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ラフィンを巡る顛末 中

「気に食わんな。

 実に、気に食わん」


 この連合軍を率いる男……。

 スオムス・ラフィン侯爵は、山賊爵という異名ふさわしいスゴ味のある目つきで眼下を見下ろした。


 場所は、王国中央部に賊軍――正統ロンバルドが造り上げた防衛線の一画である。

 長大な木柵が向いているのは至ロンバルド王国側なため、逆方向から進軍してくるイーシャとバファーの両辺境伯家が率いる軍勢に対し、防御効果は見込むことができない。

 しかし、各所に残された詰め所や見張り台は有意であると判断したため、スオムスはこれを乗っ取る形で拠点としていた。


 それに、半壊しているとはいえ、背後を木柵が阻んでいるというのは、この場合、好都合である。


 ――退路なし。


 ……スオムスは、文字通り背水の陣でこの戦いに(のぞ)んでいるのだから。

 見る者によっては、愚かとしかいいようのない行為であった。

 例え、スオムス率いる連合軍がここを塞ぎ続けたところで、残る正統ロンバルドの戦力は王都を落とすことだろう。

 いや、もう、落としているかもしれない。


 だとするならば、ここでスオムスがしていることは、大勢を見ない愚か者の行為であり、滅びゆく王家にいつまでもしがみついているだけなのだ。


 ゆえに、この采配は理屈ではない。

 これまで、守ってきたものがある……。

 己を己たらしめた、矜持(きょうじ)というものがある……。

 それらを捨てること、まかりならないのだ。


 歴史を紐解けば、敗北必定(ひつじょう)となった主君に最後まで付き従った家臣の例は数知れず、彼らはこのような境地でいたのだと悟ることができた。

 滅びを受け入れ、なおかつ、それに立ち向かったのだ。

 だと、いうのに……。


「気に食わないですか?」


 隣りにいる男……。

 自分と共に見張り台へ登っていた男が、そう問いかけてくる。

 彼を一見して、農民出身であると判別する者はそういまい。

 顔にはいくつもの傷跡が残っており、それらが生み出す風格は、歴戦の勇士としか思えぬのだ。


 ――スカーフェイス。


 彼もまた、自分と同じように異名を持つ者であった。

 先日の戦いにおける働きぶり……いや、暴れぶりたるや、鬼神のごとくであり、今では、徴兵された平民でありながら、誰からも一目置かれている。


「ああ、まったくもって気に食わんな」


 そんな彼に答えながら、眼前へ布陣する敵軍に視線を向けた。

 布陣……そう、布陣だ。

 こちら側から、目と先のところ――ブラスターの光が届かぬギリギリのところで、賊軍は布陣している。

 さすがは、国境付近の守りを任されたイーシャとバファーの両辺境伯家を中核とした軍であるというべきだろう。

 兵の配置も、陣幕の張り方も、全てが整然としており、いつでも攻撃に移れることが見て取れた。


 見て取れる、だけだ。

 一向に、攻めてくる気配はない。

 言うまでもないことだが、軍隊の布陣というものは、相手を攻めるために行われるものだ。

 それが、展開するだけして、一切手を出してこないのだから、これでは覚悟の決め損である。


「こちらはいつでも受けて立つ構えだというのに、こうして睨み合って何日が経つ?

 イーシャとバファー……どちらが主導権を握っているのかは知らぬが、いずれも知らぬ間柄ではない。

 奴らは、共に勇猛果敢な真の武人。

 本来ならば、とうに開戦しているはずだ」


「さっさと攻めてくればいいのに、それをしないっていうのは、つまり、やりたくてもできないってことじゃないですか?

 こちらが、攻めたくても攻められないように」


「むう……」


 ――()れるのならば、仕掛ければいいのだ。


 暗にそう批判されて、冷静さを取り戻す。

 平民出身ゆえの、あけすけな言い方は、スオムスにとって貴重だった。

 山賊爵などというあだ名こそ持つが、スオムスは王家とも血のつながりを持つ生粋(きっすい)の大貴族であり、宿命として、周囲には肯定的な意見を述べる者ばかりなのである。


「こちらが攻められないのは、それをすればいたずらに兵を損じるだけだからだ。

 確かに、王都へ攻め上らせないため、決死の覚悟でここを守ってはいる。

 だが、見込みのない戦い方をするわけにはいかぬ。

 命を預かるならば、そこに勝算がなければ……」


 戦うならば、守勢からの反撃を狙うしかない。

 それが、スオムスの出した結論であった。

 敵は、当然ながらブラスターで武装しており、このように開けた土地で何も考えず攻め寄せたならば、一斉射の餌食となるだけである。

 敵から奪えた数少ないブラスターを活かしつつ、守りからの反転を狙うのが、唯一の――そしてか細い――勝算であると思えた。


「逆に考えてはどうです?」


 ふと、スカーフェイスがそんなことを言い出し始める。


「逆に、だと?」


「そう、逆にです。

 向こうが攻められないのも、こちらと同じ理由なんじゃないかと考えるんです」


「何をバカな。

 あちらにしてみれば、こちらは兵の多くを失った穴だらけの布陣……。

 さっさと倒して、その先に進めばいいではないか?

 さすれば、我が侯爵領だけではない……。

 参列した諸侯の領土をいち早く切り取り、己のものとして主張もできよう」


 それは、貴族としてあまりに当然の考え方であった。

 隙あらば、他家を出し抜き己が家の拡大を図る……。

 貴族というのは、そういったものの考え方をする生き物であり、場合によっては、ちょっとした小競り合いすら行い、他家の領土を切り取ることもあるのだ。

 現在、王都にて教皇を務めるホルンなどは、そういった貴族同士のいさかいに影から力を貸すことによって、地盤を築いてきたのである。


 ゆえに、スオムスとしてはごく当然のことを述べているに過ぎず、イーシャやバファーは言うに及ばず、正統ロンバルドへ属することを選んだ全ての中小貴族家も、同じ考えでいると思ったのだが……。


「俺からすれば、他人の畑をいじるなんて面倒でしかないですよ。

 畑の土っていうのはね。先祖代々育ててきたものなんです。

 貴族様には分からないかもしれませんが、例え、同じ村の同じ作物を育ててる畑であっても、そこには全然ちがう個性が存在するんですよ」


「賊軍の貴族からすれば、もはや、わしの領土などは手入れの面倒な畑でしかないということか?」


「そりゃ、そうです。

 ただでさえ、これから時代は大きく変わるんですから。

 自分のとこがそれへ対応するだけで、精一杯なんじゃないかな?」


「むう……」


 なるほど、言われてみれば、それは道理だ。

 スオムスが語ったのは、これまで通りの世であるという前提に基づいている。

 賊軍――正統ロンバルドにとって、これからの世は激変していくものだ。

 特に、魔物の大量発生へ対応するための逆疎開(そかい)政策で、一時的に自領を捨てた中小貴族家などは、自身が立ち直り、変化へ対応するだけで手一杯であろう。


「そうなると、連中の目的は我らを釘付けにした上で王都を落とし、(くだ)ることを要求することか……」


「その場合、従うんですか?」


「それは……。

 いや、少し待て!」


 スカーフェイスへの返事を打ち切り、見張り台から身を乗り出す。

 敵陣から、こちらに向けて……。

 歩み寄って来る者たちの、姿があった。

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