エルフが配下になった
戦というものは準備よりも、実行よりも、終わった後始末の方が大変である……。
かつて、戦史を読み解いた上で俺が導き出した結論であるが、果たして、それは魔物との戦いにおいても同様であった。
何が大変かと言えば、それはただ一つ。
――お片付け。
……である。
俺たちは、此度の戦いにおいて討ち果たした魔物の死体をことごとくもらい受けるということで、長フォルシャから合意を得ていた。
引き取った死体の使い道はといえば、これは多岐に渡る。
解体して肉や毛皮を得るというのはもちろんだが、重要なのはこれらを原材料として、『マミヤ』に存在する各種施設を使い様々な薬物、及び肥料などを生産可能という点だ。
今現在、俺たち一派は『マミヤ』に蓄えられていた膨大な資源を切り崩すことで活動している。
空間圧縮技術というものの恩恵は大きく、それらはちょっとやそっとで無くなるものではないが……。
そこは、王族のくせして生来が貧乏性ということだろう。
はっきり言って、気分が悪い。
まして、俺たちはベルクから今回の報酬として、大勢の奴隷を受け入れる手はずとなっているのだ。
いつまでも、先人の貯蓄を食いつぶすだけではいけない。
資源の入手手段に関しては様々な絵図を描いてはいるが、これはその記念すべき第一歩と言えるだろう。
で、話を戻すのだが……。
何事も言うはやすし、行うはかたしである。
最初の籠城戦で討ち果たした魔物の死体を使い、事前に練習はしていたのだが……。
これがなかなか、難業であった。
まず、『マミヤ』の着陸可能な広大な平地が存在しないというのが厳しい。
従って、先人たちの残したフライング・カーゴなる、自立飛行可能の巨大な鉄箱へ死体を積み込み、逐次空輸することになるのだが……。
隠れ里を作る際に用いた各種重機を使ってなお、大変な作業であったのは、つぶさに語るまでもないだろう。
集落周辺の死体を片付けるだけでも、そうだったのだ。
戦場となった森の中に倒れる死体たちとなると、これは何をかいわんやである。
そこで立ち上がったのが、キートンたち三大人型モジュールだ。
伊達や酔狂でロボットをやっている彼らではなく、文字通り休みなく……エルフ数十人分もの仕事量を果たせる。
おかげで作業効率は、見違えるほどに良くなった。
存在を知る者は少なければ少ないほどいいと思って、エルフらには見せない方針でいたが……竜の襲来がなくても、こりゃ最終的には出張ってもらうことになったな。
余談だが、三大人型モジュールの一人『トク』は、死体を運びながらぼそりとこうこぼしたものである。
『おれの初仕事、死体の片づけか……』
……と。
許せ。主に工業や化学用途で大量に塩が必要となる関係上、海の専門家であるお前には近いうち大働きしてもらうから。
そんなわけで、どうにか数日中に片づけを終える算段を整え……。
今、俺たち一派はエルフの集落で盛大な歓待を受けていた。
戦勝の宴というものは、人間もエルフも変わらぬ文化であるらしく……。
せっかくなら新鮮なうちにと提供した魔物の肉や、備蓄されていた食料……ならびに酒類を持ち出しての大判振る舞いである。
広場を舞台とし、皆で香草が効いた料理や、ベルクの奴がうらやみそうな年代物のワインを楽しむ。
これは俺たちにとって、何よりの報酬と言えた。
何しろ、酒をついでくれるエルフのお姉さんたちは種族的な特性なのか――揃いも揃って美人だったからな。
サムライ衆の中で最も若年の彼などは、エンテのお付きをやっていた少女たちから事あるごとに武勲を褒められご満悦である。
え、俺?
俺はといえば、嫁の目が怖いのでそんな浮いた話はない。
いや、正確に言えばすっごい美人のお姉ちゃんが酒つぎに来てくれた時は、ウワオ! グレイッ! とキメ顔を維持しつつ思ったものだが……彼女、エンテのお母さんだったんだよね。
そうなると、娘を救ってくださりなんとお礼を言えばだの、いやいやこれなるは義というものを果たしたまでだのと、大変お固く、かつ、なんだか気を使ってしまう会話に終始してしまうわけで……。
結局、戦勝の宴だというのに浮かれぽんちとなるわけにもいかなくなったのだ。
だから、ウルカ……ステーキへフォークを突き立てるのはやめるんだ。
え? いつもはハシを使っているから慣れていないだけ?
そうか! なら肉どころか木皿を貫通していても仕方がないな!
頭目魔物との戦いでも感じなかった死の予感に震えつつ、エンテのカーチャンに酒をつぎ足されたりなんぞしていたその時である。
「む……」
それまで、父君と一緒に長の家にこもっていたエンテ……。
長フォルシャと共にようやくそこから出てきた彼女が、まっすぐに俺の方へと歩み寄って来ていた。
丈の短いズボンをはいていることもあり、小ぶりながら形の良さが見ただけで分かるお尻をしきりにさすりながら、である。
うん……エルフも子供を叱る時は、ケツをひっぱたくものなんすね。
空気を読んだ彼女の母が脇に下がり……。
輪切りにした丸太を椅子とする俺の前に、エンテが立ち尽くす。
それから、見事な動きで片膝をついてみせた。
ただ、そうするだけではない……。
騎士がそうするように頭を深く垂れた、最上の敬意を示す姿勢である。
「アスル様……。
このたびは、身勝手な行動をしたワタクシを助けてくださり、深く感謝いたしておりまス」
うん、慣れない言葉使いでちょっと発音の怪しいところもあるが、がんばっていると思うぞ?
「その礼というわけではありませんガ、次代の長としてここに宣誓いたしまス。
我ら、ハーキン領自治区のエルフ一同……。
これよりは、この地からあなた様を主として仰ぎ、我らの力が必要となった際には、万難を排して駆けつけさせて頂きまス」
気がつけば、身内の者たちもエルフたちも、雑談をやめて俺とエンテに視線を集中させており……。
しんとした静寂が、広場を満たしていた。
「ふむ……」
俺は腕を組みながら、しばし考え込む。
そして、エンテの後方で静かに立つ長フォルシャと軽く視線を交わした。
長フォルシャが、ゆっくりとうなずく。
ならば、酒に酔った頭で考えるまでもないか……。
どのみち、ロンバルド王国の全ては我が掌中に収めるつもりでいるのである。
これはその第一歩であり、そして、エルフらの助力はこの先きっと役立つことになるだろう。
エンテを見据えながら、告げる。
「その誓い、しかと受け取った!
今日これより、我らは同胞ぞ!」
同時に、杯を高々と掲げた。
――ワッ!
……という歓声が、集落中に鳴り響く。
こうして俺は、自治区のエルフたちを己が傘下へと収めたのである。