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辺境伯領騎士団出撃の顛末

 エルフの自治区が存在する大森林地帯へつながる街道……。

 これを行進する軍団の姿はといえば、これは、


 ――勇壮。


 ……の、ひと言である。


 先陣を切るのは、軽装に長槍を携えた歩兵たち……。

 他領においては臨時徴兵されたならず者のごとき人間が務めることも多い兵種であるが、ハーキン辺境伯領においては常備兵として雇用され、日夜厳しい訓練に挑んできている。

 その面構えは、よその地で見かける歩兵とは雲泥の差があった。


 歩兵らに続き、軍の中核を占めるのは金属鎧に身を固め騎乗した騎士たち……。

 その姿――まさしく王国の(ほまれ)なり。

 辺境伯領の騎士たちは、毎年王都で開かれる競技会において、常に優秀な成績を収めることで知られている。

 無論、かの催しへ挑むのは特別に選抜された者たちであるが……人馬一体となり整然と進むその姿からは、末端に至るまでも高い練度を誇ることがうかがえた。


 軍団の後方を歩むのは、鎧をまとわず、これといった得物も持たない者たち……。


 ――魔術師である。


 驚くべきはその数であり、実に全軍の十分の一ほどを占めていた。

 これほどの訓練された魔術師を揃えられるのは、ロンバルド王国においては王家直属の騎士団のみであろう……。


 最後方は、健全な軍の運用に欠かせぬ専属の輜重兵(しちょうへい)らが守っており……。

 全軍を合わせた総数は、およそ三千名にも上る。

 ハーキン辺境伯領騎士団……即座に動員可能なほぼ全数だ。


 街道沿いの村々や宿場に住まう人々がこれを見た時の顔つきときたら、


 ――まるで陶酔(とうすい)しているかのような。


 ……ものであった。


 エルフ自治区の大森林地帯に魔物が大発生した(むね)は、すでに噂話として人々の間に伝わっている……。

 そのため、民草は明日をも知れぬ恐怖に胸を締めつけられ……さりとて生来の地を捨てることなどかなうはずもなく、どうしようもない不安を抱えながら過ごしていたのだが……。


 騎士団の歩みと共に、それは払しょくされた。


 ――魔物ごときが何するものぞ!


 ――辺境伯領に無双の騎士団あり!


 ――我らが明日は必ずや彼らが守ってくれようぞ!


 人々は、行軍する騎士団を遠巻きに眺めながらそう喝采(かっさい)し、あるいは、直接街道沿いに伏しながら感謝の念を表したのである。


 人々から尊敬の念を集めながら、建国以来の友であるエルフを救うべく進む兵たち……。

 彼らの胸中に存在するものはといえば、しかし、人々が推測するのとは真逆の感情であった。

 すなわち、


 ――恐怖。


 ……である。


 此度(こたび)の出撃……これなるは死の行軍に過ぎぬことを、騎士団に所属する誰もが理解していた。

 その理由は、他でもない。

 数が、足りぬのだ。


 聡明なる長フォルシャの命に従い、決死の覚悟で伝令役を務めたエルフ兵たち……。

 今は騎士団に混ざりながら故郷への道を歩む彼らがもたらした情報によれば、これから挑まねばならぬのは王国史において類を見ない規模の大発生である。


 現在、街道を歩む軍団の倍……いや、三倍の数があったとしても、果たして足りるかどうか……。

 しかも、自治区が存在する大森林地帯は大軍が展開するなど不可能な地形であり、日夜研鑽してきた連携の技が封じられたも同然であるのだ。


 勝ち目など、あるはずもない。

 しかし、それでも彼らはゆかねばならぬ……。

 良き隣人たちを救わずして、何が辺境伯領騎士団か!

