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 その頃……。


 エルフの集落近辺で発生していた戦いを端的(たんてき)に言い表すならば、これは、


 ――一方的な虐殺。


 ……ということになるだろう。


 なぶり殺されているのは、言うまでもない……。

 魔物たちである。


 圧倒的な数を誇る魔物らであるが、森林という戦場の特性上、総勢がまとめて動けるわけではない。

 必然、一定規模ごとの集団に分かれて森の中を分け入っていくことになる。


 守勢に回ったエルフたちは、そこを狙った。

 あえて、頑強な防御(へき)に守られた集落へ籠城はせず……。

 魔物らと同様、五人規模の小勢に分散して森の中へと散らばっていく……。

 そして、森の中を我が物顔で練り歩く魔物たちを見つけては、ブラスターライフルによる待ち伏せをしかけたのである。


 これなる戦術の効果――抜群なり。


 時に正面から……。

 時には側面から……。

 時には後方から……。

 はたまた時には、両側面から……。


 ただ一撃で致命傷に至る光線を雨あられと受け、魔物らは何もできないまま(みにく)(むくろ)を晒していったのだ。


 あまりにも一方的な、殺戮(さつりく)劇……。

 エルフ自治区の森を殺しの間へ変じさせたのには、ある三つの要因があった。


 一つは、言うまでもない――ブラスターライフルだ。

 アスルから提供されたこの武器は、エルフらがもともと備えていた射撃の素養と合わさり、数倍から十倍規模の集団すら一方的に討ち取ることを可能にしたのである。


 二つ目は、ドローンだ。

 森林中に展開された昆虫型ドローンの数――実に百余り。

 それらが逐一、最新の情報をもたらし……待ち伏せするに絶好の(しお)を導き出させていたのである。


 とはいえ、ドローンから情報をもたらされるだけではこれほどの戦果を上げられぬ。

 吸い上げた情報が正しく伝達されてこそ、意味はあるのだ。


 それを可能にしたのが三つ目の要因……携帯端末である。

 アスルはブラスターライフルのみでなく、自分たちと同じ折り畳み式の携帯端末をも相当数用意し、小頭(こがしら)と呼ぶべきエルフ兵らに貸与(たいよ)していた。


 エルフらはそれを通じ、集落側に設けられた作戦本部が意のままに動き、魔物らに死の光線を浴びせかけていたのである。


 あまりにも……あまりにも一方的な戦況。

 その立役者と呼ぶべきが、作戦本部として提供された長フォルシャの家で、正座しながら虚空を見据える少女――イヴであった。


 髪の色のみは、無限の色彩に変化し……。

 しかし、少女本人は無表情を貫いている。

 まぶたを持つ生物ならば、必ずするはずのまばたきすらせぬというのは、いっそ不気味にすら思えた。


 イヴは今、何をしているのか……?

