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ロンバルド・ビカム・キャピタリズム 6

 暗闇の中、光によって照らされているのは椅子に腰かけた一人の人物である。

 その青年を知らぬ者など、もはやロンバルドの地には存在すまい。


 ――アスル・ロンバルド。


 かつての第三王子であり、今は自らの国を立ち上げた人物が、『テレビ』画面の中で静かに座っているのだ。


 しかし、その装いはいつもの制服姿と異なる。

 下は、すらりとしたズボンを履いており……。

 上着として、いかにも固そうな雰囲気のジャケットを羽織っているが、その下に着ているのは無地のシャツであり、ボタンも止めていない。

 柔にして、硬……。

 軽くはあるが、しかし、礼節というものを損じないギリギリの線にある服装なのだった。


『さて、無駄な前置きは省こう。

 この時間を使って私が皆さんに説明したいのは、先日、我が兄が語った事柄に関してだ』


 両手で壺でも持ちそうな動作をしながら、アスル王がそう語る。


『現在、ネット上では、これからきたる社会に対する不安……それが盛んに書き込まれています』


 彼がそう言うと、画面の片隅に様々な短文が表示された。

 発信者の名前こそ伏せられているが、それは、携帯端末や通信所から書き込むことのできるアプリに投じられた発言だ。


『実に、興味深い内容です。

 また、私はこの国を担う者として、皆さんが同じように国家の将来を思ってくれていることを嬉しく思います』


 両手をぐりぐりと動かしながら、王がそう語る。

 そして、カメラに……その先へ存在する人々一人一人に視線を向けながら、続きを語った。


『まず、一番の心配事であるだろう雇用の件について、ご説明しましょう。

 古代の技術を用いたオートメーション化によって、現在、多くの人間が生業(なりわい)としているような単純労働は取って代わられるのではないか?

 その疑念に対する解答は、イエスです』


 王がそう言うと同時、画面を割っていくつかの映像が流れる。

 それは、人間の腕部を模したような機械が、流れ込んでくる部品を次々と組み立てる光景であり……。

 車輪付きの機械が、耕耘(こううん)や収穫など、人力では大変な作業を力強く、そして素早くこなしていく光景であった。

 これらは、すでに正統ロンバルドの勢力圏では、実際に運用されている技術である。


『皆さんの中には、これらの機械を目にした方、あるいは、実際に運用している方も相当数おられるでしょう。

 こういった技術を用いれば、一人の管理者によって、数百人……あるいは、数千人分の働きをすることができます。

 つまり、食糧生産など、社会を維持するのに最低限必要となる産業従事者の絶対必要数が、激減するのです。

 これは、当時、現在ほどの規模を持たなかった正統ロンバルドが、異例の冷害による不作を支えきったことからも明らかでしょう』


 かつて、『米』の旗を掲げる者たちによって行われた、あまりに大規模な食糧支援……。

 記憶にも新しいあの出来事を例として出しながら、王が続ける。

 それにしても、その両手はさっきから目まぐるしく動き続けており、もはや壺を持っているというよりも、壺そのものを作り出しているかのようだ。


『ですが、ご安心ください。

 これは逆説的に語れば、少数の労働によって社会が維持できることを意味します。

 例え、その意欲むなしく労働の場からあぶれてしまう結果になったとしても、必要最低限な生活を維持できるだけの収入は、私の名において保証します』


 そこで、ようやく壺作りを終えたアスル王が、じっと画面の向こうにいるこちらを見やる。


『ここで、こう思ったのではないでしょうか?

 働かなくとも食っていけるならば、何も努力しなくていいんじゃないかと。

 それは、一面における事実です。

 しかし、社会のため骨身を惜しんで働く者が報われないということは、決してありません』


 そこで、アスル王が大きく両手を広げた。

 その様は、まるで楽団を指揮する指揮者のようだ。


『想像してみてください。

 社会を支える側になった者は、これまで多くの人間が従事し、利益を分け合う形となっていた各産業で、それをほぼ独占する立場となるのです。

 いわば、現行制度における貴族の立場を得たに等しい』


 今度、画面内に表示されたのは、今のアスル王がしているのと似たような格好をした架空の人物である。

 彼は、周囲の人々から喝采を浴びており、また、本人も実に充実していそうな……晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。


『大いに富を得て、人々から尊敬を向けられ、自らも周囲をも幸福なものとする人生……。

 それは、決して知らない誰かの歩む道のりではありません。

 今、これを見ているあなた自身が、自らの才覚でもって成し遂げられることであり、そして、旧来以前の社会では決して掴み取れなかった未来なのです』


 そこまで告げると、王は椅子から立ち上がり、ぐっと拳を握ってみせる。


『無論、他の多くもその地点を目指すわけですから、競争は熾烈なものとなるでしょう。

 あるいは、弱きが食われ、強きが隆盛する弱肉強食の社会であると揶揄(やゆ)されるかもしれません。

 しかし、私はあえてこう言いたい。

 ならば、強くなれ!

 負けたところで、最低限の生活は保証すると私が言っているのです。

 恐れることなく、立ち向かっていってほしい。

 すでに各地へ造っている学校など、強くなるための道筋は私が用意します』


 ようやく、興奮が収まったのか、そこで王が椅子へと座り直した。


『この王権世界において、皆さんは実に様々なものへ縛られてきました。

 それは土地であり、風習であり、変わることがないと約束された未来であったことでしょう。

 これらを一旦、なかったことにしょうとする私は、あるいは破壊者であるかもしれません』


 アスル王が、きっとした眼差しをこちらに向ける。


『しかし、破壊の後には必ず創造が生まれます。

 望み、努力すれば掴みうる。

 そんな社会の創造を、どうか皆さんにはお手伝い頂きたい』


 その言葉を最後に、画面が暗転した。

 これで、演説は終了であり……。

 『テレビ』や、あるいは王都上空への立体映像で流されたこの演説は、人々の心を大いに揺さぶったのである。


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