ラフィンを巡る顛末 下
「――全兵士に告げる!
向かってくる者たちを、決して攻撃するな!
あれは……あれは……我が娘だ!」
一流の指揮官へ求められる資質のひとつに、声の大きさというものが挙げられる。
戦場における情報の伝達方法はいくつも存在するが、最後の最後……味方へ意思を伝える上で頼りになるのは、道具も他者も用いない己の声量であるからだ。
そこへいくと、スオムスのそれは、大軍を率いる大貴族家当主にふさわしいものだといえるだろう。
……もっとも、明らかに取り乱したその姿からは、大貴族家当主としての貫禄など感じられなかったが。
「スオムス様の娘だと!?」
「いや……確かに!
間違いない、あれはマリア様だ!」
「マリア様は、王都に送られたはずではなかったか!?」
「だが、ここにいる!
長年、侯爵家に仕えてきたこの俺が見間違えるものか!
ともかく、弓などを射かけることがないよう、徹底させるんだ!」
山賊爵の声を聞いた騎士たちが、配下の者たちを抑えるべく、慌てて動き出す。
特に、ラフィン侯爵家へ直接仕えている者たちの動きは迅速で、彼らは自分たちにとっての姫君を守るべく、奔走することとなった。
「お嬢さんですか?
下の方から、王都にいるはずと聞こえましたが?」
「うむ……親であるこのわしが、見まがうはずもなし。
となると、王都は……落ちたか」
早まった兵たちが、こちらへ歩み寄る娘たちに攻撃を加えないかとハラハラさせられたが……。
どうにか、それを抑えることに成功したと見て、安堵の溜め息を吐き出す。
しかし、その後に去来したのは大いなる喪失感だ。
自分たちは、可能な限りの奮戦をした。
ここへ陣取ることで、王都に迫る賊軍の数を可能な限り減らしもしたはずだ。
しかし、それらの努力はむなしく、王都フィングは……ロンバルド王国の中心地は、敵の手に落ちたのである。
もしかしたならば、主君たるロンバルド18世も、すでにこの世にいないかもしれぬ。
「となると、さっき話してた降る降らないの交渉をするために、娘さんを寄越したってことですかね?
もしかしたら、人質にするとか?」
「その可能性も、ある」
そう答えたが、スオムス自身はその線はないだろうと考えていた。
もし、人質にするならば、供を付けているとはいえこちらに歩ませるのは不自然であり……。
しかも、マリアの隣で歩んでいる女性は、公にできぬ自分の庶子――ソフィなのだ。
だとするならば、これは……。
「ともかく、出迎えねばならぬ。
このわし自らが、な……」
「お供しましょうか?」
「頼む」
スカーフェイスと共に、見張り台を降りる。
山賊爵の顔には、一種の悲壮さがうかがえたのであった。
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――何はともあれ、実の娘が無事だったんだから、もっと喜びそうなもんだが……。
目の前にいる侯爵率いる連合軍の陣と、賊軍が構築した陣の中間地点……。
そこで、マリアというらしい少女と対面するスオムスの姿を見ながら、スカーフェイスとあだ名される男はそんなことを考えた。
「マリア……無事でおったか」
そう語りかけるスオムスの顔は、緊張に満ち満ちたものである。
いや、ただ、緊張しているだけではない……。
そこからは、一片の恐怖を感じることができた。
――まあ、事実上の敗戦に終わったわけだ。
――娘と再会できて、めでたしめでたしとはいかないか。
そんなことを考えながら、親子の対面を見守る。
向こう側は、マリアという少女の他に、二十代とおぼしき女性や、護衛だろう数人の兵士がついてきており……。
こちら側も、自分の他に数名の騎士が同行していた。
スオムスが、一歩、娘に向けて歩み寄る。
「何も言う必要はない。全て分かっているぞ。
お前がここにいるということは、王都が落ちたということ。
そして、アスル王はいまだ王国中央部で粘り続ける我らを降らせるための使者として、娘であるお前を選んだのだ。
だが、分かってくれるな。我が娘よ。
この身は、王家の槍であり盾。
お家が滅ぶか滅ばないかという話ではなく、果たさねばならない忠義というものがあるのだ!」
そして――メッチャ早口でまくし立てた!