 何もしていないように見えて、その実はそうではない。

 彼女は今、ドローン群からもたらされる圧倒的な量の情報を処理し……。

 のみならず、エルフらの携帯端末やバンホーらが装備した通信機……そして、単独でエンテを追跡するアスルに、適切な情報を送り続けていたのである。


 一切の道具を用いずそんなことができるのは、いかにしてか『マミヤ』とつながっているらしい彼女ならではの技であろう。

 もっとも、それは彼女の肉体にかなりの負担をかけるらしく、こういった大勝負の場だからこそ引き受けているらしいが……。


「イヴさん、お茶をどうぞ」


「ウルカ様、ありがとうございます」


 夫――まだこう呼ぶのは気恥ずかしいが――もたいそう気に入っていた、エルフ製の冷茶を眼前に置くと、イヴが無表情のまま礼を言った。

 だが、それに手を付けることはしない……。

 イヴはあくまで己の深奥(しんおう)埋没(まいぼつ)し、己が任を果たすのみである。


 自分ごときが、その崇高な仕事を邪魔してはいけない……。

 そうと分かっていても、これだけは尋ねずにいられなかった。


「あの……アスル様は、ご無事でしょうか?」


 その言葉に、イヴがここではないどこかを見据えながら答える。


「マスターは先ほど、エンテ様と無事に接触を果たされました」


「それなら!」


 後は連れ帰るだけ……。

 そう言おうとしたのが、さえぎられた。


「その後、極めて強力な個体を含む魔物の集団と交戦――ライジングスーツは機能停止しました」


「あのスーツが!?」


 その事実を聞き、悲鳴じみた声を上げてしまう。


 ――ライジングスーツ。


 首魁(しゅかい)たるアスルのためにあつらえられた、特製の全身鎧である。

 これを身にまとったアスルの強さは、もはや生物の範疇(はんちゅう)を超えていた。

 だからこそ、ウルカらは単独行動をすんなりと受け入れていたのである。

 それが機能停止にまで追い込まれたのならば、今は絶体絶命のはず……!


 しかし、心臓が押しつぶされんばかりのウルカをよそに、イヴはといえば淡々としたものであった。


「ご安心ください。

 ドローンを飛ばしたところ、マスターが勝利しているのを確認できました。

 どうやら、純粋な実力で敵を打ち破った模様です」


「よかった……」


 安堵に胸をなで下ろすと同時、ふとある思いが口をついて出る。


「それにしても……。

 そんなに強かったんですね、アスル様……」


「私も驚いています」


 ――俺の実力はバンホーと互角かそれ以上だ。


 かねてからそう言っていたアスルであるが、まさか大言壮語の(たぐい)でなかったとは……!

 感心しているのをよそに、イヴが無表情のままさらなる戦況の変化を告げた。


「遠方から、巨大な魔物の接近を確認」




--




 此度(こたび)の戦場、主役となったのはこの森と共に生きてきたエルフらであるが……。

 バンホーら七人の侍衆による働きも、侮れぬものではない。


 何しろ、彼らにはタニシと名付けたフロートユニットがある。

 イヴの指示を受け、上空から適切な援護射撃を撃ち放つ……。

 その効果はやはり、絶大であったのだ。


 無論、敵方も飛行する魔物を迎撃に繰り出してくるのだが、これはエルフらの対空射撃と合わせて完封することに成功していた。


「皇国との大戦(おおいくさ)からこのかた、負け(いくさ)ばかり続けてきたが……やはり、勝利というのは良きものよ」


 上空を舞うタニシの上で一息つきながら、そう独白を漏らす。

 バンホーにとっては異国の民を守る戦いであり、念願である祖国の復興につながるわけではない。

 しかし、それをおしても……勝ち(いくさ)というのはすがすがしいものである。


「と……。

 まだ終わってもいないのに、勝った気になっていてはいかぬな」


 自身の油断に苦笑しながら、ふと頬を撫でる風に気がついた時だ。

 風の流れてくる先……。

 そちらを見た老将の顔が、緊迫に満ちた。

 はるか遠方から、集落へ向け迫りくる巨大な魔物の姿に気がついたからである。

 これなる魔物は、間違いない……。


「竜……だと……?」


 百戦錬磨のバンホーですら相手取ったことがない、最強の存在が姿を現したのだ。




--




「竜種か、分かった。

 こうなったら仕方がない……。

 ――奴を呼ぶ」


 イヴと短い通話を交わした俺は、携帯端末を操作しこれを打ち切る。


「竜が現れたのか!?」


 問いかけるエンテの顔は、恐怖と絶望に歪んでいた。

 それも当然のことだろう……。


 最強の魔物――竜。


 それが人里に現れるというのは、すなわち滅びを意味しているのだ。


 この状況を打開するには、これしかない。

 森への影響を懸念(けねん)して、参戦させなかったが……。

 相手が竜種であるならば、他に手段はないだろう。


 幸い、相手は空……。

 上空で戦えば、被害は最小限に抑えられるはず……!


 ならば、呼ぶべきは『空』をつかさどる三大人型モジュールの一人!


 携帯端末の物理キーを、素早く操作する。


 フォー……ナイン……スリー……ツー……エンター!


「頼んだぞ! 『カミヤ』!」


 今は光学迷彩で姿を消している、上空の『マミヤ』……。

 その中で出番を待ちわびていた自律式人型モジュールに向け、叫んだ。

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[一言] 陸のキートン、空のカミヤ……海はどっちだろう? カミヤはビーム撃つのかな?
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