過去との契約
『よう、この映像を見てるということは、おそらくお前は俺の子孫で、残しておいた手がかりを基にマミヤを発見したんだと思う。
まずは、おめでとう。
俺たちが巻き戻しを選んで以来、どんな風に技術が発展し直したかは知らないが、多分、お前は無限の力を手に入れたに等しいと思う』
モニターの中、『マミヤ』の制服に見を包んだ男が、こちらを見据えながらそう言った。
その顔立ちには、どことなく見覚えがある。
具体的にいうと、毎朝、洗顔のために鏡で見る顔とよく似ていた。
『さて、お前はきっとこう思ってるんじゃないか?
なぜ、これだけの力をあえて眠らせたのか? と……』
画面の中にいる俺の先祖――先代『マミヤ』船長は、そう言いながらこちらの顔を覗き込むようにする。
『簡単に言うとな。
俺たちの帝国は、銀河帝国ゼラノイアは失敗したんだ』
そして、カメラから身を離し、やや大げさな身ぶりで肩をすくめてみせた。
『もうね。宇宙中がポーンでボーンよ。
使っちゃいけない力……。
抑止のためだけに存在しなきゃいけない力を、あちこちで使っちまった。
結果、俺たちの帝国は滅び、生き残りは散り散りとなった。
単一種族のみで船団を作った奴らもいるし、自立機械のみで異次元に旅立った船もある。
後者に関しては、マルチバースに存在する別世界へ迷惑かけてないか、ちょっと心配だな』
おどけた仕草を交えながら語る我が先祖であるが、言っている内容は深刻だ。
マルチバースの概念については軽く勉強しただけだが、要はこの世界に留まらず、他の世界に至るまでクソを撒き散らしまくったということだからな。
本当に、どこまでもはた迷惑な帝国だったわけだ。
『まあな。
こういう結末になる兆候は、いくらでもあったわけだ。
エルフ、獣人、ドワーフその他諸々。
入植した惑星に合わせた改良人種や、それが徒党を組むことによる独自の文化形成……。
帝政国家に付き物の、権力争い……。
地球時代から続く、人類負の側面がオンパレードだ。
滅ぶべくして、滅びたよ』
そこで、おちゃらけていた先祖はふと真顔を作った。
『だから、生き延びた俺たちは協議の末、一度、文明を巻き戻すことに決めた。
果たして、人類は本当に愚かだったのか……。
別の辿り方をすれば、またちがった未来があったんじゃないかって、そう考えたんだ。
それを、俺たち自身が見ることはかなわないが、自分たちの子孫に託したわけだな』
俺たちに身勝手な願いを託したらしい人物は、そう言った後、ちっちと指を振ってみせる。
『おっと、またもやお前の考えたことを当ててやるぜ?
お前は、こう思ったんだろう?
じゃあ、なぜマミヤを起動可能な状態で封印したんだ?
なぜ、そこに至るまでの手がかりをあえて残したんだ? てな』
それは、この映像を最初に見た時、抱いた疑問だ。
このご先祖様は、あえて『マミヤ』を破壊せず、それどころか建国王に持たせた古文書という形で、手がかりを残していた。
明らかに、行動が矛盾していたからな。
『まあ、それに関してもな。根っこのところは同じ理由なんだよ。
異なった歴史を辿りつつも、いつかは必ず到達するだろう先……。
そこに至るまでの、ショートカットを用意したわけだ』
くいっくいと、両手を動かしながら先祖が語る。
どうでもいいけど、こうしてると陶芸師か何かみたいだな。
『技術発展の途中には、どうしたって自然環境を痛めつけてしまう過程が存在する。
これは、普通に技術史のツリーを埋めていったんじゃ、回避不可能だ。
しかし、マミヤのデータを見れば、俺たち先人があらかじめ導き出していた答えを得ることができる。
それを使えば、負の部分は上手いこと回避して、先にいけるんじゃないかってな』
そこまで言うと、ご先祖様はエア陶芸をやめ、ぐっと身を乗り出した。
『あとはまあ、感情の問題だな。
こんな技術があるから、俺たちは歴史を間違えたって想いがある。
それと同時に、マミヤは培ってきた自分たちの歴史そのものでもある。
だから、当面は眠らせて、もし、必要な時がきたら、子孫に目覚めさせてもらう。
使うか使わないかは、目覚めさせたお前が決めればいいって寸法さ』
話を終えた先祖は、やおら上着を脱ぎ始める。
『以上が、我が子孫に対する申し送りだ。
これで、俺の艦長としての仕事は終わった。
あとは、この船を封印して、スローライフをエンジョイさせてもらうさ』
――プツリ。
映像が終了し、画面が暗転した。
薄暗い室内で腕を組んでいた俺は、ふんと鼻を鳴らす。
「やはり、何度見てもつまらんものはつまらんな」
『マミヤ』に残されていた映像……。
遠い先祖からのビデオレターを鑑賞した俺は、他に誰もいない室内でそうこぼした。
以前、ファイン皇帝のアラドさんに聞かれた時もそう答えたが……。
なんとも、くだらない内容である。
「生き続ける限り、進歩を目指すのが人間だ。
そんなことは、分かりきっているだろう?」
暗くなった画面の向こう、とっくにあの世へ旅立ってる人物たちに、そう告げた。
「要するに、あんたたちは自分が持っていないものに憧れたんだ。
王侯貴族が、農民としての暮らしを夢想するのと同じさ。
隣の芝が、青く見えたんだよ」
立ち上がり、『マミヤ』内に存在する私室――総司令室としての役割は城に移した――の明かりを点ける。
「――窓を」
続けてそうつふやくと、室内のセンサーが命令を察知し、壁面に映像を映し出した。
それは、一般的な建物の窓がそうであるように、屋外の景観が映し出されており……。
そこから眺められる王都フィングの街並みは、一年前……俺がここを落とした時とは、比べ物にならない発展を見せていたのである。
「まあ、せいぜい、お望み通りにしてやるさ」
先祖が映し出されていた画面――これも壁面を利用したものだ――を横目で流し見しつつ、言い捨てた。
「俺たちは、先へ行く。
あんたたちが踏み留まった、その先ヘな……」
それは、遠い昔と現在で交わされた、密かな契約……。
受け継ぎ、歩むのが人間なのである。




