奴隷ヒロイン登場! 前編
奴隷として売られた理由は、ごくありふれた口減らし……。
だが、少しでも値を高くするために性別を偽り、あまつさえ、様々な偶然が重なって今日に至るまでそれがバレてないのは普通と異なるところであろう。
――狂気王子。
ロンバルド王国内の片田舎で生まれた自分ですら、その名を聞いたことがあるかつての第三王子。
それが、彼女たち奴隷を購入した人物の正体であった。
その目的はただ一つ。
……『死の大地』の開拓である。
それも、ただ農地を作り定住しようという話ではない。
いずれは独立勢力として、台頭しようというのだ。
実の父にすら……なんならば冥府にいる父祖の霊からすらも、気が触れていると断じられていそうな彼らしい荒唐無稽な計画に思える。
……この光景を見るまでは。
これが噂に聞く、『死の大地』の光景なのか……。
話によれば、地面は常に熱を持ち、雨というものも降らず、奇跡的に適応した昆虫類のみが生くるという不毛の土地が広がっているはずなのだが……。
彼女らが連れて来られたここには、こんこんと水が湧き出る大きな泉があり、それを水源とした小規模な田園風景が広がっていた。
驚くべきは、それだけではない。
『マミヤ』という名らしい、自在に空を飛び、その巨体を消し去ることすら可能とする巨大な船……。
はるか古の人間たちが残したという、この遺物からもたらされた様々な技術と道具により、神の国へ迷い込んだのかと錯覚するほど快適で満ち足りた生活を送ることができているのだ。
住居は、見たこともない建材を用いた長屋作りであり、信じられぬことだが……一人につき一部屋をあてがわれている。
防音も完璧。スキマ風が入ってくることもない。
しかも、エアコンなるキカイが設置されており、常に快適な室温が保たれているのだ。
ジャグチを捻れば、清潔な水がいくらでも流れ出し……。
各部屋へ設けられたシャワールームとやらを使えば、毎日体を洗うことができる。
便所は便座こそ見たこともない様式で綺麗なものの、糞尿を様々な用途へ活用するという話で、これだけは見慣れた汲み取り式であった。
日々の食事も、豪華なものだ。
滅びた獣人国の王女にしてアスル王子の妻だという少女や、エルフのお姫様だという少女……。
彼女らが協力して調理し、米という穀物を炊いたものや、味噌という調味料を使った汁物、塩っぴきの野菜……さらに肉や魚を調理した主菜が必ず供される。
信じられないことだが、これら肉や魚は畑で育てた大豆なる豆を加工したものだ。
大豆プリンターという道具を使い、本物そっくりの食感に仕上げているらしい。
なんという、好待遇であろうか……。
仮にお貴族様であっても、これほどの暮らしを送れる者はいないのではないか……彼女にはそう思えてならぬ。
ならば、これに応えねばならない。
奴隷へ身分を落とそうとも、御恩に対しては奉公で返すという心意気まで失ったわけではないのである。
もっかのところ、彼女ら奴隷にとって最大の仕事はただ一つ。
――学び。
……である。
『マミヤ』がもたらした道具の恩恵たるや、すさまじいのひと言だ。
人間どころか、牛や馬すらしのぐほどの強大な力と、素晴らしい精密さで、大変な作業をいともたやすく終わらせてしまう。
だが、しょせん道具は道具……。
ある程度は自己判断してくれるとはいえ、最終的には人間の頭脳が必要となってくる。
その頭脳を育むために、奴隷たちは妖魔のごとき奇怪な髪を持つ少女――イヴを指南役とし、様々な知識と各種道具の使い方を教わる日々なのであった。
彼女はそれへ、誰よりも精力的に励んだ。
大いに学び、大いに食べた。
全ては、御恩へと報いるために……。
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「何? 奴隷に女の子が混ざっていた?」
「イエス」
ある日のこと……。
『マミヤ』の自室で、各種作物の収穫具合などが図面化されたタブレットを眺めていた俺は、イヴから突拍子もない報告を受けていた。
「お前が言うなら冗談の類じゃないんだろうが……。
そんなの、よくこれまでバレずにいられたなあ……」
「様々な偶然が重なり合った結果と言うしか、ありません」
いつも通り、髪の色だけは無限に変化させ……。
しかし、顔は無表情を貫くイヴにそう告げられ、ううむとうなる。
「まあ、ともかく混ざっていたものは仕方がないか。
まさか、今さら追い出すわけにもいかないし……。
こうなると、ウルカやエルフの娘衆と同じように、男連中とは分けた扱いをしなければならないな」
何事においても、風紀というものは大切だ。
それを軽んじたばかりに厄介事を招いた例など、枚挙にいとまがなく……。
歴史に学ぶ程度の聡明さは持ち合わせていたいと考える俺は、天井を見やりながら思案を巡らせた。
「その件ですが、現状のままでも特に問題はないかと」
「うん? どういうことだ?」
「実際に本人を見て頂ければ分かります」
「そう言われれば、やぶさかではないが……」
イヴにうながされ、席を立つ。
まあ、どう遇するにしろ本人と会ってみなければ始まらないだろう……。
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そんなわけで……。
イヴと共に田んぼの近くまで来た俺は、件の人物を目にしていた。
まるで、樫の木へ荒縄を巻き付けたかのような……。
そう言う他にない、筋骨隆々な人物である。
身長はおそらく、二メートルを軽く超えており……。
ほれぼれするほどたくましい肉体は、筋肉へびしりと貼りつく革製の装具で覆われている――そんなもん支給したっけ?
頭には、ねじり角が取り付けられた武骨な兜を被っており……。
その面立ちはまさしく――覇王!
両の瞳は、尽き果てぬ野心に燃えギラギラと輝いており……。
岩石から直接削り出したかのごとくいかつい顔は、生まれてこのかた笑みなど浮かべたことがないのではないかと思わされる。
そんな人物を囲むのは奴隷たちであるが、これは……。
彼らはなぜか上半身裸となり、一切支給した覚えのない肩パットを身に着け、そろってニワトリのトサカみたいな髪型となっていた。
珍奇な集団と化した奴隷たちに囲まれた巨大な人物が、右手を高々と突き上げながら天を見やる。
「天を見よ!
今日も快晴――まさに絶好の稲作日和ぞ!
皆、我に続くがいい!」
――ヒャッハー!
巨大な人物を囲む奴隷たちが、すごくザコっぽい感じで歓声を上げた。
「あのさ、イヴ……。
もしかして、もしかしてなんだけど……?」
俺は恐る恐る、傍らのイヴを振り返る。
彼女の返事は、無情なものであった。
「イエス。
奴隷たちの中心で拳を突き上げているのが、先ほど話した少女――オーガです」
…………………………。
「どこが少女だあああああっ!?」




