勃発! 三国志! 後編
「ば、バカな……っ!」
「こ、こんなことがあっていいのか……っ!」
それぞれの上司にやや遅れ、そこに辿り着いたのだろうタスケと名もなき魔法騎士も驚きの声を漏らす。
彼らが、麺の山から掘り出したもの……。
それは、今回のメニュー――三国焼きそばにおける、隠し玉であった。
「ああっと! これはどうしたことか!?
青のりゾーンの下からは特大のオムレツが!
そして、紅ショウガゾーンの下からはこれも大きな唐揚げが姿を現わしました!」
言葉を失った彼らに代わり、サシャが状況を告げる。
そう……彼女の言葉通り、それぞれのゾーンには五〇〇グラムずつの別料理が仕込まれていたのだ。
今頃、王都の民たちも空に投影された映像を見てド肝を抜かれているにちがいない。
「陛下! これは一体!」
「フッフ……まあ、ちょっとしたスパイスといったところかな。
ただただ焼きそばを食べ続けるよりは、味変が楽しめていいじゃないか?
ちなみにだが、オムレツにはたっぷりとチーズを仕込み、唐揚げはそれぞれ醤油味、塩味、カレー味に仕立ててあるぞ。
ああ! 俺はなんて親切な王様なんだ!」
「おっと……辺境伯領一腕の立つ殺し屋よ、先に掘り出すのはなしだ。
……撮り高が減る」
ゴルフェラニに制された殺し屋が、ぴたりと動作を止めて悔しげな顔をする。
ククク……先に料理をバラして隠し玉の存在を暴くなど許さぬ。
大人しく順番通りに食べ、いちいち驚きのリアクションを見せるがいい!
「最高にマッドな笑顔をした作り手たちのコメントでした!
それでは、闘士の皆さん……手を止めることなく、食べ続けてください!」
「くっ……! うおおっ!」
想い人にそう言われたタスケが、止めてしまっていた箸を再び動かす!
その気迫は、まさに――サムライ!
今、この若者はホマレを抱いてオムレツを食べている!
「サムライたちには負けられんぞ!」
「ははっ!」
それに対抗心を燃やし、ギルモアと名もなき魔法騎士も唐揚げに挑む!
これは、獣人国とファイン皇国の間で再び勃発した大戦だ!
「あ、拙者はギブでお願いします」
侍大将は、早々に戦線を退いた。
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およそ、五〇分後……。
そこで繰り広げられていたのは、凄惨な光景であった。
――泥の中でも前のめり。
と、いうわけではないが、麺の山に顔面を突っ込みながら撃沈しているのは、タスケである。
炭水化物の過剰摂取による、急激な血糖値の上昇……。
それに耐えられず、彼は意識を手放したのである。
気絶とまではいかずとも、近い症状へ陥っているのがギルモアだ。
もはや、箸を動かすこともままならず……。
彼はただ、ぼけーっと宙空を眺めていた。
そんな二人を尻目に、どうにか唐揚げを食べきった名もなき魔法騎士であったが……。
「ギブアップです」
ついに、食の継続を断念する。
流し込むために、水をガンガン飲んでいたからな。これは当然の結果だ。
しかしまあ、よくがんばったと褒めてやろうじゃないか。ガハハ。
事実上、ギルモアも戦線離脱しているわけで、これで、残る闘士は辺境伯領一腕の立つ殺し屋だけとなった。
そんな彼の、現状は……。
「すごいすごい!
かつお節ゾーンの下へ隠されていた特大たこ焼きに始まり、オムレツと唐揚げも食べきった!
辺境伯領一腕の立つ殺し屋さん、残るは焼きそばのみです!
目測したところ、その量もおおよそ五〇〇グラムほどでしょうか!?」
サシャの語った通り、猛然と食べ進めるでもなく、水で流し込むでもなく……。
ただ、愚直なまでに淡々と食べ進めた彼の皿は、もはや麺三玉分ほどの焼きそばが残るのみとなっていたのである。
「ほう……やるではないか。
ルール上、完食する必要はないが、ここまでくるとがんばってもらいたくなるな」
ゴルフェラニの言葉に、うなずく。
「ああ……作った側としてはちとくやしい気持ちもあるが、もう応援するしかねえ」
「作り手の陛下とゴルフェラニもこう言ってくれてますが、しかし、残る時間はあと一〇分!
