必勝形
港湾部を除いた街の外周は、選りすぐりの石材を組み合わせた重厚な城壁に守られており、まさに、城塞都市の手本と呼ぶべき威容を誇っている。
――石の街。
それが、王都フィングを初めて訪れた者の抱く感想であるらしい。
なるほど、外周を守る城壁は当然として、その内側に存在する建築物も、多くが石材を用いた石造りのそれであった
俗に王都建築とも呼ばれる石工技術の粋を集めたのが、中央部から街全体を見下ろす我が生誕の地――ロンバルド城である。
特徴的なのは、その無骨さだ。
例えば、ファイン皇国が獣人国の王都へ新しく建造したノイテビルク城などは、白亜の色合いといい、全体的に湾曲したラインが組み合わさっていることといい、いかにも装飾的であるのだが、うちの城にそういった遊び心は一切ない。
おそらく、建国王ザギ・ロンバルドの性格が反映された結果なのだろう。
城を構成するラインはどこまでも直線的であり、見た目の美しさや居住性よりも、まずは何よりも防御力を求めていることがひと目で分かる造りとなっている。
しかし、余分を削ぎ落とした先に生まれるものもまた――美。
城というものに本来求められる能力を最優先に建造したこの城は、王家の力を示す象徴であり、この地へ暮らす人々に安寧を保証するシンボルマークなのだ。
まあ、その代償として夏はクソ暑いし、冬はクソ寒いんだがな!
いや、本当、建国王の精神は尊敬するけど、毎日暮らす場所としてはどうかと思うよ。
正直、ダンボールでこさえた小屋とどっちが暮らしやすいかと聞かれたら、前者を選んでしまう自信がある。
閑話休題。
力の象徴である王城と、精神性の象徴である大聖堂に見守られながら暮らす人々の数は、およそ十五万人ほどだ。
産業として活発なものは何かと聞かれれば、まずは漁業と答えるだろう。
港湾部には、漁船や釣り船がいくつも連なって係留されており……。
市場には、毎朝捕れたての魚介類が並んでいる。
感心するのは、市場に設けられた海水を引き込むための仕掛けだ。
言うまでもなく、魚介類にとって最大の敵は時間だ。
何しろ、締めてしまえばその先は鮮度が低下する一方なのだから、これを長持ちさせるには工夫が必要となった。
工夫のひとつが魔術を使い冷却させることであるが、希少な魔術師がそうそう見つかるはずもなく、これは王侯貴族に献上するような品限定の手法となる。
――そんなお金はない!
――でもでも、新鮮なお魚が食べたい!
そんな欲張りさんたちのニーズに応えるべく、誰か昔の頭いい人が考えたのが先述の仕掛けであった。
上水道と同じ仕組みのそれは、市場の至る所に海水を引き込んでおり、各店舗は月額の利用料と引き換えにこれをいくらでも使うことができる。
では、どのようにこれを使うのかというと、売り物の魚が並べられたまな板の上に、引き込んだ海水を流し続けるのだ。
それによって、売り物の魚介類は冷却され、限界はあるものの鮮度を維持されるのである。
そうやって売り出された魚は、住民たちの食卓を彩り、主要なカロリー源となるのであった。
漁業の他にも、商業が盛んである。
例えば、当然ながら今は停止しているが、かつては、ベルクが治めるハーキン辺境伯領から海路で木材を仕入れ、それを王国全土へ供給していたのがこの都市だ。
そもそもが、国内で最大の人口を誇る都市であるのだから、暮らしている人々の生活を支えるため商人や職人が増加することになる。
――質も問えるし、なんでもある。
それこそが、ロンバルド王国の王都フィングなのであった。
まあ、今はどこかの誰かさんが陸も海も封鎖してしまっているので、質は問えないしあんまり物もないけどな!
そんなどこかの誰かさんこと、俺――アスル・ロンバルドは、『マミヤ』からプレハブ小屋を立ち並べた即席の街に降り立ち、久々に吸う故郷の空気を満喫していた。
「くぅ~! やっぱり、生まれ故郷は空気がちがうぜ!
いや、建国宣言の時も王都には入ったけど、あの時は気を抜く暇がなかったからな」
「ザナクやベッヘの城壁も立派でしたけど、ここはそれ以上ですね。
それに、なんだか風格というか、歴史を感じます」
俺の後に続いた赤毛の妹弟子――サシャが、イーシャとバファー両辺境伯領領都の名を出しながら、王都の城壁を見上げる。
「キートンとかを見てるとかえって思うけど、人間の力でもこれだけのもんが作れるんだなあ」
「当然、これを完成させるまでには緻密な計算や指揮が必要不可欠となる。
まさに、人の力と知恵が組み合わさった結晶といえるだろう」
同じく赤毛の弟弟子――ジャンの言葉に、我が兄弟子たる禿頭の商人ソアンさんがそう語った。
ソアンさんと視察兼打ち合わせをしがてら、サシャたちに王都を間近で見せてやろうと連れ出したのだが、結果的にビルク先生の弟子チームで出かける形になったな。
「でも、キートンに頼んだり、『マミヤ』の力を使えばあっという間なんだよなあ。
なあ、兄ちゃん?
どうして、今回は難民の自治区を作った時みたく、あっという間にやらなかったんだ?」
「理由はふたつ。
ひとつは、単純にに練兵だな。
もうひとつは……」
ジャンの質問に答えていると、残りはサシャが引き受けてくれた。
「人と物とを動かさないと、お金の流れができないでしょ?
ここに建ってるプレハブだって、『マミヤ』ではなく、工場で難民の方たちが作ったものなんだから」
「さよう。
そして、それはこれから先の戦いでも同じだ。
魔物がいなくなったことにより、侯爵連合軍が布陣している地点以外は、ほぼ移動が制限されなくなったのでな」
ソアンさんの言葉に、うなずく。
「そこで、キートンが今、侯爵連合軍を迂回する形の道路作りに励んでいるところだ。
自動車の移動力なら、多少の遠回りは相殺できる」
「物が動くと、仕事ができて、働く人たちがお金もらって、兄ちゃんに税金払うわけか。
なるほどなあ」
頭の後ろで腕を組んだジャンが、感心したようにそう言う。
我が弟弟子よ、特に最後の税金払う部分が大事だぞ?
「でも、そんなことしなくても、普通に戦えば勝てるんじゃないか?」
「まあ、勝てるっちゃ勝てるけど、敵にも味方にもなるべく犠牲出したくないのよ。
と、いうわけで、犠牲を抑えつつ、かつ、確実に勝てる戦法を選んだわけだ。
つまり……」
周囲に立ち並ぶプレハブ小屋と、そこで暮らす兵たちを眺めて歩きながら、俺はその戦術を口にする。
「……兵糧戦をな」
これこそ、頑強な陣地に立て籠もった敵に対する、必勝の戦術であった。




