選択の自由
俺たち正統ロンバルドが築き上げ、今や王都に隣接する小都市とも呼べる規模に広がりつつある陣地……。
その一画に存在するのが、王都の人間を保護するための区域だった。
これを用意するのは必然で、以前、エンテとイヴが探偵活動をした際見たように、城塞都市の外側というものは宿命的に社会の落伍者が住まう。
で、我々が陣地を築くのは城壁からちょっと離れたお隣である。
そうなると、彼ら社会の最下層に位置する人々は困ってしまう。
城壁の内側へ入れてもらおうにも、そもそも、そこで生きる術がないからその外で暮らしているわけだし、別の街へ移動するようなパッションを秘めし人種ではない。
かといって、新旧ふたつのロンバルドが対峙する間で放ったらかしにするわけにはいかないから、うちの方でこれを受け入れたわけだ。
と、いうわけで、最初そこに暮らしていたのは浮浪者など行き場をなくした人々だった。
今は、徐々に別の人種も増えつつある。
例えば、最初に加わったのは、人足や漁師、船大工など、フィングの港湾部で働く人々とその家族であった。
記念すべき――といっていいのかは疑問だが――第一の亡命者たちである。
それに加え、地下に穴を掘ることで城壁の外に脱した者や、中には大胆にも城壁内部へ忍び込み、その窓からロープを使ってこちら側に来た者なども加わっていた。
当然、数は多くない。
俺の兄はバカじゃないので、ちゃんと取り締まりを強化し、密告なども活用し人々の動きを押さえつけているのが、ホルン教皇との定期連絡で伝えられていた。
何もかも、俺の思い通りである。
「はいカット!
収録完了です!」
そんなことを考えながら焼きそば焼いていると、報道チームのエルフ女がそう言って収録の終了を宣告した。
「え、もう終わり?
もうちょっとで第二弾、焼き上がるんだけど?
君らもおかわりいるよね?」
――はーい!
俺の言葉に、離れた席で焼きそばを食っていた者たち……特に子供らが元気よく手を上げる。
うむうむ、育ち盛りなんだからたくさん食べないとな!
……さて、最近、天が急に思いついたかのように焼きそばキャラと化している俺が、今日も今日とて鉄板で腕を振るっているのには、理由があった。
他でもない……慰安訪問である。
慰安する相手は、保護区画の王都民たちだ。
この俺自らが彼らに焼きそばを振る舞う映像を投影し、さらに王都を揺さぶろうという計画なのである。
いや、別に俺が自分で焼きそば作る必要は一切ないけどな!
「さー、並んだ並んだ!
どんどん食べてくんな!」
空となった皿を手に鉄板の前へ並ぶ者たちに、どんどん特製焼きそばを盛り付けてやる。
「今までろくに食えなかったんだ。
きっちり食え」
ガスの火力と俺の技……。
そして、忘れちゃいけない食材刻み用の兄上ブレード!
三役揃った焼きそばは、今日も大好評だ!
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用意した材料もはけたところで、慰安訪問そのものもお開きとなり……。
俺は、使い終えた鉄板のお手入れをしていた。
こうして熱した鉄板に水を注ぎ、汚れを浮かしてやっていると心が落ち着く……。
コテをチャカチャカやっている背に声をかけてきたのは、エンテであった。
「なんだか、最近のアスルは焼きそば作ってばっかだな。
本当に今、最終決戦中なのか?」
「そういうお前も、ヒマそうじゃないか。
手持ち無沙汰になって覗きにきたのか?」
「まー、それもあるんだけどな」
あるのかよ。
まあ、エンテの仕事はエルフの医療班をまとめ上げることで、今のところは大きなケガ人も病人もいない。
そりゃ、ヒマだろう。
そう考えて納得してると、エルフ娘はそびえ立つ城壁の方を見やったのである。
「いっこ、気になってることがあってさ。
直接聞きに来たんだ」
「気になってること……?」
「ああ、さっきやってたみたいに、今オレたちはフィングから逃げ出してきた人たちを保護してるだろ?
それをもう一歩進めて、こっちから脱出の手助けをしてやればいいんじゃないかってさ」
「ああ、そのことか」
俺はうなずきながら、十分に汚れの浮いた鉄板からお湯を捨てた。
そして、火を止めて話をする体勢になったのである。
「パッと思いつくところだと、キートンに頼んで王都の下へこっそりトンネル作ってもらったりさ。
他にも、甲虫型飛翔機で空から拾ったりとか、その気になればいくらでもやれることはあると思うんだよな。
それをしないのはなんでだ?」
「理由は、簡単だな」
俺も腕を組み、城壁を見上げた。
幼い頃から、何度となく見てきた王都を守る城壁……。
ただし、俺の場合は城から見下ろす形だったので、何かの機会で初めて近くへ来た時、その大きさに驚いたのを覚えている。
「俺はさ、王都の人々に選ばせたいんだ」
「選ばせたい……?」
「ああ、どっちに付くのか。
誰を頭に選ぶのかを、な」
それは、将来に向けた布石だ。
俺の子か、遅くとも孫くらいの代には噴出する問題へ向けた種まきである。
「この陣地で開いている市場には、顔を出したこともあるだろ?」
「ああ、すげえよな。
ただ食い物が豊富なだけじゃなくて、各地の名産品や工芸品なんかを売ってる奴もいる。
オレ、獣人国から来た商人が売ってる、カンザシってやつ買おうかと思ってさ、今度ウルカに見立ててもらおうと思ってるんだ」
「商人の人、恐れ多くて泡吹くんじゃないかな?
まあ、それはともかくとして、だ……。
俺もソアンさんなんかと一緒に、あの光景は視察している。
んで、確信を深めたことがある」
「確信って、なんのだ?」
「近い将来に起きる、王政の終わりさ」
これはかつて、予想としてベルクには語ったことがあった。
今は、確信だ。
市場の光景を見て、まず間違いないと断言するに至ったのだ。
「今、民たちは俺の下で急速に力を付けている。
それも、ただ豊かになってるだけじゃない……。
しかるべき、教育を得た上で生活が向上している」
「逆疎開の時、ついでに各地へ作った学校は好評だもんな。
例のスクールグラスのおかげで、教える人間の確保にも困らないし」
「ああ、食べるに困らなくなり、知恵と知識を得て、ついでにヒマな時間もできてくる。
こうなると、人間はどうしたくなると思う?」
「決闘王オフィシャルカードゲームで遊ぶとか?」
「うむ!
最新ブースター『ライトウィング・シュート』は好評発売中だ!
ルールとマナーを守って楽しく決闘!
――ちがう、そうじゃない」
神速でグラサンを装着し、両手で上と下を指しながらそう答える。
なんだか知らんが、魂が俺にこのポーズを取らせた。
「自分たちの行く末を、自分たちで決めたくなる。
押し付けの王ではなく、自分たちの代表を公正な選挙で選び、政治をさせたくなる。
ロンバルドの血は、こと政策の決定においては不要となる」
「アスルはそれで、いいのか?」
「いいんだよ……」
サングラスを放り捨て、腰に下げた剣を軽く撫でながら答える。
「俺が終わらせるんだ。
最初にそう決めた。
全ては、この国に生きる民のために……」
そうであるからこそ、俺は自分を肯定できるのだ。
「民が誰を戴くか自分で決め、そのために行動する……。
その経緯を踏むことは、必ず将来に生きるだろう。
いずれ必ずくる、民主の時代にな。」
そして、そう話を締めくくったのである。




