ロンバルド・ビカム・キャピタリズム 4
――攻囲戦。
言葉にすれば勇壮な響きを伴うが、フィングを丸囲みにしてのそれは兵糧攻めであり、包囲する兵たちに課されている任務も見張りである。
万が一、旧ロンバルド側が一か八か、城門を開け打って出ることがあれば話は別であるが、基本的には見張りをこなすと共に、見張り塔などからこちらを見下ろす旧ロンバルド兵へ、圧力をかけるのが役目であった。
そのような任であるから、どうしても雑談の時間などは生じる。
そびえ立つ城壁を見上げながら兵士たちが交わすのは、多くが先日に行われた第一王子の演説に関するものであった。
「働く場所が奪われる、か……」
「お前、どう思うよ?
第一王子のあの演説」
「どう思うかっていやあ、納得しちまうかな……俺んち、漁師だから」
「ウロネスの出身だったか?
あそこは港町だっていうもんな。
でもさ、それなら軍に入らなくても食っていけたんじゃないか?」
漁師の家出身だという若い兵に、同じく若い同僚がそう尋ねる。
すると、ウロネス出身の若者はこう答えたのだ。
「まあ、家業を継ぐってんなら兄貴がいるし。
それに、親父がさ、モーターで動く船を見てこう言ったんだよ。
これから世の中は一気に変わっていく。お前、その気があるなら軍に入ってそれを見てみるといい。
ってよ」
「親父さん、先見の妙ってやつがあるなあ」
漁師の父が言ったという言葉を聞いて、同僚は感心しきりにうなずいた。
確かに、アスル王が旗揚げをして以来、世の中は激変を迎えている。
そして、軍というのは広く門戸を開いている上に、最先端のそれへ触れられる場所なのだ。
「それで、漁師の息子としちゃあ、どの辺に納得したんだ?」
「古代の技術を使った漁船はさ、今までよりもうんと遠くまで漁に出れるし、しかも、魚がどの辺にいるか探ることもできるんだよ。
そんで、捕った魚は傷まないよう冷やしながら港へ運ぶことができる」
「すげえじゃねえか!」
その言葉に、聞き役となっていた同僚は素直に驚きの声を上げた。
「確かに、古代の技術を使うようになってから、昔は食べられなかったような魚がたくさん食べられるようになったもんな。
俺、同じ辺境伯領でも森の方出身だから、棒ダラとかしか知らなかったし」
「今じゃ、そっちの方でも生の魚が届いてるんだっけ?」
「ああ、そうらしいぜ。
古代の技術様様だな。それの何が問題なんだ?」
そう聞かれ、漁師の息子は苦笑いを浮かべる。
「俺の家だけがそうなら、大儲かりなんだろうけどさ。
当然、他の漁師だって同じように漁獲量が増えてるわけだ」
「ああ……」
「せっかくのいい魚も、市場に流れる量が増えると、買い叩かれる。
そして、古代の技術使った漁船は、借りるにしても買うにしても高い。すごく高い。
おまけに、燃料代やら何やら、維持するための金も必要だ」
そこまで言うと、漁師の息子は同僚に真面目な顔を向けた。
「食うものは良くなった。着るものもよくなった。
だけど、そこまで儲かってねえってのが、本当のところだ。
それでいて、俺の家はまだマシな方だよ。
古代の技術を使った漁に順応できなかった漁師が、どうなってると思う?」
「周りの漁師はそんななのに、自分は手漕ぎ舟で繰り出して、編み投げたり釣り糸垂らしたりするわけか……」
やや上を向きながら、その光景を想像した同僚が結論を出す。
「……廃業だな」
「そういう漁師、結構いるぜ?
でも、それでやっていけちまうんだ。
漁師の数が減ったって、一人辺りの漁獲がとんでもなく増えたんだから……」
椅子取り遊びというものがある。
他者に先んじて椅子へ座るというあの遊戯と、まさしく同じことが起こっているのだ。
そして、首尾よく席に着けたところで、その椅子は座り心地がよいと限らないのである。
「そういや、さっきから聞いてばかりだけどさ。
お前の実家ってどうなってるの?」
「俺の家は木こりだよ。
状況はまあ、お前んちと似たような感じ」
木こりの息子が、肩をすくめてみせた。
「漁業、林業、あと農業もだろうな。
一人で生産できる量がバカみたいに増えると、そうもなるか」
「こうなると、戦が終わった後、身の振り方を考えちゃうよな。
今ほど兵隊の数は必要ないだろうから、俺らみたいな志願兵は真っ先に解雇だろうぜ」
「運よく軍に残れればいいんだけどなあ……」
「無理無理。
マジな話、ちゃんと考えねえと」
漁師の息子に言われ、木こりの息子は空を仰ぎ見る。
「俺、別の仕事探そうにも学がないしなあ……。
車好きだし、これからは車が走る量もどんどん増えるだろうから、駐車係の仕事でも探すか」
「そういう仕事、競争激しいと思うぞ?」
「だよなあ……」
漁師と木こり……。
生まれた家の家業はちがえども、共通する悩みを抱えるに至った二人が腕を組む。
近しい将来への、漠然とした不安……。
それを抱えているのは彼らだけでなく、正統ロンバルドに属する多くの者たちもまた、同じだったのである。
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今の時代、言葉を交わすのに、何も直接対面したり、書状をしたためたりする必要はない。
代わりにその役割を果たすのが、正統ロンバルドの兵たちへ支給されている携帯端末であり、各都市に設置された通信所であった。
通信所というのは、民たちが共用で扱うためのパソコンが置かれた施設である。
素早い軍事行動のため、兵たちに対しては『マミヤ』のオートメーションを駆使して端末を与えたアスル王であるが、この便利かつ将来的に必須となるであろう道具の生産に関しては、民間へ移行していきたいのが彼の本音だ。
だが、何事においても官から民への移行は時間がかかるものであり、その間の穴埋めとしてこの施設を用意したのであった。
現在、携帯端末や通信所でアクセスできるサービスの中で、最も隆盛を誇っているのがつぶやきをできるアプリである。
個人のIDに基づいて短文や画像を投稿できるこのアプリを介して、正統ロンバルドに属する人々は遠くて近い交流を行っているのだ。
現在、そのアプリ内でもっぱら話題となっているのが、王都フィング城壁において第一王子カール・ロンバルドが行った演説の内容であった。
――中央部から疎開したけど、故郷に戻っても上手く農家に戻れる自信がない。
――麦も野菜も、大量に採れすぎて買い叩かれるから儲からないと思う。
――他の仕事に就こうにも、今から新しい生き方なんて……。
そのような内容と共に、第一王子の言葉を支持する内容が多数見られたのである。




