ロンバルド・ビカム・キャピタリズム 5
「あらためて、三人と顔を合わせるのは久しぶりだな……」
『マミヤ』内に存在する格納庫……。
そこで、建設作業用の作業台に座り込んだ俺は、集まってくれた三人を見上げながらそう言った。
二メートル以上の高さを誇る天板に座ってなお、そうせねばならないのは、それだけ彼らが巨大だからである。
『いや、俺も是非マスターと話がしたいと思ってたんだ』
『今回の一件は、オレ様たちが発端みたいなものだからな』
『ああ、おれたちが真摯に向き合わなきゃいけない問題だ』
カミヤ、キートン、トク……。
『マミヤ』が誇る、三大人型モジュールだ。
そして、兄上が語った通り……。
正統ロンバルドが今日の豊かさを享受するに至った、土台を築き上げた者たちである。
ひいては、魔物の大発生を退けることがかなったのも、彼らの働きによるところ大であった。
そんな彼らが今、居場所を失いつつある……。
『最近、工事現場で感じるのさ。
オレ様を見る目が、前とちがうなって』
まず最初、作業中に人々と触れ合う機会の最も多いキートンがそう告げる。
文字通りの鉄面皮である彼らに表情などは存在しないが、いい加減に長い付き合いである俺には、そこに含まれた悲しみというものが感じ取れた。
『前に、こう言われたことがあるんだ……』
続いて、口を開く……のは無理だがともかく発言したのがトクである。
『まだ港湾部が健在だった頃に、魚を捕ったんだけどさ。
――トクさんさえいれば、俺たちは必要ないな。
あそこで働くために集まった漁師の一人が、笑いながらそう言ったんだよ。
ドキリとしたね。
おれは調子に乗って、せっかく集まってくれた彼らの仕事を奪うようなことしちまったんだって。
それ以来、必要となるとこ以外では自重しているが、あれは強く印象づいてるだろうな』
『印象っていえば、俺も負けてはいないだろうな』
カミヤが、腕組みしながらつぶやいた。
『何しろ、俺は腹からビーム出るし。肩から斧とか出せちゃうし。
二人とは、また別のベクトルで脅威を感じられている』
そう言われて、携帯端末を取り出しカミヤに対する発言を確認する。
なるほど、彼の言う通り……。
――もし、これが魔物ではなく、人間に向けられることになったら。
そのような事態を想像し、恐れている人がいるらしかった。
当然、このアプリはカミヤたち自身も閲覧できるので、自らもそれを読んでいるにちがいない。
「本人たちの人となりを知れば、そんなのはありえないって分かるのにな……」
携帯端末を懐にしまい、肩をすくめた。
『まあ、これは仕方がねえことだ。
まさか、全ての人へ挨拶回りしていくわけにもいかねえしな』
同じくキートンが肩をすくめると、トクの方もうなずく。
『それに、一度形成された世論っていうのは、くつがえすのが困難なものだ。
人間っていうのは、こうって思いこむとなかなか考えを変えられないもんだからな』
『このアプリに関しては、個人のIDと紐づいてるからまだマシな方だろうな。
これがもし、匿名で書き込める代物だったら、俺たちはもっとボロクソに言われてただろうぜ』
「そういうものなのか?」
何やら実感がこもった様子のカミヤに尋ねると、彼のみならず三機全てがうなずいた。
『そういうものだ』
『オレ様たちはよーっく知ってるぜ』
『ああ、それを巡っての訴訟も日常茶飯事だったしな』
「俺の感覚だと、離れた所にいる誰とでも繋がれて便利ーとしか思ってなかったけど、色々と弊害があるんだなあ」
かつて、それが普通に運用されていた時代を知る者たちの体験談を聞いて、天井を仰ぎ見る。
昔に問題となっていたことは、当然、今でも問題になるということだ。
今すぐどうこうする必要はないだろうが、いずれ、必ず対策を講じなければな。
で、だ……。
今、問題となっていることは、当然ながら古代の時代にも問題となっていたはずである。
「それで、今回の問題、古代の人々はどう対処してたんだ?
現代の場合、俺が意図して自重している部分もあるが、昔の人たちは当然、そんなことしてなかったんだろ?
仕事を奪われる労働者とか、大勢いたんじゃないかと思うけど?」
『いたな』
『いたぞ』
『いたぜ』
俺の言葉に、カミヤたちがかつての時代を思い出す。
『まず、危険できつい仕事は俺たちみたいなロボットか、あるいは自立稼働のドローンに置き換わってた』
『逆に、弁護士やサービス業、クリエイティブな仕事なんかはなくならなかったな。
AIに絵を描かせたりするのが問題視された時期もあったけど、逆に素人の参入する敷居が下がって、いくつも傑作が生み出された』
『コストに対する生産量が飛躍的に上がったことで、最低限生きるのに必要な金も減ったな。
ベーシックインカムと合わせて、最低限生きるだけなら、一切働かなくてもよくなってた』
「なんだそりゃ、天国じゃねえか」
三人の言葉を聞いて、あぐら座りしていた両の足を打ち合わせる。
そんな俺に対し、過去を知る三人は顔を見合わせた。
『天国、かなあ……?』
『確かに、働かなくても食っていくことはできるが、それでできたのは、本当に最低限で最底辺の暮らしだぜ?』
『富の分布とか、ものすごい歪な画びょう型だったよな』
彼らの言葉で、古代人たちがどのような社会を形成していたか、おおよその実態が見えてくる。
まあ、血税で生活を保証しようというのだ。それに頼るというのならば、つつましーい生活を強いられるのはごく当然といえるだろう。
一方、置き換わった労働力を保有する立場に立った者――ドローンやら何やらを扱う側の人間は、高まった利益率によりさらに富を集めるようになると。
それは、トクが語ったようにひどく歪な構図である。
しかし、俺はそれを、そう悪いことのようには思えなかった。
「……俺は、人間の社会システムに絶対の正解はないと思っている。
例えば、今現在の主流である王政は、能力のある者が王位に就けば、この上なく効率的なシステムだ。
しかし、暗君がそれを得れば目も当てられないことになる。
俺がこの先に見据えている、民主と呼べるシステムにおいても、様々な不正が横行することだろう」
俺のズッ友であるホルン教皇が、まさに不正まみれでその地位を得ているのだ。まちがいない。
「しかし、それでもひとつだけ、いえることがある……」
それこそ、俺が民へ伝えなければならない言葉であるのだろう。