 時には必敗(ひっぱい)(いくさ)であろうと挑まねばならぬのが、常備軍というものなのである。

 大軍の宿命として出撃までには数日を要し、飛ぶ鳥のごとき速さで駆けつけるというわけにもいかなかったが……。

 今はただ、エルフが持ちこたえてくれていることを信じて進むのみ……。


 そのようなわけで、最後方の輜重兵(しちょうへい)らに至るまでもが決死の表情を浮かべながら行軍していたのだが……。

 これを直接に率いる当代の辺境伯――ベルク・ハーキンの表情はといえば、実に涼やかなものであった。


 年若くとも賢君として知られる彼であるから、此度(こたび)の絶望的状況を理解していないはずもない。

 だが、彼はあくまでも堂々と振る舞いながら指揮を執っており……その姿からは、兵たちに微塵(みじん)の不安も抱かせまいという心づかいが感じられたのである。


 いや、あるいは……。

 これは単なる心意気の発露ではなく、勝算があってこの戦いにのぞんでいるのではないか……?


 余人ならば、(わら)にもすがる思いとバカにするかもしれない……。

 しかし、仕える主の聡明さを知る兵たちにとっては抱くに(あたい)する希望であり、その足取りにごくわずかな活力を湧かせてくれたのである。


 そうこうしているうちに、いよいよ軍の先陣が大森林地帯の末端部へと至り……。

 決戦の決意に――あるいは死の覚悟に、全員が顔を引き締めた。




--




「はあっ!? 勘違いっ!?」


 果たして、その声を上げた者は誰であろうか……。

 いや、特定することなどかなうはずもない。

 騎士団に所属する誰も彼もが、似たような叫び声を上げていたからである。


 エルフの自治区が存在する大森林地帯、その末端部……。

 そこで辺境伯領騎士団を待ち構えていたのは、建国史でもその名を語られているエルフの中のエルフ――長フォルシャが率いる自治区の重鎮(じゅうちん)たちであった。


「フォルシャ様! しかし!」


 伝令としてつかわされ、ここまで騎士団を案内してきたエルフ兵らが言い(つの)ろうとするが……。


「勘違いであったと、言っている」


 敬愛すべき大エルフにそう断じられれば、口をつぐみ引き下がる他にない。

 それに、事実として……。

 ここを故郷とするエルフ兵らにとっては明白に、そうでない人間の兵たちにもそれと察せられるほど……。

 大森林はしんと静まり返っておだやかであり、とてもではないが魔物が大発生している気配など感じられなかったのである。


 そもそも、伝え聞くほどの事態になっているならば、こうして長フォルシャらが出迎えることなど到底不可能なのだ。


「全ては、我が愚かなる娘――エンテが早とちりしたがゆえのこと。

 いや、実際に魔物の大発生は起こったのだが、それは歴史上何度もあったのと変わらぬ規模であり、すでに我らで対処し終えてしまったのだ。

 誠、申し訳なく思う」


 八百年以上もの長きに渡り生き抜いてきたという偉大なエルフが、一同を代表してベルク・ハーキン辺境伯へ深々と頭を下げる。

 こうなってはもう、誰も口を差し挟むことなどできなかった。


「我が娘は、罰として『死の大地』への流刑(るけい)に処した。

 また、これほどの大軍を動員させてしまったことへの補填と賠償に関しては、自治区の総力をかけて当たらせていただく。

 それでどうにか、許しては頂けぬだろうか?」


「ほう、娘御(むすめご)を『死の大地』へ……?」


 辺境伯はそれを聞いて、ニヤリと笑った(のち)……。

 全軍を振り返りながら、こう宣言したのである。


「皆の者! 聞いての通りであり、すでにこの騒動を引き起こしたという娘御(むすめご)への(みそぎ)も果たされているという!

 かかる言葉を疑うことは、辺境伯の名において断じて許さぬ!

 聞けば、エルフらは総力を挙げて賠償に当たってくれるという……。

 ならば、この件は水に流し……大規模な軍事訓練を行ったのだと納得せよ!」


 これなるは、まさしく鶴の一声であり……。

 辺境伯領騎士団は、何かに化かされたかのような気分のまま、領都ウロネスへ引き返す羽目になったのであった。


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