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さもしき日々

 分厚い城壁に囲まれた城塞都市の宿命として、城壁付近の土地というものは地代が安く、主として下層階級の人間が暮らすことになる。

 これは、自分たちを守るために存在する城壁により、極端に日当たりが悪くなるためであり、また、流入してきた外部の人間や、城壁外周部で暮らす浮浪者と接する機会も増える場所であることを考えると、ごく当然の現象であるといえた。


 今、その城壁付近の区画を巡回する騎士や兵の数が、にわかに増えている。

 その理由は、ただひとつだ。


「――取り調べだ!」


「――全員、その場を動くな!」


「――床下をあらためさせてもらうぞ!」


 ここいらの区画では珍しくもない、さる長屋の一室……。

 その中に、従者を二人ばかり従えた騎士が踏み込んでいた。

 なんの通達も予兆もなく、完全装備に身を包んだ騎士たちが戸を蹴破り踏み込んできたのだ。

 内部にいた者たちは、どうすることもできず、ただ言われるまま、壁際でじっとしている他にない。


「い、一体何事ですか……?」


「俺ら、こんなことされるいわれは何も……」


 それでも、勇気を振り絞った二人ばかりかそのようなことを口にしたが……。


「――黙っていろ!」


 そう騎士に怒鳴られてしまっては、身をすくめるしかなかった。

 そもそも、このような形式の長屋というのは、独り者が暮らすものであり……。

 まだ真昼だというのに、数人の男がこそこそと集まっている時点で、何事か後ろ暗いことがあるのは証明されているのだ。


 大した広さのない室内は、騎士たちが踏み込んだことでいよいよ身動きも難しい有様となる。

 そのような中で、騎士に率いられた従者たちは素早く床を捜索し……。


「……ありました」


 粗末な寝台の下に隠されていたそれを、たちまちの内に発見したのであった。


「城壁の外側へ向かう穴とみて、間違いありません」


「どれ……」


 報告を受けた騎士が、自らもそこを覗き込む。

 おそらく、突入前の足音から踏み込むことを察知したのだろう……。

 薄い板で隠されていたそれは、ここへ集った男たちが掘ったであろう穴であり……。

 人一人がしゃがみ込むことでどうにか移動可能な大きさのそれは、確かに城壁の外へ向かっていた。


「貴様ら……王都から脱出を図るのは重罪であること、知らぬとは言わせぬぞ」


 掘られた穴の検分を終え、立ち上がった騎士がゆっくりと下手人たちをねめ回す。

 騎士が語った通り……。

 賊軍――正統ロンバルドに向けて脱出を図れば重罪であることは、街の方々(ほうぼう)に設置した立て札をもって告知されていた。

 のみならず、このような長屋を所持する大家にも残らずそのことを伝え、周知徹底がなされていたのである。

 ゆえに、知らないなどとしらを切ることは不可能であった。


「どうせ……」


 脱出の望みは絶たれ、もはや縄が打たれるのを待つばかり……。

 そのような状況に追い込まれた以上、せめて捨て台詞を吐こうとするのは当然の心理であろう。

 この一室に集い、穴を掘っていた男の一人が口を開く。


「どうせ、この戦に勝ち目はねえ。

 だったら、少しでも早く向こうに行って、腹いっぱい食いたくなるのは当たり前じゃねえか」


「そうだ……!」


「壁一枚隔てた向こうじゃ、毎日たらふく飯を食って、酒まで飲んでるって話じゃねえか。

 あんたら、見張り塔から見て知ってるんだろう?」


 その言葉に、騎士は何も言い返さなかった。

 ただ、黙ってそれを聞くばかりだったのである。


「……連れて行け」


 そして、男たちにではなく、連れてきた従者たちにそう命じたのだ。


「はっ!」


 満足に食事ができておらず、その動きはやや力強さを欠くものであったが……。

 そこは王宮で鍛えられし兵たち。きびきびと罪人らに縄を打ち、連行していく。

 騎士は長屋の出口から、少しばかり疲れた顔でそれを見送ったのである。

 そんな彼に、近づく者が一人……。


「へ、へへ……旦那ぁ」


「ああ、お前か」


 騎士は、ややうんざりした顔でその男に向き合った。

 いかにも卑屈そうな顔つきをしたこやつは、たった今連行された者たちと同じく、この長屋に暮らす住人である。

 そして……。


「お前が教えてくれたことで、罪人を捕らえることがかなった。

 礼を言うぞ」


「へ、へへ……。

 だったら旦那ぁ、例のものを……」


「うむ」


 そう請われた騎士が、ごそごそと懐を探った。

 そして、一枚の羊皮紙を取り出したのである。

 そこには、数行の文章が記され、これが公的な品であることを証明するための押印がなされていた。


「これを城の受付に持って行け。

 そうすれば、欲しいものが手に入るぞ」


「へ、へへ……!

 ありがとうごぜえます!」


 騎士から羊皮紙を受け取った男が、ぱあっと顔を輝かせる。

 そして、ろくに飯が食えていないとは思えぬ勢いで、ロンバルド城に向けて駆け出したのだ。

 そんな男の背を、騎士は苦々しい顔で見送った。


「同じ長屋で暮らした者たち……。

 時に助け合い、笑い合うこともあっただろうに……。

 それを、パンと引き換えに売るとはな」


 騎士が、卑屈な男に渡したもの……。

 それは、少しばかりの黒パンと交換できる引き換え券であった。

 今の男は、それが欲しいばかりに、同じ長屋の住人が脱出を企てていると密告してきたのである。


「人は飢えれば、ここまでさもしくなれるものなのだ、な……」


 付近には、別の住人たちもいるはずだが……。

 この騒動に恐れをなしたか、顔を出す気配すらない。

 ゆえに、誰にも聞かれることがない気楽さから、そのようなことを独りごちた。


 今のような捕り物は、何も特別なものではない。

 現在、王都フィングでは、手段こそそれぞれ異なれど、同様に脱出を図る者が後を絶たなかった。

 王宮はそれを防ぐべく密告の奨励をし、先の男へ渡したように報酬としてわずかばかりのパンを与えていたのである。


 真に戦うべき賊軍は、壁ひとつ隔てたすぐ向こう側にいるというのに、それと雌雄を決することはせず、内側へ引きこもって互いを探り合い、出し抜こうとする日々……。

 これをさもしいといわずして、何がそういえるだろうか。


 そして、何より耐えがたいのは、自分もその流れへ加わってしまっているという事実であった。


「いつまで続くのだろうな、こんな日々は……」


 つぶやいたところで、答える者などいようはずがない。

 唯一、それを知るのは、城壁の向こうで敵軍を率いるかつての狂気王子(ルナティック)であろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 密告とは…スターリン時代のソ連ですね。
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