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侯爵連合軍の決断

 ――多くの犠牲を払い、手にしたにしてはチンケな場所だ。


 かつて、正統ロンバルドが自分たちに対する守りとして構築し、今はこちらに手にある長大な木柵の防衛陣を眺めながら、そんなことを思う。

 この防衛陣はただ柵を並べているだけではなく、要所に兵が駐屯するための宿舎や見張り用の(やぐら)が建てられており、男が今いるのはそんな(やぐら)のひとつであった。


「よう、スカーフェイス。

 傷の具合はどうだ?」


「んあ、魔術師の人がどうにか塞いでくれたからな。

 跡は残ったけど、もう布で巻く必要はねえさ。

 交代か?」


 ハシゴを登りながら話しかけてきた兵の一人に、そう返す。

 あの戦い……。

 命を失った者に比べればマシであるが、自分もまた失ったものがあった。

 すなわち、本来の顔である。


 一致団結し、どうにか柵を乗り越えた後……。

 乱戦状態と化した戦場で、男はがむしゃらに暴れた。

 元より、徴兵された農民であり、武芸の心得などあるはずもない。

 殴っては殴られ返し、切っては切られ返し、刺しては刺し返されたというのが、あの時における男の姿であった。


 今、こうして生きているのは、男の生命力が自身でも意外なほどたくましかったこと……。

 そして、何より、たまたま致命傷を受けずに済んだという奇跡的な幸運の賜物である。


 ただし、代償がなかったわけではない。

 全身に大小無数の傷を受けた男は、周囲の者からおとぎ話に出てくるミイラそっくりとからかわれるような有様になっていたのだ。


 そして、ようやく魔術師の治療を受ける番が回り、傷は塞がったのだが……。

 魔術では傷跡まで消し去ることがかなわず、男の顔は傷だらけの顔――スカーフェイスのあだ名がふさわしいものへと、変貌してしまったのであった。


 ――正統ロンバルドの技術とやらなら、これも消せるのかな。


 そんなことをちらりと考えた自分に、苦笑する。


 ――消す気なんて、ないくせに。


 顔といわず、全身に刻まれたこの傷は、絆だ。

 戦死した、同郷の友……。

 そして、同じように倒れた者たちの意志が、宿っているように感じられた。

 彼らが守ってくれたからこそ、これらの傷は命に届かなかったのだと、そう思えてならないのである。


「ああ、交代だ。

 それと、侯爵様がお呼びだったぜ」


「侯爵様が?

 分かった。すぐに行く」


 変わったものといえば、自分の人相以外にもうひとつあった。

 周囲からの、扱いである。


 どうやら、あの戦いで近くにいた者たちの目に、自分の戦いぶりはよほど印象に残ったらしく……。

 今では、ちょっとした騎士のごとき扱いを受けているのだ。

 実際、侯爵から直々に誘われはしたが、それは断っている。


 自分はあくまで農民であり、この戦いが終われば友の遺髪を手に、故郷へ帰る腹積もりなのだ。

 しかし、それはあくまで先の話……。

 戦いが続く間は、最大限周囲の期待に応えるつもりだった。




--




「来たか」


「遅くなりました」


「いや、見張りだったのだろう?

 問題はない」


 正統ロンバルドの兵たちが、休息するために建てられた宿舎のひとつ……。

 今は、生き残った中で有力な者たちが集まり、この地における差配所と化しているそこで、スオムス・ラフィン侯爵は鷹揚(おうよう)にうなずいた。

 先んじて集まっていた騎士たちも、同様にうなずく。

 認めてくれるのは嬉しいが、この堅苦しいというか、形式ばったやり取りはどうも肌に合わなかった。


「では、揃ったところで話し合うとしよう」


 山賊爵の異名を持つ人物が、机の上に羊皮紙を広げる。

 そこに描かれているのは、どうやらロンバルド王国の全土を表した地図のようであった。

 もっとも、王家の命で狩り集められる前、村の『テレビ』で目にした天気予報で映されていたそれに比べると、詳細さでは大きく劣るが……。


「我々が今いるのは、ここだ」


 おそらく、地図を見る機会も知識もない自分に配慮してくれたのだろう……。

 スオムス侯爵が、地図の中央部を指差す。


「そして、王都フィングがこの都市……」


 続いて、地図の右側――東側ということか?

 海に隣接する形で記された大きな街を、指し示す。


 ――へえ、これが噂に聞く王都か。


 田舎者丸出しな感想を抱く自分をよそに、スオムス侯爵が全員の顔を見回す。


「第二王子ケイラー殿下率いる軍勢が、賊軍との決戦に破れたのは、先日伝えた通りだ。

 そして、他国からの援軍も得て勢いづいた賊軍は、反転攻勢し王都に迫ろうとしているらしい」


 うめいた者と、そうでなかった者とは半々であり、自分は前者に属した。

 侯爵が今告げた情報は、おそらく持ち込んだ『テレビ』から得られたものであり……。

 驚かず、ただ険しい顔でいる者たちは、侯爵と共にそれを見ていたにちがいなかった。


「ゆえに、我らには二つの選択肢がある。

 ひとつは、当初の予定通り、このまま前進し王国中央部の制圧を目指す道……。

 そして、もうひとつは大返しを行い、おそらくは籠城するであろう王都へ援軍として駆けつける道だ」


 そこまで言った後、侯爵が集った一同を見回す。

 そして、再び口を開いた。


「いずれにせよ、困難な道のりだ。

 何しろ、前方からはイーシャとバファーの両辺境伯家が、立て直した軍勢を率いて迫っている」


 あの戦い……。

 無我夢中だった自分は覚えていないが、敵の退()き方は実に鮮やかなものだったという。

 おそらく、こちら側を削るだけ削って、それがかなったなら、さっさと退却する手はずだったのだ。


 つまり、この防衛陣は、最初から明け渡す前提で構築されたものだったのである。

 となると、緒戦の傷を最小限に抑えた敵が、万全の準備をして向かってきていることになった。

 対して、こちらは……。


「みんな、ぎりぎりのところで踏ん張ってここにいる。

 いまさら、故郷すら通り過ぎて王都まで行けって言われて、ついていける奴がいるとは思えませんね」


 知らず、そう発言していた。

 身分を考えれば、参加していることの方がおかしい場であり、話した内容も否定的なものである。

 しかし、それを咎める者がいないのは、皆、心中で同じことを考えていたからに他ならなかった。


「んで、喧嘩ってのは、弱腰になって引いたらとことんまで殴られるもんです」


 だから、そこまで言い切ってしまう。

 これ以上、見知った人間が犠牲となるのは避けたかった。

 何より、体中の傷がうずいてならなかったのである。


「……だな」


 深く……。

 深く考え込んだ末に、スオムス侯爵は同意の意思を示した。

 そして、一同に向けてこう言ったのである。


「大返しは、現実的に不可能……。

 ゆえに、我らはこの地へ踏み留まり、せめて、イーシャらを釘付けとする」


 こうして……。

 ラフィン侯爵家を中心とした連合軍は、その動きを決定したのであった。



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