果たして、完食できるのか!?」
サシャの言葉に、あまり意識していなかった時計を見やる。
この催しに合わせ設置したそれは、確かに残り時間一〇分を切っていた。
俺を含めたスタッフたちと、まだ意識が残っている闘士たちの視線が、一斉に辺境伯領一腕の立つ殺し屋に集まる。
集まるが、しかし……。
「ああーっ!
ついに殺し屋の手が止まった!
やはり、このデカ盛りを完食することは不可能なのか!?」
そう、殺し屋はついに箸を止めてしまったのだ。
そのまま、しばし沈黙を保つ。
「あれは、限界か……?」
「いや、主人公であるこの俺には分かる」
ゴルフェラニの言葉を、否定する。
「奴は今、回想しているんだ」
「回想だと? どういうことだ?」
「おそらく、貧しい生まれでろくに食うこともできなかっただろう幼少時代……。
ひょっとしたら、そんな暮らしの中で悲しい別れも経験したかもしれない。
そして、殺し屋にまで身を落としての日々……。
それら全てが走馬灯のように去来し、奴に限界を超えるための力を与えようとしてるんだ」
「なんと……。
では、貴様も何かあった時は過去の出来事をいちいち思い返したりしているのか?」
「いや、俺自身はそういうのやったことないな。
兄上と戦った時も、初見殺しの技でハメ殺したし」
「さすが、主人公の風上にも置けぬクソ外道だな」
「ムッハハハ! 誉め言葉として受け取っておこう」
俺たちがそんな会話を交わしていると、いよいよ回想が終わったのか、辺境伯領一腕の立つ殺し屋がくわと両目を見開く。
そして、箸で焼きそばの麺を掴み取り……少しずつ、少しずつこれを食べ始めた。
「……回想とやらで力を得た割には、あまり勢いがないようだが」
「そりゃもう、満腹中枢ガッチガチに刺激されてるもん。いきなり食欲が増したりすることはないよ。
世の中、イヤがボーンしてどうにかなるほど甘いもんではないということだ」
そう、俺の言った通り、殺し屋は劇的な復活を遂げたわけでも、パワーアップをしたわけでもない……。
しかし、その手が止まることは決してなく……。
ついに解禁した水での流し込みも併用することで、おお……ついに……。
「辺境伯領一腕の立つ殺し屋! ついに……最後のひと口を食べました!
残り時間十五秒! 完食! 完食です!」
サシャの言葉に合わせ、殺し屋が空となった皿をカメラに向けて掲げる。
そこには、麺ひとつ、野菜の切れ端ひとつ残されていない……。
ケチのつけようがない――完食だ。
スタッフたちが……。
散っていった他の闘士たちが……。
そして、俺と――蹄でどうやってるのか知らんが――ゴルフェラニが、万雷の拍手を送る。
辺境伯領一腕の立つ殺し屋――お前がナンバーワンだ!
そもそもは、食い物を巡る言い争いで始まったこの対決であったが、ここにはもういさかいがない。
ただただ、殺し屋という一人の闘士を皆が讃えていた。
「さて、戦いが終わったところで、残された焼きそばですが……」
と、拍手が終わったのに合わせてサシャがこちらを見やる。
「これに関しては、もったいないので作り手であるお二人にも食べて頂きましょう!」
「へ?」
戦いを終えた闘士たちの視線が、一斉にこちらへと注がれた。
いや、これはフードに挑むファイターのそれではない……。
俺という魔王に向けられた、勇者たちの眼差しだ!
「い、いやいやいや! そんなの聞いてないし!」
「え? でも企画会議の時にそんな話になりましたし、テロップでも最初に表示しちゃいましたよ?
それに、一人分余分に調理してもらいましたよね?」
「あれって事前撮影用じゃなかったのか!
ちくしょう! 会議の時にうっかり居眠りしちまったから! ちくしょう!
ご、ゴルフェラニ……!」
「ヒヒーン」
「あ、ずっけえ! 急に草食動物へ戻るな!」
そのようなわけで……。
今回は楽な役回りだと思っていた俺も、しっかり体を張らされたのであった。




