ロンバルド・ビカム・キャピタリズム 2
青々として雲ひとつない空は、秋晴れという言葉がふさわしく……。
ようやくにも残暑が抜けてきた風が頬を撫でると、実に心地がよい……。
誠に過ごしやすき天気に恵まれた一日であったが、その日、ハーキン辺境伯領の領都ウロネスを始めとした各都市で見られた光景は、おだやかな気候とはかけ離れた騒々しいものだったのである。
「ようし! そっち押さえててくれ!」
ある男が妻に手伝ってもらいながら板を打ち付けているのは、自分たちが住む家屋の木窓であった。
これは、典型的な台風への対策である。
そのように、住んでいる家の補強に務める者たちがいる傍ら、やむを得ずこれを離れる者たちの姿も見られた。
「どうしても、避難所ってとこに行かなきゃいかんのかい?」
「知らん人らと肩を寄せ合うっていうのは、なんとも落ち着かないものなんだがのう……」
見るからに古い造りをした木造住宅の前でごねる老夫婦に対し、頭をかいているのは辺境伯家から派遣されてきた役人である。
「そうおっしゃりたい気持ちは分かるのですが、ご夫婦が住んでいるような古い住宅は倒壊の危険もあるため、神殿などの指定された避難所へ移動せよとのお達しです。
家は建て直すことも修繕することもできますが、あなた方はそうもいかないのですから……」
「でも、建物がつぶれるくらいの台風がくるなんて、ねえ……。
ちょっと、信じられないよ」
「ああ、今日なんて、こんなにも気持ちの良い天気じゃないか」
顔を見合わせながらそう語る老夫婦に対し、役人が見せたのは一枚の紙であった。
そこに印刷されているのは、おそらくこの老夫婦が目にしていないであろう、テレビの天気予報で映された天気図である。
「これ、ここがウロネスでここからが海になるんですけど、分かりますか……?
この、海上でうねっているのが台風なんです。
今は平然としていますが、嵐の前の静けさでしかないんですよ」
役人がそう説明するも、老夫婦は首をひねるばかりだ。
「とにかく、私ついて来てください! あのカミヤの、天気予報で伝えられてることなんです!
ほんの数日の我慢なんですから!」
そんな夫婦に業を煮やし、ついに、役人は半ば追い立てる形で彼らを避難所へ連れて行ったのである。
そして、数日後。
老夫婦は役人の言葉……ひいては、カミヤの天気予報が間違いでなかったことを、大型台風により倒壊した我が家を見て、知ることになったのだ。
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魔物の大発生は主に旧ロンバルド王国中央部など、正統ロンバルド領内とは別の地域で起こったが、ひとつ例外があった。
……港湾部である。
地上を侵攻できなかったその分、というわけではないであろうが、ともかく、ここへの攻撃は熾烈であった。
何しろ、特級魔獣と呼ばれる竜種以上の脅威が立て続けに発生し、この港を襲い続けたのだ。
戦士の平原で行われた旧ロンバルド軍との決戦終盤、群れを成した竜種により多くの被害がもたらされたが、もし、ここでの魔獣出現がなければ、カミヤたちが駆けつけ被害は大幅に減らせたことであろう。
あるいは、魔物にとって最大の脅威である三体のロボットを釘付けにするため、魔獣はここを攻め続けたのか……。
ともかく、この港湾部における戦いは激闘であった。
ただでさえ強力な戦力を持つカミヤたちが、さらに追加の武器を装備し、それを順次補給しながら戦い続けたのだ。
結果、多くの魔獣は海中及び海上で仕留められたが、全てがそうとはいかなかった。
一部は港湾部への上陸を果たし、周囲の施設を巻き込む形でなんとか撃滅されたのである。
幸いなのは、人的な被害がなかったことであろう。
人の命に替えはないが、壊れた施設ならば修復することができる。
この港湾部では、今まさにそのことを証明する光景が繰り広げられていた。
最初から余裕をもって敷かれた広い道路には、瓦礫を山積みにされたトラックが走り……。
破壊された施設の跡地では、様々な重機がうなりを上げてこれを片付けている。
だが、それら人間が操る機械全てを足した以上の働きをしているのが、黄を基調としたカラーリングに塗装された鋼鉄の巨人――トクであろう。
じゃばら状をした両腕の馬力たるや、絶大なものがあり、彼が瓦礫を片付ける様は、サイズ感もあって積み木遊びのごとく感じられた。
「さっすが、トクさんだなあ……」
「ああ、壊すに壊してどうしたもんか途方に暮れてたってのに、もうほとんどが撤去されてるんだもの」
そんな彼の働きぶりを見た労働者たちが、半ばあきれたようにそう語り合う。
『早いとこ港を元通りにして、また前みたいに新鮮な魚を捕れるようにしないといけないからな』
そんな彼らに対し、バケツのような造形をした頭部を向けたトクがうなずく。
「ああ、今はウロネスで捕れた魚に頼ってるからな」
「負けちゃあいられねえ!」
「それに、船での往来ができないと獣人国と物をやり取りするのにも困っちまう」
「地下リニアもあるけど、結局、船で運ぶ方が量も多いし向こうで仕分けやすいからな」
「何しろ、向こうは港が多いって話だからよ」
王都ビルクと地下リニアを通じて接続されているラトラ獣人国であるが、海岸沿いに広く伸びた国土であることから、海上交易の方が何かと利便性が高い。
すでに、正統ロンバルドとの関係性は秘するものでなくなっていることから、交易を本格化するためにも港の修復は急がねばならなかった。
『ようし! それじゃあ張り切っていくか!』
トクの言葉に、男たちは力強く応じたのである
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「そうか、あいつらまたまた大活躍だな」
『マミヤ』に存在する私室兼総司令室……。
その執務机で書類を眺めながら、俺はそんなことをつぶやいた。
書かれているのは、『マミヤ』が誇る三大人型モジュール――カミヤ、キートン、トクの活躍に関してである。
古代の知を象徴するのがスクールグラスだとしたら、あいつらこそはまぎれもなく力の象徴だろう。
今、正統ロンバルドは圧倒的な豊かさを背景に旧ロンバルド王国を追い込んでいるが、あの三人抜きにそれはありえなかったはずだ。
「まあ、だからこそ、問題がないわけじゃないんだけどな」
何事にも、長があれば短もある。
俺は絶賛棚上げ中のそれを思いながら、執務の続きを行ったのであった。




