運転免許
騎士といえば、第一に重視されるのが武技であり、第二に重視されるのが馬術である。
しかし、ならばそういった芸のみを磨いていけばいいのかといえば、そのようなことはない。
戦士階級として人の上に立ち、尊敬を勝ち取るためには、礼儀作法の習得や、王国法に関する知識が必要不可欠であり……。
そのため、ロンバルド王国では騎士叙勲を受ける者らに対し、筆記での試験も課しているのである。
とはいえ、不合格だった場合は、多少の期間を置いて再試験も受けられるため、九割九分八厘が突破できる程度のやさしい代物であった。
もちろん、正騎士として叙勲を受けたルジャカ・タシーテもそれを難なく突破している。
だが、そんな彼をして、この状況には緊張せざるを得ない。
「では、いいか、ルジャカ?
第一問だ」
机を挟み、ルジャカに問題を出そうとしているのは、尊敬しその剣を捧げし正統ロンバルドの王――アスル・ロンバルドその人なのだから。
「夜間の運転は危険なので、気をつけて運転しなければならない。
マルかバツか?」
しかし、彼が口にした問題は、事前に伝え聞いていた通りのごくやさしいものであった。
これならば、迷う必要などない。
ゆえに、ルジャカは力強くうなずいたのである。
「マルです!」
――パアン!
それは、まばたきの間よりも素早く差し込まれた。
気がつけば、ルジャカの頬には熱い痛みが走っており……。
対面のアスル王は、平手を振り抜いていたのである。
平手を受けたことにも気づけず、また、そもそもどうして叩かれたのかも理解できない……。
ひたすら困惑するルジャカに対し、王は重々しく口を開いたのだ。
「ルジャカ……。
昼間も気をつけろ」
「ええ!?」
『マミヤ』内に存在する王の私室兼総司令室に、実直な騎士の驚嘆が響き渡った。
――
――自動車。
古代の人々が発明した、実に便利な乗り物だ。
確かに、純粋なエネルギー効率の観点で見たならば、列車には水をあけられるだろう。
だが、特定区間しか移動できない列車と異なり、様々な場所に移動可能なのは、自動車にしかない利点である。
以前から、正統ロンバルドの王都ビルクで試験的に運用していたこの乗り物を、俺はいよいよ本格的に市場へ流し始めた。
目的は、王都フィングのほど近くへ構築した拠点への補給と、それに伴うロンバルド王国全土への流通経路構築だ。
先に述べた通り、輸送効率の観点で見るなら線路を通す方が優れているし、事実、獣人国とファイン皇国間ではそちらを採用している。
今回、それをしなかったのは、線路を通す第一候補の主街道が敵――スオムス――に抑えられているためであった。
どうせ線路を引くならば、最大限の利便性を追求したい……。
というわけで、鉄道網構築は将来ロンバルド全土を手にした時の課題とし、流通をつかさどる皆さんには自動車でがんばってもらうことにしたのである。
ソアンさんの推薦で自動車工場を立ち上げさせていた納屋衆の一人が、いよいよこれを本格稼働させるのに成功していたというのもあるしな。
いつまでも、『マミヤ』の超技術で生み出された品を分け与えるだけではいけない。
民間で造り、売買し、発生した利益から税を受け取る仕組み作りが必要なのだ。
こればかりはスピード勝負のため、道路はキートンに速攻で敷かせた。
それを使い、多くはローン払いでトラックを購入した商人たちが、いよいよロンバルド全土へ物を移動させていく……。
結果、何が起こったかは、語るまでもないだろう。
「横転、衝突、ガス欠による立ち往生……。
まさか、ここまで事故が多いとは思わなかったからな。
運転させるにあたって、資格を必要とさせるのは当然のことだろう?」
そう――生まれて初めてハンドルを握った皆さんは、あっちゃこっちゃで実にバラエティ豊かな事故を起こしてくれたのである。
「モヒカンや修羅の皆さんを見ていて、感覚がマヒしてしまってましたからね……。
すでに運転できるタフボーイから簡単な講習を受けるだけでは、こうなりますか」
俺の言葉に、ルジャカが腫れ上がった頬を押さえながらうなずく。
「元より、便利ではあっても危ない乗り物であることは認識していた……。
が、急ぎで導入したかったのと、身内連中があっさり乗りこなしていたのとで、販売条件をゆるくしすぎてしまってたな。
そもそも、モヒカンたちは教えるのに向いてる方じゃないし」
「だからって、さっきの問題はどうかと思うぜ?
ただの引っかけじゃねえか」
「イエス。
辺境伯領一腕の立つ殺し屋が言うように、これは合格率の低下だけを目的とした問題に思えます」
立ちながら俺とルジャカの問答を見守っていた辺境伯領一腕の立つ殺し屋とイヴが、揃って非難の言葉を告げる。
「だってよー。
真面目に問題作ったら、ごく当たり前のことを当たり前に答える問題にしかならなかったんだよ」
「いや、ごく当たり前のことを習得させるための試験なんだから、そりゃそうだろと思うが……」
「イエス。
なぜ、そこで謎の工夫をしてしまったのですか?」
「陛下……。
恐れながら、これに関しては私も同意見です」
俺に絶対の忠誠を誓うルジャカからすらそう言われ、さすがに少し考え込む。
「それに、モヒカンたちによってまちまちだった教習内容は一新すると同時に統一し、一定の基準に達してない奴は弾くことにしたんだろ?
例のけったいなゴーグルも使うようにしてさ。
だったら、学科の方は誰でも合格できるくらいでいいんじゃないか?」
「けったいなゴーグルというか、スクールグラスな。
まあ、あれ使えば実際に車を動かすのと同じ体験ができるわけだし、確かになあ……。
でも、せっかく色々と問題考えたんだよなあ」
辺境伯領一腕の立つ殺し屋が吐いた裏家業の者とは思えぬ正論に、腕を組んだ。
「マスター、せっかくなのでその問題とやらを今、出題してくれますか?」
すると、イヴがそんなことを言ったので、俺はノリノリでそれらを明かしたのである。
「まずはこれだ!
運転免許証を家に忘れて運転した場合は無免許運転である。
これはバツだ。運転免許証不携帯という違反になる」
「ほうほう、それで他には?」
「次はこいつだ!
対面する信号が青色灯火のとき、車は直進、左折、右折をすることができる。
車とある以上、馬などの軽車両も含まれるんだなあ。軽車両は二段階右折しないと!」
「陛下、他にはどのような問題が?」
「こいつは名作だぞ!
高齢者が通行しているそばを通るときには、一時停止か徐行をしなければならない。
体の不自由な人が歩いてる時はそうだが、高齢者がイコールで体が不自由なわけじゃないんだなあ!」
我が必殺の問題を聞いた三人が、互いに視線を交わし合う。
フ……感心し過ぎて声も出せんか。
と、思いきや、三人揃って口を開いたのである。
「却下だ」
「恐れながら却下で」
「イエス。
私も却下すべきと判断します」
めっちゃダメ出しされ、俺の考えた問題は全て不採用となったのであった。
……ちぇっ。




