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コント:恋バナ 前編

 気がついてみれば、一日の内、大半はその人物について思いを巡らしてしまっており……。

 日常のふとした瞬間……例えば、田畑に塩をまこうとして嫁の鉄拳制裁を受け仮死状態と化したり、破壊されたロボットの右腕に押しつぶされてちょっと描写できない状態になっている姿を目で追ってしまう……。


 まだまだ、(よわい)十三歳。エルフはおろか、他の種族に当てはめても子供に過ぎぬエンテでもこれなる感情の正体は分かる。

 そう、これは間違いなく……。


「オレはアスルに、恋していると思うんだ」


「いや……」


「それはどうでしょう……?」


 ハーキン辺境伯領自治区から出向してきたエルフ娘たち……。

 それにあてがわれた長屋の自室で、お付きにして姉代わりたるエルフ少女二人に意を決して心の内を打ち明けたエンテは、かように気のない返事をもらっていた。


「なんだよー二人ともそんな風に言って!

 ぜってーこれ恋だって! だって、アスルを見てたらすっごく胸がドキドキするもん!」


 ベッドの上で、物心ついた時から一緒に過ごしているクマのぬいぐるみを抱きしめながら唇を尖らせる。

 そんなエンテを見て、クッションに座った姉代わり二人は苦笑しながら互いを見合わせた。


「だって、それを言ったら……」


「私たちも、かの御仁(ごじん)を見たらドキドキするし気がついたら目で追ってしまいますから……」


「ええ!? じゃあ、お前らもアスル好きなのか!? オレのライバルなのか!?」


「いえ、そうではなく……」


「なんであの人、まだ生きてるのかが不思議で不思議でたまらなくて……」


「まあ、それはオレも心の底から不思議に思ってはいるけども……」


 ウルカの想像を絶する鋭い突きを喰らった時はまだしも……。

 カミヤの右腕につぶされた件に関しては、なぜ今ピンピンしているのかが不思議でならぬ。


「でもまあ、森の中で過ごしてきたオレたちには分からない不思議が、世の中には溢れてるんだって! 例えばほら、オーガちゃんとかさ!」


「ま、まあ、そうですね……」


「それらについては、考えるとなぜか頭にモヤがかかりますし、気にしないことにしましょう……」


 世界は神秘に満ち溢れている!

 それらを目にしても、あまり深く考えないことが長いエルフ生を楽しく過ごすコツであるにちがいない。


「ともかく、ですよ?」


「あんな出来事ばかり続いていたら、それはドキドキもするし目で追ってしまうかと……」


「むう……」


 腹心二人にそう言われ、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 確かに、二人の言い分はもっともだ。


 アスルのことばかり考えてしまうのも、目でその姿を追ってしまうのも、


 ――次はどんな死に方をするんだろう?


 ……この一念がないとは、言い切れない。


 だが、エンテは首をぶんぶんと振り、ついでにクマのぬいぐるみもぶんぶんと振り回し、そんな考えを否定した。


「いーや! 絶対に恋だって! 間違いないもん!

