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降伏勧告

 人間というのは不思議なもので、どんな物事にもルールやマナーを作りたがる。

 例えば、獣人国形式で食事をする場合、食べ終えたお椀は蓋をするのがマナーだ。

 なんで? と聞いてみたが、その答えは教えてくれたウルカも知らない。

 ずいぶんと昔の誰かが、そうと定めたか、あるいは、暗黙の了解といった感じで自然波及したのだろう。


 さておき、(いくさ)においても食事と同様、ルールやマナーが存在する。

 それを破ってヒャッハーするのは簡単であるが、俺自身までボンクラと化しても仕方がないし、堂々と勝利したことを民へ知らしめるためにも、過去の形式を踏襲することは大切だ。


 そのようなわけで、俺は、大昔の誰かか、あるいは大勢の人間が、なんとなく定めた(いくさ)の作法へ従うことにしたのである。


 街は落とし、すでに勝利は目前となり、敵の居城を完全包囲した状態……。

 このような状況で、やるべきことはただひとつ。

 ……降伏勧告だ。


「我が父、グスタフ!

 並びに、我が兄カールへ告げる!

 ――(くだ)れ!

 見ての通り、すでに大勢は決した!

 これ以上は、兵の命を損じるだけと心得られよ!」


 騎乗したまま、我が軍の中心に立った俺は、可能な限りの大声でそう告げる。

 果たして、それに対する返答は――静寂だ。

 聞いていないはずがない。

 見ていないはずもない。

 現に、城の各所に存在する見張り塔や窓からは、城勤めの騎士や兵たちがこちらに眼差しを向けていた。


 しばしの間を起き、俺に続いて声を発したのはホルン教皇である。

 神官たちに囲まれた彼は、一歩前に出ると、老体と思えぬ朗々とした声を発したのだ。


「教会は、アスル王を……正統ロンバルドを支持する!

 そもそも、此度(こたび)(いくさ)はアスル王の建国をロンバルド王家が不服とし、攻撃したのが発端である!

 昨年の不作を救ってくれたアスル王に対し、王家は槍を向けたのだ!

 この行為の、なんと義を欠いたことか!」


 そこまで告げると、ホルン教皇はきりりと顔を引き締めた。

 一流の聖職者というのは、時に一流の役者にもなりうるのだ。

 まあ、この場合は、一流の聖職者をどう定義するかという問題が出てくるけどな。


「再び告げよう!

 教会は、アスル王を指示し、旧来のロンバルド王家を非難する!

 いや……。

 ここに、破門を通達する!」


 ――教会からの破門。


 それは、俺に切れる最大の一手である。

 言うまでもないことだが、王権とは主から与えられるものであり、それを保証するのが教会だ。

 その教会から、破門を言い渡される……。

 それはすなわち、王たる資格を失うのと同義であった。


 その影響力を、舐めてはいけない。

 家臣という家臣は言うことを聞かなくなり、とてもではないが戦いなどできない。


 実際、俺の先祖には破門を言い渡された人物がおり、彼はそれを解いてもらうため、様々な屈辱へ耐えることになったものである。

 それだけ、教会の持つ力は大きいのだ。


 街そのものを巻き込んでの籠城時には、それを受けて王家側が何してくるか読めなかったため、やらないでおいてもらったが……。

 この局面に至ってしまえば、遠慮する必要はない。

 さあ! ロンバルド城のみなさーん! そこにいる兄上たちは王者としての証を失いましたよー!

 枕を並べて討ち死にする必要はありませーん!

 怒らないから出ておいでー!


 ――しーん。


 ……びっくりするくらいの、無反応である。


「……あれ?」


 予想していなかった事態に、ちょっと動揺してホルン教皇の方を見た。

 彼も彼で、これは意外だったのが、どうすんだおい? という視線をこっちに向けている。

 いや……どうしよう?


「おい、アスル。

 どうするつもりだ? まったくの無反応だぞ?」


 困っていると、俺と同様、騎乗した状態で隣りにいたベルクが、小声で直に聞いてきた。


「いや、ちょっとこれは予想外だわ……。

 そりゃ、すぐさま開門するとは思ってないけど、ここまでノーリアクションだとは思わなかったぞ。

 こう、少しは動揺した感じとかあるだろ? 普通。

 だって、教会から破門されたんだぜ?」


 無論、分厚い石壁に隠された向こう側を覗いているわけではないが……。

 にしたって、見えている範囲にいる敵の騎士や兵は一切、動揺の色を見せていない。

 これは、異常なことだ。


 確かに、ロンバルドの騎士は忠誠心が厚い。

 ゆえに、旧王家が滅びようとも、最後までそれに付き合う者多数なのは織り込み済みである。


 しかし、彼らは騎士であると同時に、敬虔(けいけん)な子羊だ。

 この状況に対し、思うところがないはずはないのだが……。


「……まあ、反応は予想外だったが、こちらのやるべきことに変わりはない。

 そもそも、これで降伏してくるとも思っていないからな」


 とりあえず、ベルクに小声でそう返しておく。

 そう、これはあくまで降伏勧告。(いくさ)の作法に則っただけである。

 もとより、これだけで決着がつくなどとは考えていなかった。

 だから、俺は台本通りに締めの言葉を告げたのである。


「こちらとて、このようなことを言われ即座に決断できるとは考えていない。

 よって、三日後の朝までを猶予期間とする!

 ――(くだ)るか!

 ――それとも滅びるか!

 それまでに、決断されることだ!」


 ――しーん。


 やっぱり、なんの反応もない。

 こう、例えるなら、スクールグラスを使用中の人間に何か語りかけているかのような気分である。

 確かに、言葉を投げかけてはいるのだが、相手にはそれが聞こえず、なんの反応も返ってこないのだ。

 独り相撲もいいところである。


「まあ、告げるべきは告げた、か……。

 ――オーガ!」


「うむ」


 俺が呼ぶと、巨馬ゴルフェラニにまたがったオーガが、愛馬をずいと前に出させた。


「とりあえず、期限がくるその日までは、手勢を展開して囲んどいてくれ。

 アリ一匹逃さない布陣で頼む」


「よかろう」


「つっても、この状況じゃ向こうから出てくることはなさそうだけどな」


 オーガがうなずくと、それを乗せたゴルフェラニがそう語る。


「何か……ありえてはいけないもの。

 そんな感じの気配が、あの城には立ち込めているぜ」


「ああ、その気になれば直立二足歩行可能な喋る馬に言われると、説得力がちがうな」


 そんな牡馬(ぼば)に対し、俺は緊迫した顔でうなずくのだった。

 慣れ親しんだはずの城……。

 それが今は、少しばかり歪んで見える。


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