扇動 下
心中で燃え上がる衝動に駆られ、密かに集結していたのは、何も名士たちのみではない。
一介の労働者たちから、社会のつまはじき者に至るまで……。
同じように密かな会合をしている者たちは、数知れなかったのである。
中には、動きを気取られて騎士たちが踏み入る場合もあったが、王都からの脱走を企てているわけでもなく、とりあえずは集まっているだけだ。
――食い物を制限するだけでなく、会話する機会さえ奪おうというのか!
――ろくに働くこともできないのだから、集まって駒打ちでもしなければ、ヒマを潰すこともできない!
……このように言われてしまっては、騎士たちも引き下がらざるを得ない。
このような状況で、不特定多数が人目を気にして集まっているのだから、怪しくはある。
が、怪しいだけだ。
疑わしきは罰せずというのは、おおよその国家における原則であり、それは、追い込まれたロンバル王国においても今なお生きているのであった。
それにしても、だ……。
かような会合の中において、いずれも中心的な位置にいるのは、普段、この王都で見かけない人物であった。
銀髪の、いずれ高貴な生まれであることを感じさせる少女がいた。
金色の髪を短めに整えた、中性的な印象を与える少女がいた。
純白の髪を足元まで伸ばした、無感情な顔の女がいた。
他には、明らかに正騎士としての教育を受けたであろう立ち振る舞いの青年や、ことあるごとに「ちょろいもんだぜ」とうそぶく男などもいたのである。
彼女ら、彼らの正体は、ウルカであり、エンテであり、イヴツーであり、ルジャカであり、辺境伯領一腕の立つ殺し屋であった。
イヴツーとルジャカを除けば、なんらかの形でテレビに出たことのある人物であるが、それぞれ、種族的特徴を消失していたり、微妙に顔つきが変わっていたりしたため、騎士たちに見られることがあっても怪しまれず済んだのである。
正統ロンバルドの送り込んだ扇動者たち……。
彼女らは、巧妙な話術によって……あるいは、かりそめの体として使っている人形の機能を見せることで、たちどころに住民たちの信頼を勝ち取っていった。
結果、本来ならば散発的なものとなるはずだったそれらは、指向性を得ることとなったのである。
そう、ひとつ国家を終わらせる方向に……。
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古来より、月のない夜というものは悪漢、悪党のはびこるものであり、王都を守護する任へ就く者にとっては、自然と気が引き締まる状況であるといえる。
特に、賊軍――正統ロンバルドに王都を攻囲されている現状においては、闇夜に乗じての攻撃をも警戒せねばならないため、それはますますのことであるといえた。
いえた、が……。
「あのような光景を見せられては、月の有無を気にするのもバカらしくなるな」
「ああ、連中にとっては、昼も夜も大差がないものであるらしい」
城壁に備えられた見張り塔から、賊軍の陣地を見やったある兵士は、同僚とそのような会話を交わしたのである。
彼らが、そんな会話をしてしまったのも無理はあるまい。
眼下に広がる、光景……。
それは、天上の星空をそのまま地上へ持ち込んだがごとき代物であったのだ。
いくつもの……しかも、ひとつひとつが極めて強力な光源が、敵陣をほぼ隙間なく埋め尽くしている。
さすがに、時間も時間なだけあり、活動している者は少ないようだが、そのわずかな者たちは、本来なら人間が夜間で受けるあらゆる制約から、解き放たれているようだった。
「たいまつなどとは、比べるべくもないな」
見張り塔に備えられたかがり火を見ながら、そうつぶやく。
それはゆらゆらと揺らめいていて、不思議な魅力があり、さらに、この時期は冷え入る夜の暖ともなっていたが、光量も利便性も、敵陣で使われているそれとは比べるべくもないだろう。
何しろ、あちらの光源は手入れをせずとも維持できる上、火事の心配がないらしいのだ。
「ああ、魔術師が使う魔術の光ともちがう。
術では、ああもはっきりと照らし出すことはできないだろうな」
同僚も、ややあきれを交えた声でそう返す。
まるで……いや、明確に、賊軍が得た古代の技術をうらやむような発言であったが、それを咎める者はいない。
食べるものを極端に節制しての籠城が、しかも、長期間に及んでいるのだ。
屈強なロンバルド兵の間にも、厭戦感情は確実に高まっていたのである。
「しかし、はっきりと見えているのは自分たちにとっても便利だろうが、こちらを利することにもつながっているな」
「ちがいない。
何しろ、距離を置いていても、あちら側の動向が手に取るように分かってしまうのだから。
夜間の見張りとしては、これほど楽なこともないだろう」
言うまでもないことだが、闇にまぎれた者を見つけ出すのは、実に困難なことだ。
何しろ、こちらはかがり火からたいまつを取り出し、照らすことくらいしかできないのである。
それで照らせる範囲など、たかが知れたものであり、本来ならば決して気を抜けない任務のはずであった。
が、賊軍は自分たちの陣地を明るくするばかりか、わざわざ城壁まで照らし出しており、これでは、何かを見逃せという方が困難である。
おそらく、こちらと同様に夜襲を警戒している結果であろうが、敵も味方も動向が筒抜けという、なんとも奇妙な状態に陥っているのであった。
「この戦い、いつまで続くんだろうな……」
思わずそうつぶやいてしまったのは、決着が今日明日につくものではないと認識していることの証左である。
そして、そう認識しているのは同僚もまた、同じであった。
「分からん。
確かに、向こうが行っている兵糧攻めは効果を見せている。
だが、ここは王都であり、しかも、去年とちがい今年は十分以上の収穫に恵まれた。
そう簡単に、こちらが音を上げることはない」
「陛下や殿下が、降伏に傾くということはないだろうか?」
「それこそ、ありえんだろう」
自分の言葉に、同僚が首を振る。
「栄光あるロンバルド王家が屈することは、決してあるまい。
そして、我らはその王家に忠誠を誓った身……。
共に、最後まで戦うのみ」
「ああ、だったな」
これこそは、封建社会の中で戦士階級に属する者の覚悟であった。
それがあるからこそ、彼らは民の上に立てるのであり、また、民たちは上に立つことを許してきたのである。
今宵、その時までは……。
耳をつんざくような音と共に、すさまじい振動が城壁を襲ったのは、その時であった。




