ブラック隠れ里に務めているんだが、オレ様はもう限界かもしれない 後編
かつてスリーピング・グラウンドと呼ばれ、現在では『死の大地』と呼ばれているこの地……。
いずれはアスルによって新たな名を授けられるだろうこの大地は、雨というものが降らない。
入植の際、元来は豊富であった水脈を地下水脈として作り変えたこと……。
それに、様々な気象的条件も重なったのが原因である。
加えてナノマシンの働きを解除しない限り、大地は常に熱を放ち続けるのだから、当世を生きる人々が呪われた地のごとく呼ぶのも納得がいくところだ。
だが、何事にも表と裏というものがある。
恵みの雨が降らないということは、すなわち、日光浴に最適の条件が揃っているということ……。
今、三大人型モジュールの一人キートンは、太陽の力というものを全身の装甲で味わっていた。
『ふぃー……イイ気分だぜ……』
各地へ建設した地下基地からもたらされた資材をさっそく活用し、カミヤの手で組み上げられた超特大の総金属製リクライニングチェアに横たわりながら、キートンはそうつぶやく。
『どうだ? 少しは元気出てきたか?』
『あー、もうちょっと充電が必要かなー。
オレ様、働き詰めだったからなー』
隣に立ち、やはり総金属製の超特大うちわで風を送るカミヤに、そう返す。
『充電と言ったって、俺たちの動力はプラネットリアクターだぞ?
太陽光をいくら浴びても意味はないと思うんだが……』
『分かってないねえ……』
――なんで俺がこんなことを。
心中、そう思っているのがありありと伝わってくる兄弟機のぼやきに、チッチと指を振りながら講釈してやる。
『なんつーの?
人工頭脳に生まれた、オレ様の心が暖まるって言えばいいのかねえ。
何しろ、ここしばらくずーっと地下にこもりっぱなしだったわけだからな。
やっぱり、人間が健康的な生活を送るには日の光を浴びるのが必要不可欠なんだよ』
『いや、俺たちはロボットなんだが……』
『あーあー、聞こえなーい』
その気になれば一キロ先に落ちた針の音も感知できる高性能ロボットが、耳を塞ぎながらそう言い放つ。
とにもかくにも、いい心地であり、今しばらくはこの時を楽しんでいたいのだ。
――有給はしっかり消化しよう!
銀河帝国時代の労組で、なかば形骸化していたスローガンを思い出す。
なるほど、至言である。
人生を楽しく過ごすコツは、空気を読まずにバカンス休暇を取得することなのだ。
『はぁー……極楽……』
まるで、全身をソーラーパネルへ変じさせたかのように……。
あるいはその見た目から、浜へ打ち上げられたイカのように……。
リクライニングチェアでだらしなく寝そべりながら、キートンはそうつぶやく。
「楽しんでいるようだな、キートン」
そんな彼を見上げながら声をかけたのは、新たなマスター――アスルその人であった。
『ああ、楽しませてもらってるぜ。
ゲーム大会も楽しかったけどな。やっぱり、こうやって何もせずただただリラックスするのがオレ様の性には合ってるみたいだ』
「そうか、それは何よりだ」
今回、率先して仕切ってくれている尊敬すべき主が、腕組みしながら深くうなずく。
「中には、休みの時でもせこせこ予定を詰め込まないと気が済まない人間もいるがな……。
そうやって時間の流れに身を任せるのは、何よりの贅沢であると俺も思う。
思う……が!」
そこまで言うと、アスルはニヤリと笑いながら背後を振り返ってみせた。
「それを理解した上で、このような趣向を用意してみた。
いや、用意したとは言うが、本人たちの志願もあってのことなんだがな……。
ともかく、お前のお気に召すか、どうか……」
『んん……?』
そこまで言われては、一体何を用意したのかが気になる。
キートンは寝そべった姿勢のまま、カメラアイをアスルの背後に向けた。
『なっ――これは!?』
そして、そんな機能はないが気分的に瞠目したのである。
果たして、そこに歩み寄っていた者たち……。
それは水着姿の、美少女たちであった!
「マスターたっての希望であったと、記憶していますが?」
そう言いながら先陣を切ったのは、イヴである。
羞恥心など微塵も感じさせぬ堂々たる立ち姿の彼女がまとうは、黒一色のバンドゥ・ビキニであった。
しかし、これが実によく……似合う。
イヴは決して、グラマラスなわけではない。
しかしながら、完璧なバランスで整えられたその肢体は、シンプルな水着をまとうことにより際立った美しさを放っているのである。
しかも、特徴的な発光型情報処理頭髪を持つ彼女であるから、それはなおのことであった。
「まあまあ、わたしたちもキートンさんには日頃からお世話になっているわけですから……」
そう言いながら後に続いたのは、ウルカである。
彼女が着ている水着は、少々独特なデザインをしていた。
まるで、古代地球時代に水兵が着ていた制服を水着の形に落とし込んだような……。
リクエスト者の性癖が、いかんなく発揮された逸品なのである。
だが、水着としては少々ガードの固いそれが、貞淑な獣人姫にはよく似合う。
恥ずかしそうに身を縮こませながらも、銀色の獣耳やしっぽがふりふりと揺れ動く様はなんとも言えず……愛らしかった。
「ま! みんなでパーッと疲れを取ってやろうぜ!」
――天真爛漫。
その四文字にふさわしい態度で水着姿のエルフ少女たちを率いるのは、エンテである。
彼女が着ているのは、それそのもが南国の花がごときデザインの水着だ。
女性としての魅力を発揮するというよりは、幼さに宿る可憐さを前面に押し出したデザインであり、それが齢十三のエルフ少女にはベストマッチしている。
エルフとはそもそも、古代地球の幻想小説に出てくる森の妖精を差す言葉であったはずだが、なるほど、今の彼女は花の精そのものといった姿であった。
『こ、これは……皆さんよくお似合いで……。
一体、何をするつもりなんだ?』
キートンにそう尋ねられたアスルが、さらに笑みを深くする。
「なに……お前はナノマシンとかいうのを使って汚れを落としているらしいが、それ一辺倒というのも味気がないだろう?
そこで、だ……。
彼女らに、ワックスがけというのをお願いしたのだ」
『――ワックスがけだと!? その姿でか!?』
おお……なるほど、よくよく見やれば。
彼女らは荷物として、ビーチパラソルやボールではなく……ワックスがけの道具類を持参しているではないか!?
「これがお前にしてやれる、最高の慰労だ。
どうかな? どうだ?」
『マスター……あんた……最高だ!』
長き時を経てようやく巡り合えた真なる主の言葉に、感動に震えた声でそう返す。
キートンは機械だ。
人間のように、発情するということはない。
しかしながら、これは……このシチュエーションは……!
なんとも言えず、心躍るものがあるではないか!
ああん、駄目……シンギュラリティに到達しちゃう……!
キートンの青春は、今まさに始まろうとしているのだ!
にわかなリアライジングを果たそうとしていたキートンであったが、彼はあることを思い出すべきであった。
そう……。
――本作には、まだヒロインが存在するのである。
「うむ! 今こそ我ら女性陣が力を合わせる時!」
まるで、戦場にのぞむ覇王のような……。
重々しく、耳朶に響く声を放ちながら最後に現れた人物……。
異界からやって来た筋肉魔人のごとき肉体を、無駄に際どい白ビキニで覆った人物……。
かろうじて、この人物が彼ではなく彼女であると認識できるのは、水着の股間部が膨らんでいないからであった。
「さあ、いざかかろうぞ!」
彼女の名は――オーガ!
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キートンの青春は終わった。




