立つは国民 上
「うおおっ!?」
「――なんだ!?」
「地震か!?」
城壁を襲う振動に揺さぶられ、守備兵たちが混乱の声を上げる。
彼らが、地震と錯覚したのも無理はあるまい。
それほど、この振動はすさまじく、城壁内部にいた者は完全武装でありながら、上へ下へと吹き飛ばされる結果となっていたのだ。
だが、その程度で済んだ者は幸運で、中には、見張り塔の上からあわれ地上へと落下する者や、あるいは……崩落する城壁に飲み込まれ、命を絶たれる者の姿も見られた。
そう、崩落だ。
建国以来、地震に見舞われたことは何度かあれど、その全てに耐えきってきた王都を囲う城壁の一部が、崩落していたのである。
いや、そもそも、これは地震であるのか……?
城壁を襲った振動は、あまりに瞬発的なものであり、大きな地震が持つはずの持続性は存在しなかった。
そもそも、これが地震だとすれば、振動が起こる瞬間に地上で発せられた落雷のごとき音や、王都に存在する他の建物が被害を受けていないことについての、説明がつかないのだ。
もっとも、突然の出来事に混乱する守備兵たちへ、冷静にそれを考えろというのは、いささか無理があったが……。
「一体、何が起こっているんだ!?」
城壁の内部で、倒れた守備兵の一人がどうにか身を起こしながらそう叫ぶ。
内部は、天井からパラパラと埃が落ちており、頑強極まりない城壁が受けた傷のほどを感じることができた。
そして、彼の問いかけに対する答えが、地上で示されたのである。
「おい、見ろ!」
「あれは……」
「人々が、外へ出ている……?」
彼らが、目にしたもの……。
それは、王都のあちらこちらに灯されたたいまつの火であった。
それも、尋常な数ではない。
港で、目抜き通りで、長屋が立ち並ぶ居住区で……。
無数の火が生み出され、群れを成しているのだ。
しかも、最初灯されたそれへ触発されたかのように、たいまつの火は少しずつ増え始めていたのである。
「一体、どういことなんだ……?」
そうつぶやいた兵士であるが、彼は心中、確信していたことがあった。
ここしばらく、終わりを見せずに停滞していた賊軍との戦い……。
それが今、大きく動き出したのだ。
そして、その先陣を切ったのは、敵の兵士ではなく、自分たちが守ってきた民たちなのである。
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「王都を解放しろー!」
目抜き通りに群れを成した、たいまつを手にせし人々……。
その先頭に立つ男が、手にしたたいまつを掲げながらそう叫んだ。
「そうだ! 王都を明け渡せ!」
「俺たちは、正統ロンバルドの……アスル王による統治を望んでいる!」
すると、それへ呼応するように、後へ続く者たちもたいまつを掲げ叫んだのである。
「貴様ら、これはなんの騒ぎだ!?」
「城壁の方で起こった爆発と、関係しているのか!?」
彼らの前に立ち塞がったのは、夜番の騎士たちだ。
現在、ここ王都フィングでは、脱走を警戒して夜間の見回りを強化しており……。
彼らも市街を見回っていたが、城壁で起きた爆発へ気づき、そちらへ急行しようとしていたところだったのである。
爆発が起きた現場への最短経路である、この目抜き通りで出くわしたのが、この一団だ。
何しろ、あれだけの爆発である。
何事が起こったのかと、表に出てくるだけなら理解できた。
しかし、彼らの放つものものしい雰囲気は、そのような予測を否定していたのである。
「さっき言った通りだ!」
「俺たちは、アスル王を……正統ロンバルドを迎え入れる!」
「邪魔をするな!」
かつては、尊敬の眼差しをこちらに向けてくれていた者たち……。
最近は、どこかおびえた目を向けるようになっていた者たち……。
そんな彼らが、今、ひどく攻撃的な視線を向けていた。
しかし、それにうろたえているようでは、王都の騎士は務まらない。
「賊軍を迎え入れるだと……?
まさか、反乱を起こそうとでも言うのか!?」
「まさかとは思うが、あの爆発にも何か関係しているのか!?」
二人の騎士は、腰の剣に手を当てながらそう問いかけた。
しかし、一種の威嚇行為ともいえるそれを見せられながら、たいまつを手にした人々は一歩も引かなかったのである。
「抜きたいなら抜くがいい!」
「そうだ! 俺たちは屈さないぞ!」
「俺たちはもう、押し付けられた為政者には従わない!
誰に統治してもらうかは、自分たち自身で決める!」
いや、一歩も引かないどころではない……。
彼らは、一歩、二歩と、こちらに向け歩みを進めてきたのであった。
そして、騎士たちの背後にあるもの……。
目抜き通りを通じて存在するのが、ロンバルド城に他ならない。
彼らは、城を目指しているのだ。
「王城に向かい、何をするつもりだ!?」
ついに、騎士たちが腰の剣を引き抜く。
それは、防衛対象に危機が迫った守護者の反射的行動であった。
しかし、それを振り下ろすことはさすがにかなわず、二人とも正眼に剣を構えたまま、じりじりと後ずさることになったのである。
「俺たちは、自由を手にするだけだ!」
「そう! 二つのロンバルドの内、どちらを選ぶのか決める権利が俺たちにはある!」
「騎士たちよ! 道を開けろ!」
鬼気迫る、とは、まさしくこのことだ。
たいまつを手にした人々が、騎士たちにそう言いながら迫りよる。
彼らは、一切の武装をしていない。
無論、手にしたそれを鈍器として扱うことも可能ではあるが、そんなものを脅威に感じるロンバルドの騎士ではなかった。
ただ、彼らが内に秘めた熱情……。
生まれてから初めて目にしたそれは、騎士たちも圧倒されざるを得なかった。
「くっ……!」
「ううっ……!」
剣を構えたまま、騎士たちが後方へと下がっていく。
たいまつを手にした人々は、それに合わせ、城への道を徐々に歩んで行ったのである。
そして、騒ぎに叩き起こされてこれを見て、望んでいた時がきたことを悟った人々……。
彼らもまた、着のみ着のままこの列へと馳せ参じた。
この日、かような光景が見られたのは、何も目抜き通りだけではない。
王都の各所において、同じような光景が展開されていたのである。




