ブラック隠れ里に務めているんだが、オレ様はもう限界かもしれない 前編
――まるで鋼鉄製の大蛇。
……と、いうのが、完成したそれを見た際に俺の浮かべた感想である。
幌馬車の荷台部分を四つ五つはくっつけたような大きさの巨大な箱が、それぞれに連結し合い……。
先頭部と尾部の箱は、いかにも流麗な形状をしており、生物の頭部じみていた。
さながらそれは、双頭の蛇……。
しかし、これは地を這う蛇のように鈍重な動きはしない。
それはまるで――矢弾!
キートンの尽力により『死の大地』各所へ張り巡らされた巨大な洞窟網を、攻城兵器から射出された矢弾のように飛翔していくのだ。
そう……これなる存在は、移動するのに足も車輪も用いぬ。
代わりに使うのは、電磁力なる力……。
内部に人々を収容した後、密閉された洞窟内にその力が充満し……これを一息に打ち出すという仕組みらしい。
そう、大蛇の正体は、乗り物であった。
その名も――リニアレール。
『死の大地』の地下を、恐るべき速度で移動する俺たち全員の足である。
その速度たるや、まことに尋常ではない。
何しろ、国一つが丸々収まるほど広大な『死の大地』の端から端まで、一時間もかけずに到達することが可能なのだ。
よその国に住まう人間たちは、まさか、かの打ち捨てられた土地の下部をこんなものが動き回っているとは思いもよらないだろうな。
それにしても、洞窟網を建設する過程は壮観であった。
自動施工ユニットなる、ちょっとした砦ほどもある巨大な機械を、女王アリの尾部がごとくキートンが接続し……。
彼がドリルで地中を掘りながらまい進すると、このユニットが自動的にリニアレール用の洞窟を構築していくのである。
その構築速度は、早馬が駆けるのとほぼ同等。
ドローンを通じて建設風景を見たが、掘った先から様々な機械で固められた洞窟が形作られていくのは、ちょっとばかり薄気味悪くも感じられたな。
疲れを知らぬ機械の体を活かし、昼夜問わずに洞窟建設へ携わってくれたキートンには感謝のひと言だ。
『マミヤ』内部で建造されたリニアレールが行き先とするのは、これもキートンが『死の大地』各地へ作り上げた資源採掘用地下基地群と、海底部でもっか建設中の海中基地である。
海中基地に関しては、今は置いておこう。
総責任者にして『海』をつかさどる三大モジュールの一人、『トク』と共に紹介することとなるはずだ。
地下基地たちの役割は文字通りで、『死の大地』各地へ埋蔵された地下資源を採掘するための設備だ。
今までのところは、『マミヤ』内部へ貯蔵されていた各種資源を浪費している俺たちであるが、いつまでもそうしているわけにはいかぬ。
先人たちの遺産がいかに膨大であるとはいえ、使い続けていけばいつかそれは尽きてしまうのだ。
ただ消費するばかりではなく、生み出していく必要がある。
そのために必要な資源の量や種類たるや、莫大かつ多岐に渡った。
鉄、銅、銀、金など、馴染みのある金属資源はもとよりとして……。
アルミニウムや石油……『マミヤ』の船体にも用いられているらしいレゾニウムなる鉱石など、まったく聞いたことのない資源もである。
それらを採掘するのが、この地下基地たちだ。
機能のほぼ全ては、『マミヤ』と同じく全自動。
と、いうより、携帯端末で通信するのと同じ要領で、『マミヤ』が遠隔稼働させているらしい。
キートン同様のドリルやら、ロボットハンドやら、様々な工作機械が地下を掘り進んでは資源を採取し、それを基地内で最適な形に加工していく……。
そうして得られた各種資源は、人間同様リニアレールを通じて隠れ里へ……ひいては『マミヤ』へ運び込まれるという寸法なのである。
これらの地下基地が現在、『死の大地』各所へ十二も建設され交代制で稼働していた。
驚くべきは、これほどに採掘設備群が充実しているにも関わらず、まだ必要としている資源の種類を満たせていないことだろう。
いやはや、先人たちの貪欲さたるや目を見張るものがある。
文字通り、ありとあらゆる物質を研究し、自分たちの暮らしに活かしてきたということだ。
そして、俺たちがもっか最大の課題としているのは、それら先人の知恵を学び、かつ、建設された設備の使い方を学ぶことである。
いかに設備のほぼ全てが全自動といえど、要所要所で人間の判断というものは必要になるものだ。
新入りの奴隷やエルフ娘たちは当然として、俺やバンホーたちもそれらを学びきれているわけではない。
そのため、俺たちは当番制でリニアレールを用い各基地へ向かい、日々、イヴを教師役とした研修の日々を送っていたのである。
当たり前ではあるが、そんなことをしていては全ての基地が全力稼働というわけにはいかぬ。
先述の通り、地下基地の稼働は交代制で一日につき一か所だけだ。
持ち回りで一つの基地が稼働し、研修と共に資源を得ているのである。
ややじれったさを感じはするが、事故などを起こしてしまっては元も子もない。
今はまだ、種まきの時期……。
末端の奴隷一人一人に至るまでが、『マミヤ』の超技術を使いこなせるように成長すれば……。
それがもたらす利益は、想像もつかないものになるだろう。
……ついでに、その過程で一部モヒカンザコと化した連中が、更生することを祈りたいところだ。
オーガ? 奴に関してはもうあきらめた。考えないことにする。
それにしても、だ……。
俺がかように贅沢な悩みを抱えられるようになったのは、当然にしてこれら地下基地とそれを結ぶリニアレール網が完成したからであり、ひいてはそのためにキートンが尽力してくれたからである。
――キートン。
『マミヤ』が誇る三大人型モジュールの一人で、『地』をつかさどる者。
そもそも、隠れ里の礎たる泉と緑地を作ってくれたことも含めて、奴には感謝しかない。
もし、俺が将来自伝を書くようなことになったら……間違いなく彼に関する項目は、かなりの尺を割くことになるだろう。
だからある日、格納庫で右腕の修理を終えたカミヤと語らっている時、リニアレール網の更なる拡張作業から帰還したキートンがこう言った時には、心底から驚いたものだ。
『なあ、マスター』
「おお、キートンか! 何か必要な装備でも取りに来たのか? ともかくお疲れ様だ!」
笑顔でその巨体を見上げる俺に、彼はこう言ったのである。
『オレ様……華々しく散りたい』
「キートン!?」
俺の驚く声が、格納庫中に響き渡った。




