流通を守るために
イヴにも、動揺という感情は存在するのか……。
思わず偽装を解き、普段の髪色を晒してしまった彼女の素性に関して説明した後、俺は携帯端末を通じてウルカの写真を見せたりしながら、久方ぶりな友との語らいを楽しんだ。
『出会ってしまったものを見捨てるわけにもいかぬだろうが、まさか、獣人を嫁にするとはな……』
「意外か?」
『うむ……。
それはすなわち、ファイン皇国との軋轢を抱え込むことにつながるからな。
保護するだけならばまだしも、婚姻関係まで結んだのには驚かされる』
「それだけ、出来た女性ということだ。
お前の方は、そういった相手はいないのか?」
『フ……当然、話は色々と舞い込んでいるがな。
まあ、私もまだ若い……。
ひとまずは、この危機を乗り越えることに専念するさ』
携帯端末の画面越しとはいえ、お互いの姿を映し合っての通話は、直接に顔を合わせてのものといささかも変わりはない。
自然、話は弾み、気を抜いてしまえばどこまでも脱線してしまいそうになる。
しかし、互いにそれを許してしまえるような立場ではなく……。
さてと言いながら、画面越しの友は顔を引き締め直した。
『それで、アスル……。
わざわざ、私と細かくつなぎを取れる手段を寄越したということは……。
来るべき日に、救援の品を流通するための手立てを整えて欲しいということか?』
「さすが、話が早い。
こればかりは、お前に頼る他の手段がないからな」
相変わらず物分かりの良い友の言葉に、うなずく。
しかし、それに口を挟んできたのが、かたわらで会話を見守るイヴだった。
「マスター、物資を各地へ流通するためならば、いくつもの手段が存在します。
例えば、今は近くの森に隠している甲虫型飛翔機です。
あれにプラスパーツを装備すればかなりの量を積載することができますし、他にも、車輪式の乗り物を使えば速度は劣りますが、一度により多くの物資を運ぶことが可能です」
『だ、そうだぞ?
その辺りについてはどう思っているのだ? マスター殿?』
画面の向こう側にいるベルクが、面白がっているのを隠そうともせずにこちらを見やる。
当然だが、こいつは俺の真意など分かった上でそう言っているのだ。
「そういえば、『先に備えてベルクへ携帯端末を渡しに行く』としか言ってなかったな……」
その辺りの説明不足に思い至りながら、俺は自分の考えを説明する。
「まず、今回の冷害で大切なのは、うちの隠れ里で絶賛増産中の食料を来たる日に素早く王国全土へ流通させ、人々に行き渡らせることだ」
「それは理解しています。
ですが、それだけならば現状の戦力でも十分可能と判断します」
「そりゃ、可能ではあるんだけどな……」
そこまで話し、せっかくなので画面向こうの友を巻き込むことにした。
「ベルク、例えばだが……。
この辺境伯領で、各地へ品々を運ぶ仕事に従事している人間はどれだけの数に上る?」
『そうだな……。
そもそも、うちは領都に港を有しているし、領内を二分するイルナ河のおかげで河川交易が発達している都合もあるが……。
まあ、全体を百とするならば、五といったところだろう』
「だ、そうだ」
一例としての答えを得て、かたわらに立つ秘書を見やる。
「俺はきたるべき大飢饉から、飢えたる民を救うと決めた……。
それは何も、腹が減っている奴に食料を与えるというだけの意味じゃない。
収穫された作物を取り扱う人々……彼らに、例年並みとは言わずとも、損失を補填しうるだけの仕事を回さなければならないんだ」
「マスターのお考えを理解しました。
つまり、可能な限り経済活動を保護するということですね?」
「経済活動か、良い言葉だ……。
そう、その経済活動を可能な限り守らなければならない。
何しろ、俺から人々に与えるだけでは金が生まれないからな。
金を生み出すのは、その経済活動だ」
そこまで言うと、俺は視線をイヴから画面の向こうにいるベルクへ移す。
「今でも、そうなりつつある風向きを感じるが……。
俺は将来、金こそが物を言う世の中になると踏んでいる。
いや、ロンバルドをそういった国にする。俺がそうする。
となれば、金を生み、金を扱う商人たちは手厚く保護してやらなければならない……」
『だから、救援の品々は可能な限り、現在流通を担っている商人たちに扱わせたいわけだな?』
「そうだ」
俺に乗って答え合わせをしてくれる親友に、うなずく。
「物を運び、それで利ざやを得るのは、いかに世が変革されようと決して変わらぬ商売の大原則。
だが、今回起こるだろう飢餓により、かなりの交易商が仕事を失い路頭に迷うこととなるだろう……。
経済活動とやらの、根幹を担う存在……アリで例えるならば働きアリに属する者たちがだ。
将来を見据えるならば、それだけは避けなければならない」
「私たちが『マミヤ』の技術で救援物資を行き渡らせてしまえば、将来マスターが行う国づくりを大きく後退させる結果になる。
出過ぎた発言を、お詫びします」
「いや、いいんだ。
俺もあらためて説明することで、かえって考えがまとまったさ」
軽く頭を下げるイヴへ鷹揚に答えながら、話を元へ戻す。
「と、いうわけで……。
王国一林業と木材業が盛んで、国中へ木材を行き渡らせることで利益を得ているベルク・ハーキン君の助力をぜひ得たいわけだが、どうだ?」
『ロンバルド一の木材問屋としては、二つ返事で引き受けたいところだが……。
実際のところ、難しいな』
画面の中で、王国一の木材問屋にして色男たる青年貴族は腕組みしながら眉をしかめた。
『先ほど、貴様は『金が物を言う世にする』と言ったが……。
我が辺境伯領に関しては、すでにそういった世になっている。
何しろ、木材を筆頭に右から左へ物を流すことで利を得ているのでな……。
したがって、商人たちの力も貴様が思う以上に強い』
「それほどまでに、か……?」
『うむ……。
港湾部に倉庫を設け、その貸し付けで利益を得ている豪商たち――納屋衆と呼ぶのだが、彼らはまさに辺境伯領における全商人の顔役であり、実質的な権力では私に匹敵するか上回っている。
貴様も出向き、『マミヤ』とやらに関して開示するならば話は別かもしれぬが……。
なんの工夫もなく、私が頭ごなしに命じたところで従いはすまいよ』
「情報開示、か……。
それは避けたいな。まず間違いなく父上たちに話が漏れる。
救世主ごっこを電撃的に、かつ効果的に終わらせるためにも、可能な限り余計な横やりは避けたい……。
何か、付け入るスキや妙案はないか?」
『無理を言うな。
彼らは老練であり、私ごとき若造が付け入るスキなどそうそうあるものではない。
特に、納屋衆筆頭と呼ぶべきソアンなどは……む……いや……』
「何かあるのか?」
難しそうに顔をしかめた画面内の友へ、思わず顔を近づける。
しばらく考え込み……ベルクはようやく口を開いた。
『いや、そう言えば、ソアンは若い頃、ビルク老に師事していたというのを思い出してな……』
「先生にか!?」
思いがけず登場したなつかしい名前に、驚きの声を漏らす。
ビルク先生……。
俺が、第二の父と頼ったほどの御仁……。
当然、その弟子は俺や兄上たちのみではなく各地に存在するわけであるが……件の納屋衆もそうであったか。
『アスル……。
ここは一つ、貴様の師に頼ってみてはどうだ?
私ならばともかく、その方の言葉ならば聞く耳を傾けるかもしれぬぞ?』
「ビルク先生に、か……」
腕組みしながら、考える。
とはいえ、答えなど決まっているようなものだった。




