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頭目魔物との決着

 不気味な魔物の拳により、頭部を覆っていたフルフェイスヘルムは半壊し……。


「――――――――――ッ!」


 まるで金属をこすりつけたような鳴き声と共に、悪臭きわまりない吐息が直接俺の顔に降りかかる。


 目前には、昆虫のごとき横開きの口……。

 一本一本がちょっとした短剣ほどもある凶悪な牙が開き、今にも俺の顔面を噛み砕こうとしていた。


 ――勝ったつもりか?


「馬鹿め」


 絶体絶命の状況に対し、俺はニヤリと笑みを浮かべる。

 そう、これは絶体絶命だ。

 次の一手で、確実に致命傷を受けることだろう。


 ――()()()()


 跳び蹴りから始まった、一連の徒手格闘……。

 これは何も、やぶれかぶれで放ったわけではない。


 その蹴りにも、拳にも……。

 俺はある魔術を乗せ、この奇怪な魔物の体内奥深くへと浸透させていた。

 今こそ――その布石を活かす時!


「――くらえっ!」


 全力全開……文字通り死力を尽くして、必殺の魔術を発動させる。


 それは衝撃波と化して俺の全身から放たれ、さらには掴まれた腕を通じ――魔物の体内へと流れ込む!

 打撃を通じて相手の全身、十数か所へと浸透させておいた魔術が誘導した結果である。


 それだけではない……。

 これなる術は衝撃波との共鳴を引き起こし、魔物の内部をズタズタに破壊しつくしていくのだ!


「――――――――――ッ!?」


 魔物が、不快な叫びを上げる。

 トンボのごとく巨大な両眼を備えた顔からは、表情などうかがい知る余地もないが……これが人間ならば、苦悶(くもん)へ歪んでいたに違いない。


「のがさん!」


 たまらず俺の腕を放す魔物だが、これを逃す俺ではなかった。

 今度は逆に……その両腕を掴み上げる!


「全力の衝撃波を受けろ!」


 再度――魔術を発動!


「――――――――――ッ!?」


 魔物が全身を震わせ、口からドロリとした体液を吐き出す。

 もはや、その内臓も全身の筋繊維も流し込まれた衝撃波によって破壊し尽くされ、その用を成さなくなっているに違いない。


「――はあっ!」


 だが、魔物という存在の生命力は決して油断できぬ……。

 腕を放した俺は大きく跳躍し、右腕に炎の刃を生み出した。


 ――一閃!


 内部破壊された影響で魔物の首元を覆う甲殻には歪みができており、その間を刃がするりと走り抜ける。

 ぼとり、と魔物の頭部がこぼれ落ち……。

 空中回転しながら背後へ着地した俺は、刃を消し去りながらゆっくりと残心した。


 どう、と……。


 頭部を失った魔物の死体が、倒れ伏す。

 完全勝利……と、いうことにしておこうか。


「昔、研究した城門破壊用の術が、こんなところで役に立つとはな……」


 世の中、何が幸いするかは分からないものだ……。

 今回の勝ちを拾うきっかけとなった過去の研究に、自画自賛ながら賛辞を贈る。


 この魔物……俺の魔術すらよせつけぬ甲殻の強靭(きょうじん)さといい、ビームを無効化するばかりか吸収してみせる特殊な能力といい、外部から倒すことは到底不可能な難敵であった。

 だが、内側まで頑丈とはいかなかったな……。


 気になるのは、エンテの言葉を信じるならば司令塔であるに違いないのに、ドローンによる偵察で発見できていなかったことだ。

 まるで、唐突に出現したかのような……。

 いや、こんなところで考え込んでも仕方がないか。


 破壊されたヘルメットを投げ捨て、エンテに向き直る。


「あ、あのさ……」


 張り詰めていた気がゆるんだ反動だろう……。

 エルフ少女はへたり込み、歩み寄る俺の顔を見上げながらこう言った。


 だが、続く言葉はない……。

 何を言ったものか、分からずにいるに違いない。


 さて、どうしたものか……。

 我が人生を振り返ってみると、人を叱った経験が全然ないことへ気づく。


 いやまあ、腐っても王子ではあるし、大勢からかしずかれることには慣れたもんなのだが……。

 そうやってかしずく人々には当然、それぞれの上司なり教育係なりが存在したわけで、俺があれこれ口を出す必要など全くなかったのである。


 そもそも、十五歳になるまではひたすら魔術と武術の研鑽に打ち込み、そこから五年は古文書保管庫で過ごした時間の方が長い。

 二十を迎えてからは『死の大地』で放浪してきたわけで、人を使うことには慣れていても人を教育する経験はからっきしなのだ。


 とんだバカ王子もいたもんである……。

 で、そのバカ王子よ? この状況をいかに処する?

 おそらく今は、彼女にとって人生の重要な分岐点であろう。

 ここでどのように教え諭すかは、その人格形成にすら大きな影響を及ぼすこと、想像するにたやすい……。


 悩んでいる様を悟らせないよう、考えを巡らしつつ……。

 彼女の前に立った俺は結局――膝をつき、目線を合わせることにした。


 そして右手でその頭を撫でてやり、こう言ったのである。


「無事でよかった……」


 俺の出した結論――それは、思ったまま無事を喜ぶというものであった。

 どうせ俺は、他人と触れ合った経験があまりない25歳児なのだ。

 ならば、背伸びして偉そうなことなど言わず……素直にすればよいのである。


 エンテの瞳を見れば、勝手に飛び出したことを反省しているのは明白だったしな。


「むう……」


 あえて手を払いのけることはしないが、エルフ少女が人嫌いな子猫のように俺を睨む。

 そして、しばしそうした後……ようやく口を開いた。


「……叱らないのかよ?」


「誰かを叱るのに慣れてない。

 どうしても叱ってほしいなら、努力はしてみるがな。

 自分が悪いことをしたのは、もう分かっているんだろう?」


「うん……勝手なことをして、すまなかった」


「なら、俺からはもう何も言わんさ。

 まあ、お前のお父上がどのような説教をするかは知らないがな」


「うげ……」


 果たして、あの涼やかな御仁(ごじん)が人を叱る様というのはどのようなものなのか……。

 それをよく知るであろう実の娘が、女の子がしちゃいけないうめき声を漏らす。


 うーん、後学(こうがく)のためにちょっと説教の場を見せてほしくはあるな。

 まあ、それもまた親子の語らいであり、俺が邪魔をすべき場面ではないのだろうが……。


 ともかく、今はただ、一組の親子を守れたと胸を張ろう。

 それはもう、俺には決して手が届かなくなってしまった宝なのだから……。


「さ、立ちな」


「ん……」


 手を差し伸べ、エンテを立たせてやる。


 そして今が一大決戦の最中であることを思い出し、きりりと顔を引き締め直した。


「良かった……端末は無事だ」


 懐をまさぐって取り出した携帯端末が無事であったことに、安堵の吐息を漏らす。

 たった一撃でダメになってしまったライジングスーツではあったが……。

 内部の肉体にケガらしいケガはないし、同じくしまっていた端末もこうして無事だ。


 ザコを一掃する際は大いに役立ってくれたし、こいつもまた、勝利の立役者ではあるな。


 折り畳み式の端末を開き、集落側に連絡を入れようとする。

 入れようとして、気づいた。


 何か、巨大で強大な存在が……。

 遥か遠くの空から、この森へ――エルフらが立てこもる集落へ迫っていることに!


「アスル……」


「ああ……」


 おびえた顔をするエンテと、目を見合わせる。

 頬を撫でる風はまだ、不吉な気配をはらんでいた……。

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