超古代の入浴と食事
「それでは、マスター。
シャワールームへご案内します」
イヴに先導されるまま、狭い通路の中を歩く。
通路のあちこちには取っ手も何もない奇妙な扉らしきものがあったが、余計なことはせずただ黙ってついて歩いた。
「こちらが超音波式シャワールームとなっております」
そんな扉の一つ……。
その前に立ち、イヴが俺を振り返った。
「ここを開けばいいんだな?」
チョーオンパとやらも、シャワーとやらもなんなのかは知らないが……。
ともかく扉を開くべく、手を伸ばし……。
勝手に扉が開いたせいで、つんのめった。
「自動ドアとなっております。
マスターはエスカレーターでも転んでおられましたが、こういったものにもお慣れください」
「……うす」
エスカレーターというのは、例の動く階段であろう……。
階段一つ、扉一つを動かすのにも未知の力を用い人手を要さぬ。
そんな超古代文明の技術に感心することで、どうにか羞恥心を上書きした。
とにもかくにも、シャワールームとやらへ足を踏み入れる。
果たして、何が待ち受けているのか……。
警戒して入ってみるが、内部は何もない……本当に何もない、白一色の壁で構成された空間であった。
そんな風に思っていると、だ……。
継ぎ目一つ見当たらなかった壁の一部から、いきなり新たな壁が突き出し、人一人分を覆うくらいの空間を形作る。
「どうぞ、お入りください」
「あ、ああ……」
あっけに取られる俺であったが、イヴにうながされその空間へ足を踏み入れた。
すると、背後にまた新たな壁が生み出され、完全に俺を隔離する。
まるで、牢獄のようだが……。
「そちらへ着ている物をお入れください」
外からイヴの声が響くと同時、眼前の壁が一部をせり出させ、棚のようになる。
「荷物ごとお入れいただいて大丈夫です」
「だが、これを預けると着る物がないんだが……」
「着替えはご用意してあります」
そのように言われ、荷物と衣服……要は俺が今持つ全ての品々を棚に入れた。
すると、棚が格納されてまたただの壁になり……。
――う、おおおおおっ!?
裸身となった俺の全身が、謎の力によって振動させられ……それがかゆいような、気持ち良いような、なんとも不思議な感覚を与えてくる。
すると、垢だの汗だの、全身を汚していた様々なものが落ちていき……。
同時に体中が、揉みほぐされていった……。
「はあ……っ」
これは――入浴だ。
超古代文明式の、入浴であるのだ。
俺は五年ぶりの入浴体験に、ただただ溜め息を漏らすのであった……。
チョーオンパ、すごい!
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荷物や服をしまった時と同様、壁の一部が棚のようにせり出すと、そこには着替えが入っていた。
イヴの着ているそれを、男性用に仕立て上げたかのような装束……。
まるで測ったかのように俺の体型と合うそれは、幸いなことに、着る方法は俺の知るものと同様であった。
「どうかな?」
「はい、大変よくお似合いです」
突き出していた壁も元通りに消え去り、また何もない空間となったシャワールームで……。
新たな装いとなった俺を、イヴが無機質な表情で褒め称える。
「体が清潔になったところで、次はお食事をご用意いたします。
食堂へご案内しますので、ついてきてください」
またもイヴにうながされ、幾重にも色彩が変化する髪の後ろをついていく。
ついていき、今度は華麗に自動ドアをくぐり抜けてたどり着いたそこは……なるほど、俺の目にも食堂として認識できる空間であった。
長机と椅子を並べられた空間は、五十人ほども同時に食事が可能だろうか……。
奥の方には窓口があり、そこからは厨房とおぼしき設備がうかがえた。
まあ、かつてはどうだったのか知らないが……。
今となっては、俺とイヴ以外に誰もいないけども……。
「好きな場所へおかけになってお待ちください。
すぐにご用意いたします」
厨房へ向かい歩くイヴにそう言われ、適当な席に腰かける。
そういえば、時にはメイドとして働くとも言っていたな……。
果たして、厨房の中でどのような調理をしているのか……。
気にはなったが、チョーオンパで揉みほぐされた体はかえって疲労を色濃く感じさせ、一旦席に着くと根が生えてしまう。
食事ができるまで、多少は時間がかかるだろうし……。
このまま、少し眠ってしまおうか……。
そんな風に考えていると、だ。
――チーン!
……という音が厨房から響いてきた。
そして、つかつかと……イヴが料理を運んできたのである。
驚くべき――早技だ。
……超古代人の料理は、なかなかにせっかちなのだな。
「スキャンの際、消化器官が弱っているのを確認したため、卵粥をご用意しました。
落ち着いて、よく噛んでお食べ下さい」
言いながら、匙と共に配膳されたのは……なるほど、粥であった。
だが、大麦を使ったそれとは明らかに異なる。
粥の材料となっているのは、見たこともない……真っ白な穀物であった。
「これは、なんていう食べ物を使った粥なんだ?」
「はい、お米という材料を使いました」
「コメ、ね……」
それなる食材の名を脳裏へ刻みつけながら、一口目をすする。
すすってみて、驚いた。
粥なのだから、味気ないものだろうと思ったのだが……。
おそらくは、なんらかの魚介類を用いたダシが使われており……。
風味豊かなうま味が、口の中いっぱいに広がってきたのだ。
それは自己を主張し過ぎず味の下地として機能し、コメなる穀物や卵の甘みを十全に引き出す……!
俺が空腹であること……。
そして、長きにわたる昆虫食生活を続けてきたことは関係ない……。
この粥は、これまでに味わったことのないご馳走だ……!
熱さに負けず、あっという間にこれを平らげる。
ものすごい、食事体験だった。
超古代の人々は、こんなものを当たり前に食べていたということだろうか……?
「続いて、こちらもお飲みください」
俺が食べてる間、またも厨房に控えていたイヴが何やら飲み物の入った杯を机に置く。
「これは……?」
「はい、極度の栄養失調状態にあるマスターが必要とする栄養全てを含んだ特製のドリンクです。
ナノマシンが配合されていますので、口内の歯垢や菌を飲むだけで分解してくれます」
「なんだかよく分からないけど、すごいものなんだな……」
そう答えて、杯の中身を見やる。
俺が口にした通り……。
それは、ものすごい飲み物だった。
杯の中では、イヴの髪もかくやという極彩色の液体が常温だというのにコポコポと泡を立てている……。
――……シテ。
――……ロ……シテ……。
気のせいか、何やら声のようなものまで聞こえてくるが……。
うむ……! これは幻聴に違いないな!
何しろ俺は、長きに渡る『死の大地』暮らしで疲労しきっているのだ。
幻聴の一つや二つ、聞こえたところでおかしくはない。
惑わされんぞ、我が聴覚よ……!
液体から声なんて、聞こえてくるはずないんだから……!
「――ようし!」
意を決して、やたらドロドロとして粘性の強いそれを飲み干す!
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そして俺は、夢を見た。
夢の中では、死んだはずの祖父――ロンバルド17世が花畑にたたずんでおり……。
何やら必死で両手を押し出し、俺に戻るよううながしていたのである。
寂しい、夢だった……。