天穂(てんすい)のアスル元王子
新たな住民となった奴隷の青年がタブレットを操作すると、浮遊光を発する球体型ドローンがその指示に従い田んぼの上へ位置取る。
慎重にドローンの位置を見定める青年であったが……やがて、納得したのだろう。
彼がタブレットをいじると、ドローンからドロリとした液体が散布された。
この液体こそ、古代の技術を用い製作された超濃度液体肥料である。
肥料が均等に行き渡ったのを確認したら、全自動型トラクターの出番だ。
タブレットから指示を受けたトラクターが、自分自身の意思を持つかのように田んぼの中へ入り込むと……ほぼ無音で動き回りながら土をかき混ぜていく。
こうすることにより、散布された肥料が土とよく混ざり合い、かつ、植えられた種もみの根つきもよくなるのである。
もっとも、先人が品種改良した米は、固い土の上に直接種もみをまこうとも、発芽し根を張ってしまう。
ならば、そこまでする必要はあるかと当初は思ったのだが、そこは我が嫁たるウルカたちの熱意に負けた形だ。
実際、ただの土にまいた場合と比較実験してみると、味に違いが出ていたしな。
何しろ俺は王族なので、畑仕事に詳しくはないのだが、ウルカらは潜伏生活中に農家と変わりない暮らしをしてきている。
こと米作りに関しては、一家言も二家言もある彼女らであり、それは先人が残した品種改良米にも通用するのだ。
十分に耕されたら、一度トラクターを戻しアタッチメントの交換を行う。
砕土用のそれから、ムカデの足がごとく下向きにロボットハンドを生やした種植え用アタッチメントへ……。
びしりと並んだこれらロボットハンドには一対の爪が付いており、これがアタッチメントへ装填された種もみを器用に掴み、耕された土地へ植えていくのである。
種植えが済んだならば、泉から引き込んだ用水路を開放しての注水だ。
ここからが、見物である。
まるで、時間を早送りしたかのように……。
見る見ると植えられた種が発芽し、根を張り分げつしていく……。
その間、機械式の用水門に取り付けられたセンサーが最適な水量及び水温を計測し、必要に応じて中干しの状態にしたり、時には水を温めたり冷やしたりといった作業を自主的に行ってくれる。
あとは、小一時間ほども見守っていれば……。
そこには、黄金の穂を重そうにぶら下げた稲がずらりと並んでいた。
広大な土地など、必要はない。
しかも、ごく短時間で、驚くほどの収穫をもたらしてくれる……。
それが、『マミヤ』から得られた超古代式の農法であった。
余談だが、稲作を主としているのは愛する嫁たちのリクエストに答えた結果である。
あの日、卵粥を食べて以来、俺もすっかりとりこだしな。
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さて、かようにすさまじい……そう、すさまじいとしか言いようのない超古代式農法であるが。
何事にも、欠点というものが存在する……。
俺とエンテは今、二人でその欠点へと挑んでいた。
「だー! 抜いても抜いても生えてきやがって!
そもそも、ここって『死の大地』だったんだろ!?