何をそんなに急いでいるのかは知らないが、相手に相槌を打つことも、言葉を挟ませることも許さないまくし立て方だ。
「――と、いうわけで、さらばだ!」
しかも、言うだけ言うと、くるりと踵を返し、こちらに戻ろうとし始めたのである。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
さすがに、これは見逃せない。
困惑し、言葉を失っている騎士たちをよそに、そう呼びかけた。
せっかく、実の娘と生きて再会できたというのに、相手の言葉すら聞かずに戻ってどうしようというのか。
「娘さんを迎えないでいいんですか!?」
「言ってくれるな!
王都に預けた段階で、今生の別れとなる覚悟はできておる!
ゆえに、話はこれで終わりなのだ!」
「いやいやいや、終わりも何も、まだ話はなんも聞いてないじゃないですか!?」
「いーや、終わりだ!」
「いいえ、終わってませんよ」
その時……。
黙って――いや、微笑すら浮かべながら父の話を聞いていたマリアが、始めて口を開いた。
そこで、スカーフェイスは気づく。
この娘、確かに笑っている。
笑ってはいるが、しかし、背景に「ゴゴゴゴゴ」という謎の文字が浮かんでいるのだ。
――コワイ!
こいつには、やると決めたらやる「スゴ味」がある!
「アイエエ……」
賊軍との戦いであれだけ暴れ狂ったスカーフェイスだが、今、その時とは比べ物にならぬ恐怖を感じていた。
そして、その恐るべき気迫は、背中を向け立ち去ろうとした実父に向けられているのだ。
「お父様、とりあえずこちらを向いて下さいますか?」
「い、いや、しかし……」
「こちらを、向いて、下さいますか?」
「……うす」
観念したスオムスが、再び娘と向き直る。
そこには、山賊爵と恐れられた男の威厳など微塵も感じられなかった。
「こちらにおられるソフィ様……。
私も存在を知らされていない姉であること、うかがいました」
そう言うと、ソフィというらしいお嬢さんが困ったような笑みを浮かべる。
――あ、そういう流れかあ。
それで、スカーフェイスも悟ることができたのである。
てっきり、実の娘による感動の説得かと思ったが、これ、ギャグオチだあ。
「母上という正室に加え、側室までいる身分でありながら、さらに浮気してこっそり子供まで作ってましたかあ。
ふーん。
へー」
「ああ……いや……あの……」
助けを求めたスオムスがこちらを見るが、スカーフェイスも他の騎士たちも、飛んでいるちょうちょを追いかけるのに忙しくて、それどころではなかった。
そして、ちょうちょを追いかけつつ、スカーフェイスはこうつぶやいたのである。
「オーマイゴッド」
「無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄」
――ドゴドゴドゴドゴ!
マリアの放った目にも止まらぬラッシュが、スオムスの肉体を打ち抜く!
「無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄」
その拳撃は、収まることを知らない!
「無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄無駄」
それにしても、一発一発の、なんと重く鋭いことか!
「WRYYYYYYYYY
YYYYYYYYYYY
YYYYYYYYYYY」
連撃を叩き込まれた山賊爵の体は、その度に陥没し原型を留めていないのだ!
「無駄 無駄 無駄」
「無駄 無駄 無駄
無駄 無駄 無駄
無駄 無駄 無駄」
「無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄
無駄無駄無駄無駄」
なおも無情なラッシュは続く!
「ヤッダーハァアァァァァアアアアア」
悲鳴を上げるスオムスは、すでにボロ雑巾のような有様だ!
「無駄ァア
アアアア」
最後に――一発!
それは、スオムスを吹き飛ばし、連合軍側が占拠する木柵の一角へと叩き込む!
そこには、こう書かれていた。
――燃えるごみは月・水・金。
「今から、皆さんへの指示は私が出しますが、何か文句ありますか?」
「「「いいえ、ありません!」」」
マリア嬢の言葉へ、騎士たちが気をつけしながら答える。
そんな光景を見ながら、スカーフェイスはこう思ったものだ。
――出よう、こんな気の触れた国。
その後、彼は旅先で金塊を巡る争奪戦に巻き込まれるのだが、それはまた別のお話……。




