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外国開発局局長

 二十年前……。

 アラド皇帝という偉大な統治者が没して以来、大陸北方はファインという大帝国の内乱状態へ陥ったが、では、大陸南方はどうだったのかといえば、これも似たような状況であった。


 きっかけは、大陸全土を襲った大冷害だ。

 これにより、各国の主要作物は大きな被害を受け、民たちは飢えに苦しむこととなった。

 そのような状態に陥った時、国家というものが取り得る手段はたったひとつである。

 ……戦争だ。


 ない以上は、あるところから奪ってくる他にない。

 この場合、狙われる側も食糧は不足しているわけであるが、だからといって、仲良く飢え死にするわけにはいかぬ。

 大陸南方においては、文字通り、生き死にをかけて戦乱の嵐が吹き荒れたのである。


 戦乱は、翌年を迎えてもなお続いた。

 理由は、負の連鎖反応が起こったからである。

 土地が荒れ、人口が減少し、なかなか農業へ力を向けることができぬ……。

 そうなると、やはり戦争で他国から不足分を奪うしかない。

 分かっていても脱することの難しい、悪循環へと陥ったのだ。


 ロンバルド王国がそれに巻き込まれなかったのは、ひとえに、唯一食糧が充実している国であり、兵が飢えることによるスキを他国へ見せなかった点にあった。

 自然界においても、人間社会においても、弱っているものから狩られていくのが摂理であり、わざわざ元気一杯な相手へ喧嘩を売る者など存在しなかったのだ。


 さて、かようにして血で血を洗う時代に突入した大陸南方諸国であるが、風向きが変わったのはアスル王がロンバルドをひとつの国として統合してからである。

 ようやくにも内輪の戦いが終わり、外へと意識を向ける余裕ができた彼は、南方の諸国へ強力な食糧支援を行ったのだ。


 無論、それは無償ではなく、相応の対価が必要となる。

 しかし、逆に言うならば、対価さえあれば得られるということで、各国は王家伝来の宝物を差し出してでも、それを望んだのであった。


 それは、事実上の恭順である。

 ロンバルド王国は、圧倒的豊かさを背景に、戦うことなく諸国を屈服させることへ成功したのだ。

 北方のファイン皇国も事実上、ロンバルドの属国と化しているため、これでロンバルド王国は、大陸のほぼ全てを掌握したことになる。


 とはいえ、掌握したところで終わりということはない。

 釣れた魚にはエサをやらねばならず、アスル王はロンバルド王国本土のそれと並行して、諸国の開発にも力を入れることとなったのである。

 それは、恭順した各国に工場などを建設し、現地の人間を安価な労働力として利用するためでもあった。


 労働力を買い叩いているという見方もあるし、事実上の奴隷ではないかという意見もあるが、それに伴う整備で各国の近代化が推し進められ、確実に暮らしの質は向上するのであるから、これは功罪併せ持つ政策であるといえるだろう。

 どの道、国家間に真の友情というものは存在せず、あるのは食うか食われるかという関係でしかないのだから、優しく食っているだけマシなのである。


 そのようなわけで……。

 ロンバルド王国は外国開発局という独自の部署を設立し、自国にとって都合の良い存在とすべく、諸国を開発していたのであった。




--




「それでは、当工場の運転開始を祝しまして……。

 カンパーイ!」


 赤毛の三十男がそう言いながらジョッキを掲げると、彼の眼前に居並んだ現地の人々も同様にジョッキを掲げた。

 後は、飲めや歌えやの宴会である。

 工場内に存在する食堂は十分な広さを持つが、あえて、この宴会は屋外で行われていた。

 これは、外国開発局が現地で催す宴席の通例である。

 理由は簡単で、そうでもしなければ、各地の開発において主役とも呼べる三人が参加できないからであった。


『『『カンパーイ!』』』


 その主役……『マミヤ』の誇る三大人型モジュールたちが、気分を盛り上げるために廃材で造った(から)のジョッキを掲げる。


「よ! キートンさんたちいい飲みっぷり!」


「おいおい、あの人たちが持ってるジョッキは(から)だぜ?」


「おお、そうか……。

 あんまり様になってるもんだから、俺にはビールが入ってるように見えちまったよ!」


 浅黒い肌が特徴の工場員たちは、そう言ってロボットを見上げながら笑い合った。

 彼らは、新設されたこの工場で働くべく志願し、開発局から必要な教育を受けた現地の者たちである。

 たかが工場労働者と、あなどることはできない。

 この国において、当工場は最新鋭の設備が用いられた最先端の職場であり、いずれもが選び抜かれたエリートと呼べる存在であった。


 そんな彼らのいずれもが、ロボットたちを人と同様の存在として扱い、また、畏敬(いけい)の念を抱いているのは態度から明らかである。

 長らく存在しなかった正確な地図をもたらした、カミヤの観測能力……。

 大型船を迎えるには不向きだった沿岸部を改造し、十分な喫水などを確保してくれたトクによる海岸整備……。

 瞬く間に土地を切り開き、道路を敷いてくれたキートンの開発能力は、言うに及ばずだ。


 ロンバルド王国の開発を受けた諸国にとって、カミヤたちの人気は留まることを知らず……。

 今や、彼らを崇拝対象とした宗教すら生まれている有様なのである。


「それにしても、これでいよいよ大陸の最西部まで制したか……。

 ここまで二十年……長かったような、一瞬だったような……。

 不思議な気分だ」


 そのような光景を肴にジョッキを傾けつつ、温度を取った赤毛の男がそうつぶやく。

 仕立ての良いスーツを身にまとった男の顔には、年齢以上のしわが刻まれており、諸国の開発を一手に担う身の重責というものがうかがい知れる。

 しかし、それでいて疲れた雰囲気を感じないのは、彼が精力的にこの仕事へ取り組んでいることの証であった。


『なんだ? ジャン。

 年寄りみたいなこと言い出して』


 高性能のセンサーで耳ざとくそれを聞いたカミヤが、そんな彼に話しかける。

 すると、男――ジャンは苦笑いを浮かべ、特徴的な赤毛をくしゃりと撫でた。


「年を取ったのですよ。

 農村の子供が、今はこうして大陸の端まで足を運んで、その開発を指揮しているのですから……」


『だが、これで終わりじゃないだろう?』


『ああ、まだ始まったばかりだ』


 キートンとトクまでが会話に加わり、ロボット三人がジャンを見下ろす形となる。

 六つのカメラアイを向けられた外国開発局局長は、大いに飲み、食べ、騒いでいる現地の従業員たちを見ながら、うなずいたのであった。


「ええ、これからです……。

 これから、ロンバルド王国のみならず、大陸そのものが……いや、海を越えた世界そのものも発展し、踏み出していく……。

 まだまだ、忙しい日は続きそうだ」


 そう答えるジャンの顔に、朴訥(ぼくとつ)な少年だった日の面影はない。

 それはある意味、この世界に住む人々のあり方そのものを体現しているといえた。

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[一言] 明けましておめでとうございます。 月日が経てば退き若手に道を譲る者、継ぐ者が無く廃れに至る者様々でございます。
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