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ロンバルド・ビカム・キャピタリズム 3

 かつて……。

 この私室兼総司令室には、カップ麺の空き容器が散乱していた。

 それは、裏方仕事のできる――正確にはパソコンなどを用いたそれができる――人間が不足しているという事情によるもので、国の頭である俺自らも率先してこれを処理せねばならず、食事に割く時間を惜しんでいたからである。


 今、この部屋には、カップ麺の空き容器など存在しない。

 なぜなら、我が妻ウルカがお手製お弁当を手に日参してくれているからだ!


「はい、アスル様。

 あーん」


「あーん!」


 ウルカが箸で差し出してきた大根の煮付けを、ニッコリ笑顔で頬張る。

 そして――素早く書類に目を通す!


「アスル様、こちらの塩鮭もどうぞ。

 はい、あーん」


「あーん!」


 一口大に切り揃えられた塩鮭の切り身を、再び頬張った。

 そして――素早く書類を決済する!


 うん、あずましくないな、これ!

 例えるなら、ポテチ食べながら人の名前書いて、なおかつ勉強もしている時のような気分だ。なんでそんな光景が浮かんだかは謎だけど。


 とはいえ、忙しいのはウルカもまた同じ。

 忙しい同士の王と王妃にとって、貴重なイチャイチャタイムなのである。栄養状態も改善されたしな。

 ……まあ、イチャイチャと言いつつ夫婦二人っきりではないのだが。


「マスター、イチャイチャしてるのかそうでもないのか微妙な時間を過ごしているところ申し訳ありませんが、事件です」


 夫婦の交流を表情ひとつ変えずに見ていたイヴが、ふとそんなことを告げてきた。

 彼女の髪はいつも通り無限に色彩を変えながら輝いており、それを通じて知らせを受け取ったのだと思われる。


「事件ってなんだ?」


 ウルカにお口を拭いてもらいながら尋ねると、イヴはひどく意外なことを告げてきたのであった。


「城壁に、第一王子カールが姿を現したとのことです」


 思わず、ウルカと顔を見合わせた。

 ……そりゃ確かに事件だわ。




--




 ――あれは、兄上か?


 イヴとウルカを伴い、おっとり刀で城壁前に駆けつけ、こちらを見下ろす人物に目を向けた第一印象がそれであった。

 確かに、ホルン教皇との定期連絡で、上の兄――カール・ロンバルドの人柄が、このところ変わったようであるらしいとは聞いている。

 しかし、これは……変わっているどころの話ではない。


 以前の兄は、絵画から直接抜け出してきたかのごとき美男子であったが……。

 今の彼は、顔面の血管が隆々と浮き出しており、血走った目も合わさってとても美形とは呼べぬ様である。

 その代わり、身にまとった迫力は、かつての比ではない。

 こうして距離を隔てていてなお、心臓を鷲掴みにされたかのような本能的危機感を抱いてしまうのだ。


 確かに、変わるためのきっかけは数多くあっただろう。

 弟であるケイラーの死、父上が倒れたこと、そして、今こうして王都が包囲されていること……。

 だが、それは素養なき人物に、ここまでの胆力を宿らせるものであるのか……?

 あれは、そう、心構えが変わったというより、肉体そのものから変貌したかのようだ。


「あれが第一王子か……」


「ヒャア! 顔だけいいモヤシだと聞いていたが、大したもんじゃねえか!」


「ああ、あれは相当やるぞ」


 騒ぎを聞きつけ駆けつけたのは、俺だけでなく……。

 今、兄が姿を現した城壁付近には、常駐させていた見張りの者たちに加え、多数の兵やモヒカンたちが集っていた。


「マスター、辺境伯領一腕の立つ殺し屋から連絡が入ってます。

 この距離なら確実に狙撃できるそうですが、いかがいたしますか?」


 イヴが、どこぞに潜んで狙撃準備をしているらしい殺し屋からの伝言を伝える。

 それに対し、俺は首を横へ振った。


「ダメだ。

 そんなことをすれば、俺は話を聞く度量もない君主となってしまう。

 何より、兄上が何をするつもりなのかが気になる。

 殺し屋だけでなく、他の兵も変な気を起こさないよう周知徹底してくれ」


「イエス」


 俺のオーダーを実行すべく、イヴが髪をひと際強く輝かせる。

 複数の人間に対し、同時に連絡を取っているのだ。


「ついに、お兄様が沈黙を破られましたね」


「ああ。

 だが、この状況下で何をするつもりだ?

 見たところ、演説でもしそうな雰囲気だが……」


 隣のウルカと、そのような会話を交わす。

 そして、どうやら俺の予想は正しかったようであり……。

 十分な聴衆が揃ったと判断した兄上は、ついにその口を開いたのである。


『諸君、あえてこう呼ぼう。

 我が親愛なる、ロンバルドの子らよ』


 肉声ではない。

 彼の両脇には宮廷仕えの魔術師が控えており、その声を増幅させていた。


『我が愚弟の行いにより、諸君らが望外の豊かさを享受していること、ここから見下ろせばよく分かる。

 さぞ、心安らかなことであろう』


 俺たちの背後……そこに築かれたにわかな都市ともいえる陣地に視線を向けながら、兄がそう語る。

 そして、その後、こう言ったのだ。


『では、諸君らがここまでの豊かさを得られたのは何者の働きによるものか、それは把握しているだろうか?』


 そう言うと同時、彼は頭上を指し示した。


『例えば、今、こうしている間にもはるかな上空を飛翔している者……』


 続いて、地を……この陣地に向けて敷かれた長大なアスファルトの道路を指差す。


『例えば、あのように整備された道をたやすく敷き詰めし者……』


 そして、最後に海の方を指し示した。


『例えば、人の力が及ばぬ海中を意のままに開発せし者……』


 もう、こうなればカールが何を言いたいかは明らかだ。

 そして、それは正統ロンバルドへ属する全ての人間にとって、共通の認識だったのである。


『鋼の肉体を持つ、三つの巨人……。

 諸君らが豊かさを享受できているのは、彼らの働きによるものだ。

 しかし、考えたことはあるだろうか?

 この先、真に豊かな暮らしが待っているかを……』


 ――やられた。


 そう思った。

 兄が指摘しているのは、俺が棚上げにしている問題そのものだったのである。


『三つの巨人は、この問題の代表に過ぎない。

 古代の技術とやらは、人の力なくして大いなる恵みをもたらしてくれる。

 否、もたらしてしまう!

 想像せよ! それは仕事が、家業が、奪われることを意味するのだ!

 このままいけば、諸君らはこれまで糧を得てきた仕事の多くを失うことになるだろう!』


 その言葉に……。

 聴衆となっていた兵たちが、顔を見合わせた。

 これまで、がむしゃらにやってきたから意識せずにいたこと……。

 そもそも、現在、兵として働けているのが、対魔物と対旧ロンバルドを見据えた一時的なものであることを、思い出したのである。


『……私の言いたいことは以上だ』


 配下の者たちを引き連れ、カールがさっそうと城壁を後にした。

 彼が短い演説で残した爪痕は、おそらく深い。


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