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大陸大冷害

 ――飢饉(ききん)


 はるか古来より、ありとあらゆる為政者を悩ませ、また、恐れさせてきた問題だ。

 これが起こる原因はといえば、これは多岐に渡る。


 一番多いのは天候に起因するものであり……。

 干ばつ、長雨(ながあめ)、竜巻、などなど……。

 それだけでも恐ろしい自然現象なのであるが、多くの場合は水害なども合わせて引き起こされるものだ。

 天の運行がひとたびそのさじ加減を変えれば、それは人間の暮らしに甚大(じんだい)な影響を与えるのである。


 それが今、この大陸全土へ起ころうとしていた……。

 此度(こたび)、起ころうとしているのは他でもない……。


 ――冷害。


 ……である。

 冷害と言っても、別段、凍りつくほどに冷えつくとか、俺が魔術を使った時のように氷雪の風が吹くというわけではない。

 ただ、『マミヤ』の気温計でいくならば平年より二、三度ほど気温が低くなるというだけだ。


 そう、ほんの二、三度ほど平均気温が下がるというだけ……。

 それすなわち、作物にとっては致命傷である。

 ロンバルド王国において主要な作物といえば小麦を置いて他にないが、これが十分な実りをもたらすには適切な日照量、適切な水分量、適切な気温が必要不可欠だ。

 どれか一つでも調和を乱せば、それはたちまち、激減した収穫量という結果となって表れる。


 かつての王宮時代、俺は何気なくパンを食べ、時にはビールを飲んだりなどしたものだが……。

 そういった当たり前の食生活は、天然自然の奇跡的な釣り合いによって成り立っていたということだ。


「と、いうわけで、だ……。

 先に結論を述べておくと、要するに今年は例年より気温がだいぶ低くなり……。

 作物の収穫量が激減すると予想される。

 もちろん、この里を除いた他の地においてだが、な……」


 『マミヤ』内部に存在するブリーフィングルーム……。

 モニター機能を発揮した円卓に映し出された各種データについて解説した俺は、居並ぶ面々を見据えながらそう話を切り出した。


「これ、カミヤの奴が空から見てきた景色なんだろ?

 天気の流れって、こんな風に見ることができるもんなんだな……」


 エルフの娘衆代表として参じたエンテが、円卓に表示された画像を見ながらそうつぶやく。


「まあ、俺にも正直、この天気図というのは見てもよく分からないんだがな……。

 カミヤの解説によると、この、俺たちが住む大陸よりずっと離れたところに存在する群島地域……」


 はるか上空の、そのまた先に存在する世界……。

 宇宙からカミヤが撮影した惑星全体図の一角を指差しながら、冷害の原因について説明する。


「ここに存在する火山が噴火したせいで、天の運行に様々な影響を及ぼし……。

 結果、気温を引き下げる形になっているらしい。

 思えば、マグロが獲れたのはその予兆だったわけだな」


 先日の料理勝負事件について思い出しながら、そう語った。

 思えば、あの時にもっと考えを巡らせるべきであったな。

 海というものはつながっているものであり……。

 今時分に『死の大地』近海でマグロの姿が見られるということは、例年より早く北上して来ていたということなのだから……。


「だが、恐れる必要はあるまい……。

 『マミヤ』の農作物であれば、この程度の冷害などものともせずに育つわ」


 豪快にそう言い放ったのは、特に呼んだ覚えもないのに出席している覇王――オーガである。

 うん、まあ……奴隷チーム代表ということにしておこう。


「確かに、俺たちに関しては飢える心配はない。

 あくまでも、俺たちに関してはだが、な……」


 『マミヤ』の力は、天の気まぐれごときに屈するものではない。

 時間を圧縮したかのように作物が育つあの農法があれば、飢えとは無縁でいられるだろう。


「だが、俺たちばかりが腹を満たしても仕方がない……。

 俺がこの船を……『マミヤ』を探索したのは、王国の民に利益をもたらすためだ。

 言い換えれば、まさに今回のような危急の事態で国民を救うためでもある。

 つまり……」


「マスターは、いよいよ表舞台へ打って出るつもりなのですね?」


 唯一、参加した面子の中で椅子に座らず、いつも通り傍らへ控えていたイヴがそう問いかけてきた。

 腰まで伸びた髪は、様々に変化しながらきらびやかに輝き……。

 顔はあくまでも無表情で、まばたき一つせず俺の目を見据えてくる。


 その視線を真っ直ぐに受け止め、俺は力強くうなずく。


「ああ……!

 本来ならば、もう一年か二年、ベルクの伝手(つて)を使ったりしながら段階的に人を増やしつつ、決起に備えるつもりだった。

 だが、もはや俺に選択肢はない。

 王族の姓を捨てた身ではあるが、俺を育んでくれたのはあくまで国民の税だ。

 ――今こそ、それにむくいるべき時!」


「フ……。

 それがうぬの覇道と言うのならば、我も力を惜しむまい」


「ああ!

 一応、オレたちエルフも王国の仲間だしな……!

 故郷の森に残してきた奴らも腹を()かせないか心配だし、できるだけのことをさせてもらうぜ!」


 オーガ……。

 それに、エンテ……。

 言わば、ロンバルド王国組と言うべき二人が同意を示してくれた。


 一方、暗い顔をしているのは……。

 我が嫁ウルカと、その腹心たるバンホーである。

 その理由が、分からない俺ではない。


「……ウルカ、故郷が心配か?」


「……はい」


 ……先述の通り、此度(こたび)の冷害は故国ロンバルドだけの問題ではない。

 事は、大陸全土に波及する。

 カミヤが調査し、そう断じているのだ。間違いあるまい。


 と、なれば……『死の大地』に隣接するファイン皇国及び、かの国に支配されているかつての獣人国領も、深刻な飢餓(きが)が発生すると予想された。

 今更述べるまでもなく、ウルカは獣人国最後の姫君だ。

 飢える民たちのことを思えば、心が張り裂ける思いであろう。


 まして、獣人たちはこれまで培ってきた文化を破壊され、種族的特徴たる尾さえも満足に伸ばせぬという、屈辱的隷属(れいぞく)()いられているのだ。

 いざ食料が足りぬとなった時、宗主国たるファインがどのように遇するかは子供でも察しがつく。


 その上で、俺はきっぱりと言い切った。


遺憾(いかん)だが……獣人国の人々を助ける手段は、現時点で存在しない」


「……はい」


「……やむをえませんな」


 俺の言葉を予想していたのだろうウルカとバンホーが、沈痛な表情でうなずく。


「まず、第一に……いかに『マミヤ』の農作技術を用いているとはいえ、隠れ里の食料生産能力にも限界がある。

 俺の立場上、優先すべきはロンバルド王国の民であり、これをゆずることはできない……。

 そして、第二に……これが一番重要なのだが、俺は皇国に対して伝手(つて)がない。

 食料を生産できたとして、穏便(おんびん)に融通する手段がないのだ。

 とはいえ、ロンバルドに対しても平和裏(へいわり)に事を運ぶとはいかんのだが、な……」


 あえて淡々と――分かり切っているだろう事情を説明し、話を強引に対ロンバルドへ戻す。


 そして俺は、ひとまずの方針を説明した。


「なぜ、平和裏(へいわり)に事を運べないか……。

 その理由は簡単だ。

 俺はまず、故国の民に飢えてもらおうと思っている」


 飢えに向かおうとする民を救うためには、まず飢えてもらわねばならぬ……。

 これは今回の冷害対策における、必須事項であった。

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