都市、生まれる
「大したもんだねえ。
あれだけの兵隊さん従えて、あたしらに食べ物まで恵んでくれてさ」
野良仕事の途中……。
小休止を挟み、街道を大蛇のごとく歩む正統ロンバルドの軍勢を見やりながら、その農民女はそう言った。
ここら辺は、小高い丘となっており、街道の様子がよく見えるのだ。
「ああ、食べ物ってのは、ある所にはあるんだなあ……」
「あるなんてもんじゃないよ。
あの、焼きそばって料理の美味さといったら……!」
昨日、村で振る舞われた焼きそばという料理……。
その味わいを反芻しながら、女は夫にそう言い放った。
「ああ、ありゃ大層美味かったなあ。
でかい馬が二本足で立って、喋って、料理までしてたのには、驚いたが……」
「あんた、あんまり細かく考えたら気が触れるよ」
「おお、いけねえ。いけねえ……」
妻にそう言われた農夫が、頭をかく。
油断すれば、自分も髪をトサカのごとく整え加わってしまいそうな、謎の吸引力が正統ロンバルドの軍勢には存在した。
「まあ、馬はともかくとして、一緒に焼きそば作ってた兄ちゃんの腕前は大したもんだ」
「ああ、ありゃあ焼きそばを作るために生まれてきたにちがいないよ」
「焼きそばに愛され、焼きそばを愛して生きるんだなあ……」
妻の言葉に、農夫がしたり顔でうなずく。
そんな、焼きそばの申し子が従える軍勢……。
正統ロンバルドの軍は、ついに先遣部隊が王都へ到着しつつあった。
それも、ただの軍隊ではない……。
――ヒャッハー!
それぞれがバイクにまたがった、タフボーイたちの一団である。
――ヒャッハー!
彼ら、モヒカンと修羅たちは、エンジンの爆音を響かせながら王都周辺部を走り回り、人の行き来というものを不可能にしていた。
しかも、王都に到着したのは地を進む者たちのみではない。
海を見れば、そこに浮かんでいるのは巨大な船舶である。
鋼鉄の装甲に覆われた船体は見るからに頑丈そうであり、仮に、王都で係留されている既存の船で戦いを挑んだ場合、乗り込むことすらかなわず粉砕されるのが目に見えていた。
さらに、海上へ姿を表したのはそれだけではない……。
おお……見るがいい……。
海面が徐々に徐々にと持ち上がり、何か巨大な物体が浮き上がってくるではないか!
それだけならば、迷子となったクジラでも浮上してきたのかと思えるだろう。
だが、全身を装甲で覆われたクジラなど、存在しようはずもない。
となれば、これが人造物であることは疑いようもなく……。
甲板も何も存在しないが、船舶であると推測する他になかった。
正統ロンバルドは、海中に潜れる船すら建造しているのだ。
二隻の巨大船は、沖合へ静かに停泊しているだけである。
だが、その迫力と威圧感を前にして、船を出そうと思う者などいるはずもなく……。
地上と同様、海上もまた、封鎖される形になった。
周辺部ではタフボーイたちが昼も夜も問わずヒャッハーし、海上には巨大船たちが無言で居座り続ける……。
そのような日々が数日続くと、王都周辺部にある変化が生じた。
先遣隊であるタフボーイに続き到着した、正統ロンバルドの本隊たち……。
続々と姿を表した彼らが、何やら工作を始めたのだ。
引いている馬もいないというのに、実に力強い走りを見せるこれも鋼鉄の四輪車に積まれた資材が、次々と運び出されていく。
どうやら、それらはひとつひとつが壁であり、窓であり、屋根であるらしく……。
本隊の兵たちが共同して組み立てると、恐るべき速さで建物が出来上がっていくのであった。
完成したそれは、長屋だ。
簡易ではあるが、居住するには十分以上な造りをした長屋が、王都周辺部の平原地帯に建てられていくのである。
日を追い、到着した兵の数もそういった建物の数も増えてくると、これはもう街といって過言ではない規模になっていった。
毎朝、煮炊きの煙が立ち昇り、一画では共同で洗濯物が干され、夜ともなれば敵地を前にしているというのに、酒が振る舞われていく……。
正統ロンバルドは、王都の眼前に自分たちの生活を持ち込んでいるのだ。
果たして、これなる即席の街はどこまで広まっていくのか……。
王都の民が固唾を飲んで見守っていると、ついに、その終わりを告げるモノが姿を現した。
陸からやって来たのではない。
それは、空の彼方から現れた。
全体は、不思議な光沢の金属で覆われており……。
緩やかに湾曲したシルエットは、鳥類のそれにも似ている。
しかし、この実に巨大な建造物を浮かべているのは、翼の羽ばたきではない。
――光だ。
底部から発された不可思議な光から、浮遊力と推進力が与えられ、空中を滑るように移動しているのである。
王都に暮らしていて、これの名と姿を知らない者など存在すまい。
――『マミヤ』。
現在は逆賊としての扱いを受ける第三王子が発見せし、超古代の遺物である。
正統ロンバルドの象徴とも呼べるこの飛翔船が、建国宣言の時と同様、王都へ姿を現したのだ。
ただし、あの時と異なるのは、そのまま上空から王都へ入ることはせず、仮組みされた街の中央部へと着陸したことである。
こうなると、正統ロンバルドがこしらえたそれは、いよいよ都市としての色合いが強くなった。
『マミヤ』の威容は、地に降り立ってなお印象的であり、フィングが誇りしロンバルド城のそれに勝るとも劣らない。
シンボル足り得る存在を得た即席の街は、王都の隣へ今まさに産声を上げたのだ。
今代の王に至るまで、十八代の歴史を重ねし王都フィング……。
そして、またたく間に構築され、中央には超古代の遺物が鎮座せし名もなき都市……。
両者が並ぶ光景は、新旧二つのロンバルドによる戦いを象徴するかのようであった。




