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ロンバルド・ビカム・キャピタリズム 7

 青空の下、席に着いた子どもたちが、一斉にゴーグルを装着する。

 その後は――無言!

 子供らしい騒がしさや、あるいは先生に向けた挙手などは一切存在しない。

 ただただ、無言無表情を貫き、ゴーグルが装着された顔を虚空に向けているのだ。


「いや、いつ見ても思うけど、無茶苦茶シュールだなこの光景」


「イエス。

 ですが、マスターご自身が奨励した結果です」


「うむ。

 (はた)から見てどうかはともかく、明日を担う子供たちが熱心に勉強しているというのは喜ばしい」


 ちょっとばかりホラーじみた光景に引き気味の俺へ、秘書役のイヴとなんとなくついてきたオーガがそう返す。

 場所は、王都フィングへ隣接する形で作られた陣地内の青空教室である。


 王都から脱した人々が、先日の演説を見て熱望したため、急きょこれを設けたのだ。

 まあ、ご立派な学舎なんざなくても、いつでもどこでも最高の教育を受けることはできる。

 そう、スクールグラスならね。


「まあ、これが一番効率的なんだから仕方がないよな。

 はからずも俺が語った通り、ひとまずは教師という職が、システムに取って代わられたわけだ」


「イエス。

 スクールグラスを通じて体験する仮想空間では、従来の座学に限らず、様々な専門技術に関する実習なども受けられます」


「ふっふっふ……。

 いずれ、このグラスで技を磨いたこやつらが我が覇軍に加わるかと思うと、今からその日が待ち遠しくてならぬわ」


「いや、ならねえよ!

 なんで教育を授けてボンクラ生み出さなきゃいけねーんだ!」


「そうですよ、オーガ。

 今、彼らが受けてる授業はライブでのコーレスです」


「何してくれてんの!?」


 問いかける俺に、いつも通り感情のかの字も感じられない顔をしたイヴが、こくりと首をかしげてみせる。


「ですが、マスター。

 正しいコーレスを学ばなかった結果、クジャクのごとくペンライトをまとって踊り狂い、警備員から熱い認知を受けた人物も存在します」


「うむ。

 聞いたところによると、そのような人物の治める国家があるらしいな」


「やっぱり、コーレスは義務教育だぜ!

 さすがはイヴ! 俺の意を完全に汲んでくれたな!」


 手のひらを、キートンのドリルよりも素早く高速回転させながら答えた。

 まったく、何スル・ロンバルドって名前だろうな! その王とやらは!


「それにしても、意外だったのは、今、働いている親世代が自分で学ぶのではなく、我が子へ学ばせようとする動きが多かったことだな。

 我のところでも、子持ちのモヒカンや修羅が、熱心に我が子を学校へ送り出しておるわ」


 オーガが、子供を頭から丸かじりしちまいそうなスゴ味のある表情でそう告げる。

 それに対し、俺は腕を組んで考えながら答えた。


「ここの王都脱走者もそうだが、親世代は何がしかの手伝いとかで多少は働いているしな。完全無欠の無職パターンは案外、少ない。

 それに比べると、子供は時間も空いてるし、吸収力も高い。

 自分本人はともかくとして、子供には演説で聞いたような豊かな暮らしを掴んでほしいってことかな」


「イエス。

 そのようなパターンは、古代の歴史においても発展途上国で見られました。

 優れた技術などの導入により、子供の労働力にまで頼らずともよくなると、ようやく次世代から教育が浸透していくのです」


 『マミヤ』のデータベースにアクセスでもしているのか、イヴが髪の色を目まぐるしく変化させながらそう語る。

 ああ、やっぱり今の状況って、先人が辿ったそれを再現しているわけか。


「他には、子供の中へ混ざるのは、純粋に恥ずかしいっていうのもあるかもしれないな。

 スクールグラス使用中は自分だけの世界へ旅立つとはいえ、その前後には関わりも生まれるし」


「イエス。

 今の、午前と昼を使ったプログラムに加え、シニア限定とした夜間プログラムの実施も提案します。

 幸い、正統ロンバルド勢力圏では電球の普及も徐々に進み、人々の就寝時間が後ろ倒しになっている傾向を確認しています」


「ああ、それも手だな」


 あごに手を当てながら、イヴの提案を検討した。

 普通、人々の暮らしというものは、日が出る頃に起きて、日が沈んだら寝るというものである。

 これは、ことに地方部の人間に顕著で、理由は簡単、照明代がもったいないからだ。


 だが、逆疎開(そかい)の時にいちいち発電所を建設した甲斐(かい)もあって、安価で強力な照明は少しずつ浸透し始めている。

 特に、新設した難民自治区やムーブタウンでは最初からそれを完備しているので、どんどん寝る時間が遅くなっているらしかった。


「ふうむ……しかし、今から勉学へ挑むことに躊躇する気持ちは分からぬでもない

 確かに、我も今さら難しい学問を吸収できる自信はないからな。

 今は、新曲の振り付けを習得するのに手一杯よ」


「あ、アイドル活動は続けるんだ?」


「はい、戻ろうと思えばいつでも本来の姿に戻れますから!」


 なるほど、大変結構なことだ。

 だが、オーガちゃんよ。覇王モードから顔だけ戻すのはやめてくれ。脳がバグる。


「まあ、演説でああは言ったが、自力でがんばれる奴はがんばればいいし、次世代に託したい奴は託せばいい。

 自由っていうのは、そういうもので、俺が作りたいのは自由な国だ」


「自由、か。

 自由といえば、すぐそこに不自由を極めたような場所があるな」


 完全な覇王モードに戻ったオーガが、そびえ立つ王都フィングの城壁に向けあごをしゃくった。


「今のところ、兵糧攻めを続けているが、腐っても王都。

 そう簡単に音を上げることはあるまい。

 貴様、何か策はあるのか?」


「いんや、じわじわと弱らせ、音を上げた敵に自ら城門を開けさせるのが俺の作戦だ。もとより、兵糧攻めとはそういうものだ。

 だが、今回の一件でやるべきことがひとつできたな」


「やるべきこと、ですか?」


 俺の言葉を聞いたイヴが、無感情な顔のままこくりと首をかしげる。


「ああ、これは策がどうこうというより、この流れで起こる必然だ。

 しかし、どうせ起こることならば、俺の手で加速させてやるのも悪くはない」


 そして、俺は自分の作戦を話し始めたのであった。

 上手くいけば、この戦い……。

 最もふさわしい形で、幕引きとなる。


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