程度であるからだろう。

 まあ、それゆえに魔物の大発生が起こった際は、近隣貴族家たちが身代を傾けるほどの打撃を受けたわけだな。


 そんなわけで、誰に見とがめられることもなく、俺たち一行はすんなりと村の入口をくぐり抜ける。


「ロンバルド王国の農村というのは、このようなものなのですね……。

 わたしが育った……かつての獣人国におけるそれとは、やはり(おもむき)が異なります」


「オレも、隠れ里以外の人里に来たのはこれが初めてだなー。

 どの人間も、魔術どころか弓も扱えそうにないけど、こんなんで魔物が出た時に対処できるのか?」


 フード越しに村の景観をうかがいながら、ウルカとエンテがそれぞれの感想を漏らす。


「まあ、それだけこの辺りが平和だということさ。

 魔物が生息していないというわけではないが、それは近隣諸侯が定期的に騎士を派遣して間引いているし、いざとなったら柵を頼りに籠城して村人一丸となり対抗するんだろう。

 それに、何より……我が師ビルク先生がおられるしな」


「マスターの先生となると、やはり強力なサイキック能力を有するのですか?

 マスターの場合は遺伝子調整がされた血族なので納得ですが、自然にそういった人間が生まれたのは驚きです」


 淡々と述べるイヴであったが、お前、今とんでもない爆弾発言しなかったか?


「俺の血族、自然な存在じゃないのは長フォルシャに聞いて知ってたけど、そんなよく分からないいじくり方されてたのか……」


 いやまあ、自分でも人類の例外みたいな魔力量ではあると思ってたけどさ。

 ちょっと、その……なんだ……薄気味悪い。


「さておき、先生はそこまで飛びぬけた魔力を有するわけじゃない。

 そうだな……エンテ辺りからしたら、拍子抜けしてしまうだろう。

 だが、様々な術を器用に扱われる方だし、最大の武器はその知恵と人々を導く人望だ。

 それが証拠に、ほら、畑を見てごらん?」


 俺の言葉を受けて、連れ三人が村の中を歩きながら各所の畑を見やる。

 そこでは、農夫たちが野良仕事に精を出しており……。

 キビを始めとする雑穀類や、芋などの根菜を育てているのが見て取れた。


「んー? 普通に芋とか育ててるだけじゃないか?」


「いえ……これは、この時期なのに麦ではなく、救荒(きゅうこう)作物が多く植えられています。

 アスル様、これはもしや?」


「ああ、そのもしやだろう」


 嫁の慧眼(けいがん)にうなずきながら、自分の推測を述べる。


「おそらく、先生がなんらかの方法によりきたる冷害を見抜き、村人に備えるよう指示を出したのだ。

 この一事を見ても、先生のすごさというものは伝わってくるだろう?」


 農村一つと辺境伯領では規模が違うとはいえ、ベルクほどの男が苦労していることをやすやすと達成しているのだ。

 さすが……さすがとしか言いようがない。


 あらためて尊敬の念を深めながら、とりあえず村の中を歩いていると……俺たちを呼び止める者が現れた。


「そこの兄ちゃんたち、旅の人か?

 こんな所に珍しいな! どっから来たんだ!?」


 年の頃、せいぜい十かそこらという赤毛の少年である。

 こういった村では、この年頃でも貴重な労働力であろうが、それでも遊び盛りであるし、農民と言っても一日の全てを働いて過ごすわけではない。

 いずこかへ遊びに行こうといった様子であったが、俺たちの姿を見とがめて近寄って来たのだ。


 これは、都合がいいな。

 先生の居場所を尋ねるべく、目線を合わせるために屈みこもうとしたところでさらに別の人物が現れた。


「――ジャン!

 知らない人に話しかけたら駄目じゃないの!」


 年の頃は、エンテと同じくらい……十二、三といったところか。

 いかにもな田舎娘、といった装いのそばかすが目立つ赤毛の少女だ。

 見た感じ、ジャンというらしい少年の姉かな?

 少女は、何かが入っているのだろう木カゴを抱えながら、一生懸命にこちらへ走ってきた。


「その……! すいません! うちの弟が!」


「だってさー。よその人なんてめったに来ないから珍しかったんだもんよー」


「あんたは黙ってなさい!」


 いやはや、なかなかにぎやかなことだ。

 こういう姉弟関係にはとんと縁のない俺であるから、それがごく一般的なものなのだろうと理解はすれど……新鮮な気持ちが勝ってしまうな。


「あまり責めないでやってくれ。彼の言うことももっともだ。

 何しろ、こんなに怪しい集団なんだからな」


 あえておどけた風を装い、連れ三人を振り返りながらそう告げる。

 何しろ、一般的な旅装をしているのが俺だけであり……。

 他は目深(まぶか)にかぶったフード付きが二人、一切の表情を浮かべてないのが一人だ。

 しかも、ウルカとイヴが着ている服はこんな田舎にそぐわぬ高級品であり……。

 これはもう、好奇心を抱くなという方が酷であろう。


「俺はアスル。連れの内二人は訳あって顔を隠しているが、どうか許してほしい。

 お嬢さん、君の名前は?」


 背をかがめて目線を合わせながら、姉の方に問いかける。


「あ、あたしはサシャ……。

 こっちは、弟のジャン、です……」


 すると、誠意が伝わったのだろう……。

 サシャが、ちょっとどぎまぎしながらそう名乗った。


「サシャ……それに、ジャンだったね?

 俺は、ビルク先生という人を訪ねてこの村へ来たんだ。

 よかったら、どの辺りに住んでるか教えてくれないかい?」


「兄ちゃん! 先生の知り合いなのか!?」


 答えたのは、姉ではなく弟の方である。

 ジャン少年は目を輝かせながら、俺にそう問いかけてきた。


「ああ、先生が王都に滞在していた頃、教えを乞う機会があったのさ」


「へえー、そういえば王子様たちに勉強教えてたって言ってたもんな!

 あれ、そういえば兄ちゃんの名前もアッパラパーな王子と同じじゃないか?」


「アッパラパーはいいな!

 まあ、アスルなんてのは(みやこ)じゃありふれた名前さ。

 有名な騎士にあやかった名前だからね」


「そっかー!

 あはは! 王子様がこんなところに来るわけないもんな!」


「はは! まあ、俺も王子様と間違われるのが気分が悪くないさ」


 俺との話が弾んだ少年は、かたわらの姉を見上げる。


「姉ちゃん! 案内してあげようよ! 先生の知り合いなら、悪い人はいないさ!」


「まったく……あんたはもう」


 このようなことは日常茶飯事なのだろう……。

 片手でこめかみを揉みほぐしたサシャが、溜め息を吐きながら俺を見据えた。


「まあ、そういうことなら……ご案内します。

 ちょうど、あたしたちも先生の所へ行くところでしたから……」


「そうか、それは助かる!

 礼を言うぞ!」


「それじゃ、出発だー!」


 意気揚々と歩き出すジャン少年と、その少し後ろを歩むサシャ……。

 俺たち一行は、そんな姉弟の後に続くのであった。

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