雑草にしろ虫にしろ、どっから湧いてきやがったんだよ!?」
長時間の雑草抜きですっかり腰が痛くなったのだろう……。
そこをさすりながら、エンテが空に向かって怨嗟の声を張り上げる。
そんな彼女は今、父親の執念が実ったのかどうか……ミニスカート姿となっていた。
やはり郷里では、あの旧スクール水着とかいうのを一押しする変態の視線が気になっていたのだろう。
ウルカらのイメチェン案を彼女は二つ返事で了承し、『マミヤ』支給の女性用制服をノースリーブに改造して愛用し始めたのである。
ちなみに、イヴやウルカが着用する場合と異なり、タイツは使わず素足だ。
まあ、畑仕事とかをするのには向いてないしな。
さておき、そんな彼女に俺はしたり顔で答えてやる。
「まあ、こいつらも生きるのに必死ということだ。
より肥えている土地があれば、なんとしてでもそれを嗅ぎつけ移住するということだろう……」
そうしながら、また一本の雑草を根ごと引き抜く。
この作業には、まだまだ時間がかかりそうだった。
「こういうのも、機械でやれれば楽なんだけどなー」
「土を砕くアタッチメントでは根ごと巻き込んで意味がないし、ロボットハンドではどうにも引き抜き切れないのは実証済みだ。
結局、人間の手でやるのが一番ということだな」
「ちぇー」
ぶつくさ言うのをやめたエンテが、再び雑草抜きに戻る。
そう……これこそが超古代式農法の弊害であった。
超濃度液体肥料に含まれた植物を育てる力たるや抜群であり、その効果は稲作風景を見ての通りだ。
が、当然ながらそれらの力はどこからかやって来てしまった雑草らにも有効なわけで……。
収穫を終えた後、雑草がばんばん生えてきてしまうのである。
新たに受け入れた奴隷らにとって、最重要の仕事と言えるのはこれら雑草を始末することであるのだが……。
いや、試しに体験してみるときっついなこれ。
武術の鍛錬とは、また違った筋肉を使っているのが伝わってくる。
他のサムライ衆はともかく、格闘訓練ではいまだバンホーに白星ゼロなのだが……こういった暮らしが、彼の強さをますます研ぎ澄ませたのかもしれない。
「さておき、エンテ……文句ばかり言うものでもないぞ。
実はな、俺に策がある」
「策って? まさか、雑草が生えないようにでもできるのか?」
「その、まさかだ。
ふ……ふふ……王宮にいた頃から温めていた考えを、いよいよ実行する時がきたということだ」
「『マミヤ』の技術じゃないってことか!?
スッゲー!」
「わはは! 俺も王子として、農業というものには関心を払っていたのだよ!」
エンテにおだてられ、イイ気になって高笑いする。
そして翌日、俺は早速それを実行しようとしたのであった。
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特に意味もなく、先日の変装時に使ったサングラスを着用し……。
用意した大量のそれが入った袋と共に、田んぼの前へ立つ。
さあ、後はこれを右手でつかみ上げ、無駄にセクシーな仕草で田んぼへまきまくるのみ!
――いざいかん!
勢いよく袋へ入れた俺の手が、がしりと何者かに掴まれる。
「ん……ウルカ、どうした?」
いつの間に、ここへ来ていたのか……。
気がつけば、我が嫁が青い顔をしながら俺の手を掴んでいた。
よほど、急いでここへ駆けつけたのだろう……。
彼女は息を切らしており、大汗をかいている。
ふと、遠くを見やればこちらへ駆けてくるエンテとイヴの姿……。
ははあ、さてはエンテから俺の偉大なる計画を聞き、イヴから何が持ち出されたのかを知らされたな?
それで、夫の勇姿を見守るべく駆けつけてくれたわけだ。
なんとも、いじらしく……愛らしい行動ではないか!
「アスル様……この袋に入っているものは……?」
「これ? 袋に書いてあるだろう?
塩だよ」
嫁の問いかけに、俺はしたり顔でそう答える。
「最近、雑草にずいぶんと悩まされてきたからなあ……。
だが! これで安心!
ここに用意した塩をバンバンまけば、雑草共などひとたまりもないということさ!
――やっぱ俺って、天才すぎだぜ!」
塩に植物の成長を妨げる力があることは、よく知られている事実だ。
だから俺は、王宮にいた時からずっと考えていたのである。
――塩をまけば、雑草の害もなくなるんじゃね?
……と。
畑仕事をしたこともないのに、革命的なアイデアを思いついてしまう。
これが、天才の性というものか。
「そう……塩ですか。
お塩を、大量に田んぼへまこうとしていたのですか……?」
「うん、そうだよ」
愛するウルカに、笑顔で答える。
次の瞬間、俺のみぞおちへ深々と彼女の拳が突き刺さった。
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そして俺は、夢を見た。
夢の中では、死んだはずの祖父――ロンバルド17世が花畑にたたずんでおり……。
「お主、気が触れておる」
と、ただひと言を俺にくれたのである。
とても寂しい、夢だった……。
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ちなみに、試しにイヴへ聞いたら除草剤とか除草用アタッチメントとか、便利な品をいっぱい教えてくれました。まる。




