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役者として

 浅い、眠りであった。

 その中で描かれるのは、自身、これが夢であると認識できる光景であり……。

 それは、これまでの半生を濃縮したものであった。


 最初、弟が生まれ……。

 次いで、二人目の弟が出来た時は、無邪気に喜んだことを覚えている。

 三人目……妹が流産し、それと同時に母が他界した時の悲しみは、忘れようがないだろう。


 母の遺体を前に、誓ったものだ。

 兄弟の長兄として……この国の次代を担う者として、それにふさわしい男となってみせようと。

 しかし、それからの数年間で、その思いは徐々に陰りを見せることになる。

 二人の弟は、それぞれが、あまりに……優秀だったのだ。

 いや、そのような言葉では足りない。

 彼らは、天才だった。


 初めに頭角を現したのは、上の弟――ケイラーであった。


 ――武才において、並ぶ者なし。


 城の騎士たちは、口々にそう言ったものである。

 剣、槍、弓を問わずたちまちの内に使いこなし、馬術をやらせれば人馬一体のごとし。

 体格にも恵まれ、十代半ばを迎える頃には、城の大人たちで彼にかなう者は誰もいなくなっており、逆に、彼の方が指導をするようになっていたのだ。


 下の弟であるアスルもまた、異才である。

 祖父の血が色濃く出たのだろう……兄たちや父とちがい、魔術の素養を備えていた彼は、物心ついた時には、宮廷魔術師の扱うそれを見様見真似で習得するに至っていた。

 武術においても、ケイラーほどではないが、明らかに自分を越えており……。

 しかも、要領というものがいいのか、さしたる努力もなく、手本として見せられた技のことごとくを体得したのである。


 一時期、なんでも簡単に身に着けられることが災いしたか、少しばかり腐っていたようにも見受けられたが……。

 ビルクという師に恵まれ、その薫陶(くんとう)を受けてからは、真っ直ぐに自分がやりたいと思ったことへ打ち込んでいたものだ。

 彼の場合、それは勉学であったようで、十三を数える頃に見い出した微積分とやらは、天文学者を中心に熱狂してもてはやされたのである。


 ――大したものだ。


 心の底から、そう思う。

 輝かしい功績を上げる二人に対して、自分はどこまでも平凡であり、ありきたりな王子に過ぎなかった。

 いや、分かってはいるのだ。


 絶対的な評価で見たならば、自分とて十分以上に優秀であり、素養に恵まれているのだと。

 しかし、二人の弟と相対的に比較した場合、十分以上に優秀な程度では、凡愚の烙印を押されてしまうのだ。

 そのくせ、顔立ちのみは必要以上に整っており、美男子としてもてはやされたのだから、父と亡き母を恨んで過ごす夜もあったのである。


 ――顔ばかりが良い、平凡な王子。


 ――功績において、明らかに弟らより劣る跡継ぎ。


 才能というものが母の腹で分配されるものであったなら、もう少し己の取り分を多くして欲しかったものだ。

 だから、アスルが国を出る原因となったあの会議……。

 ケイラーや父がどうだったかは知らぬが、自分は少しばかり薄暗い感情と共に、彼を非難したのである。


 ――五年の歳月をかけて、導き出した結論がそれか。


 ――遥か古代の遺物が、『死の大地』に眠っているだと? ばかばかしい。


 言外に、そのような思いを込めていたのだ。

 そして、アスルは国を出たのである。


 殺して死ぬような男ではなく、いずれ諦め、戻ってくることは明らかであったが……。

 ともかく、そこからの日々は少しばかり心おだやかなものとなった。


 ケイラーの才は、少しばかり武辺に傾きすぎており、内政に関してならば、己に分がある。

 しかも、彼は――痛ましいことに――妻を失っており、生涯、後妻をめとることはないと誓っているのだ。


 その点、自分は女子とはいえすでに子をもうけており、今後もある。

 アスルが戻って来たところで、放浪期間の空白は実に埋めがたい。


 ――安泰だ。


 長子存続という、王位継承の原則によるものではない。

 真の安息が、訪れたのである。

 誰の目から見ても、このカール・ロンバルドこそがロンバルド19世としてふさわしいのだ。


 国を危難が襲ったのは、それから五年ばかり経ってのことである。


 ――冷害。


 それも、国土全体を――おそらくは大陸そのものを飲み込んだ、未曾有(みぞう)のそれだ。

 国家の礎は、麦の収穫にこそある。

 単に食糧として重要なだけでなく、貨幣価値など様々な物事が、麦を軸として定められているのだ。


 それが不作とあっては、たまらない。

 ビルク老の忠告を手紙で受け取った時には、もう遅かった。

 いや、時間の問題ではなかっただろう……。

 自分は、諸侯に言うことを聞かせることができなかったのである。


 ――飢饉(ききん)の兆しあり。


 ――救荒作物を植え、備えよ。


 そのような手紙を送り、時には直接対面をしても、ラフィン侯爵家を始めとした貴族たちを動かせなかったのだ。

 外交能力の限界であったといえるだろう。

 あるいは、自分という人間の能力がそれだけ軽んじられ、言葉を重く受け取ってもらえなかったのだ。

 屈辱と共に、夏を迎えることとなった。


 ――まあいい。


 ――諸侯の愚かな采配によって、民のいくらかは犠牲となろうが……。


 ――逆説的に、我が主張の正しさが証明される形となる。


 それは、貴族たちからの求心力を高めることにつながり、己の立場をより盤石なものとしてくれるだろう。

 そう考えて、溜飲を下げることにしたのである。


 ところが、その思惑はもろくも――あるいは幸いにも――崩れることとなった。

 『米』の旗を掲げし、謎の勢力……。

 それによる、極めて強力な支援により、国家は危機を乗り越えることに成功したからである。


 アスルによる、支援だ。

 密かに己の見解が正しかったことを証明していたアスルは、その力を使って国を救ったのである。

 ばかりか、新たな国家を立ち上げるに至った。


 この時、自分が抱いた感情はどのようなものであったか……。

 他ならぬ自分自身であっても、それが分からない。

 言葉という、貧弱な道具で表現するには、あまりに複雑な代物なのである。

 ただひとつ、確かなのは、こう思ったことだ。


 ――なぜ。


 ――なぜ、お前ばかりが。


 ゆえにある日……最近の出来事である気もするし、遠い昔のことでもある気がするあの日……。

 いかにしてか、強大な力がこの身の内をのたくった時、自分はそれを受け入れた。


 もう遅いだろう。

 それだけは、間違いない。

 しかし、最後の最後、立つべき場所にはこれで立てるのだから……。


 役者たらんと志した以上、舞台に立つ機会を逃す手はないのだ。


 昨晩、完結部分まで書き上げました。

 残り全十二回で、内一回は終章との閑話(今までのような登場人物紹介ではない)となります。

 更新ペースはこのままを維持し、新作の書き溜めに当てようと考えています(もう十二万字くらい書いちゃってるけど)。


 どうか、最後までお付き合い頂ければ幸い。

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― 新着の感想 ―
[一言] 遂に物語の終が見えてきたと・・・、作者様への感謝と労いと終わりに向かう寂しさと、複雑な思いでありますが、最終話迄お供させて頂きます。
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