 急にこんなヒラヒラした服とか着るようになったのも、アスルが見たら喜ぶかなーとか思ったからだし!」


 そう言うエンテが今着ているのは、集落で過ごす時に来ていた男児めいた装束ではない。

 『マミヤ』で古代時代に使われていたという制服を、自分好みに改造した品であった。


 正直、スカートなんてスースーして恥ずかしいけれど……。

 でも、アスルに視線を向けられるとどうにもこうにも、もどかしい気持ちが溢れてくるのだ。


 ……ちなみに、最も視線を向けてくるのはバンホーであり、あのジジイはいずれ事故に見せかけて始末しようと思っている。


「まあ、おひい様がかわいらしい格好に興味を持ってくれたのは嬉しいのですが……」


「ただ……」


「ただ?」


 自分に付き合って、やはり『マミヤ』の制服を着るようになった二人にそう言われ、首をかしげてしまう。


「座る時は、その……」


「足を閉じるようにした方が良いかと……」


「――ッ!?」


 ベッドの上であぐらをかいていたエンテは、姉代わり二人にそう言われ赤面しながら女の子座りとなった。




--




 翌日……。

 自分に割り振られた仕事をこなしながら、エンテはいまだ頭を悩ませていた。

 そのためだろう……。


「どうした、エンテ? 手が止まっているぞ?」


 つい、ほうけてしまっていた自分に、アスルがそう声をかけてくる。


「ああ、悪い悪い……ちょっと考え事しててさ」


 仕事の中で仕事を忘れていた事実を恥じながら、エンテは手にしたタブレットを見やった。

 タブレットの表示によれば、すでに吸引は完了しており……。


「よしっ……と。

 しっかし、古代の技術はすごいな。

 まさか、下肥(しもごえ)を汲むのに臭いを気にしなくて済む日がくるなんて」


 タブレットを通じ、吸引が完了したバキューム車にホースの収納を指示しながら、感心の声を上げる。

 そう……。

 二人が今、従事している作業……それは全自動バキューム車の試運転であった。


 現在、『マミヤ』を除く人々の居住施設などへ設けられた便所は、その全てが汲み取り式となっている。

 その理由は当然ながら、下肥(しもごえ)を利用するためであった。


 糞尿に麦などを混ぜ、寝かせることでこれをたい肥へと変じさせる……。

 これは、父たる長フォルシャが自分と変わらぬ年の頃から繰り返されてきた、エルフも人も変わらぬ営みだ。


 聞くところによれば、辺境伯領の領都ウロネスでは、下肥(しもごえ)を農家へ提供する代わりに少量の作物などを礼として受け取っているらしい。

 かように、下肥(しもごえ)の扱いというものは人が暮らすに当たって、切っても切り捨てられぬ問題なのである。


 もっとも、『マミヤ』を生み出した超古代文明の人々は人間ではなく家畜のそれを主としていたらしいが……。

 現在、この隠れ里に存在する家畜はオーガの愛馬ゴルフェラニだけであり、定住し始めた者たちが生み出した糞尿の一滴たりとも無駄にするわけにはいかないのだった。


 そこで活躍するのが、この全自動バキューム車だ。

 見た目は、大きな貯槽に車輪を生やしたような姿をしている……。

 これをタブレットで操れば、自分の意思を持つかのごとく貯槽からホースを伸ばし、各施設に設けられたマンホールから中身を吸引してくれるのだ。

 しかも、徹底した密閉機構により、作業中に臭気(しゅうき)は一切発生させず……

 国によっては奴隷や賤民(せんみん)がまかなうという汚い作業を、極めて快適に行うことが可能なのである。


「この作業だけでなく、各施設の便所も臭いを完全に遮断する機構が備わっているからな……。

 糞尿処理にかける情熱というのは、今も昔も変わらないということだろう」


 完全にホースが収納されたのを満足気に眺めながら、アスルがうなずいてみせた。


「うん、これなら、自信を持って他の連中にもやらせることができるな」


 エンテがこの作業に従事しているのは、自治区の戦いにおける暴走行為への懲罰(ちょうばつ)的な側面を持つが、アスルは異なる。

 誰もが嫌がる汚い仕事を自分が率先して引き受けることで、そのたやすさを証明しようとしているのだ。


 やってみせ……。

 言って聞かせて、褒めてみせる……。


 これなるは、下の者を上手く扱う基本にして秘訣であり、この青年はそのことをよくよく承知しているのであった。


「うん……」


 そのことにあらためて、好感を覚えたからだろう……。

 つい、こんな言葉が口をついて出てしまった。


「なあ、アスル。

 エルフが他の種族に恋するって、おかしなことかな?」


「いや、そんなことはないさ。

 ……現に俺は、この隠れ里で他種族に恋しているエルフを知っている」


 そう言いながら、アスルが珍しく真面目一辺倒な眼差しをこちらに向けてくる。


「え、ええ……!?」


 その力強さに、エンテは思わず頬を赤く染めてしまったのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そのバキュームカーの塗装は青色ですか? ヒートロッドでなくシィッートロッドwですけど
[一言] わたしも読んでてドキドキしました!(えっ、今度の死因:バキュームカーなのっ!?)
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