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混乱の王都

 秋を迎え、ようやくにも暑さが落ち着き、過ごしやすくなってきたこの時分は、ハロウィンに向け、何かへ反省を促すダンスの練習に取り組むというのが、ロンバルドの王都フィングにおける例年の光景であった。


 しかし、今年はちがう。

 王都で暮らす人々はかぼちゃでマスクを作ることもなく、ただ、不安で顔を曇らせていた。

 それどころか、それがかなう者は王都を脱し、他の場所へ移住すらしていたのである。


 生まれ育った街を……しかも、この国において最も栄える都市を捨てるというのは、並大抵の覚悟でできることではない。

 彼らを、そうまで駆り立てた理由……。

 それは、教会が発行する新聞であった。


「ケイラー様が……王国一の大騎士が、討ち取られたなんて!」


「しかも、アスル王は報復を決意し、大軍勢と共にこちらへ向かっているとあるぞ!」


「市民に対しては一切の危害を加えないと、教皇猊下(げいか)が保証しているらしいが……」


「一体、フィングはどうなってしまうんだ……!」


 そう……。

 『テレビ』という、正統ロンバルドからの伝言板を失った王都民たちであるが、最新の情勢に関しては教会発行の新聞を通じ、知ることがかなっていたのである。


 太っ腹にも無償で配布されているこれには、いかなる絵画でも及ばないほど精緻な絵図と共に、最新の戦況が記されているのだ。


 それによれば……。

 第二王子ケイラー率いる王国軍と正統ロンバルドは、ハーキン辺境伯領の領都ウロネスにほど近い戦士の平原にて激突。

 復興した獣人国と、密かに手を結んでいたファイン皇国からの援軍が決め手となり、最終的には正統ロンバルドが勝利。

 指揮官である第二王子も戦死し、敗残した王国軍の兵は正統ロンバルドの管理下に置かれているという……。

 しかも、魔物の発生もついに収まり、後顧の憂いなく反転攻勢へ(のぞ)めるというのだ。


 しょせんは、紙に書かれた絵図と文章である。

 しかし、発行しているのが他ならぬ教会であるというのが、人々から疑心を取り払っていた。

 主の代弁者たる者たちの言葉を疑うなど、ありえないことなのだ。


 そうなると、問題になるのはこの地へ迫っているという正統ロンバルドの軍勢……。

 そして、それに対する王家の反応である。

 まさか、栄光あるロンバルド王家が無条件に降伏するつもりもあるまい。

 ならば、いずこかの地で決戦を挑むのか……。

 あるいは――この地にて、籠城戦を決め込むのか。


 後者だとした場合、他人事のようにはしていられないのがこの地へ住む者たちだ。

 王都フィングは巨大な城壁に囲まれた城塞都市であり、ここで籠城をするというのは、住民全てが戦闘に巻き込まれることを意味するのである。


 たまったものではない。

 なるほど、正統ロンバルドの王アスルとも連絡を取り合っているという、偉大なる教皇猊下(げいか)が保証するというならば、直接的な攻撃で殺されるということはあるまい。

 だが、籠城をしている間、果たして自分たちの生活はどうなってしまうのか……。


 ゆえに、王都を脱しても生活が可能な者――富裕層を中心とする者たちは、この都市を捨てた。

 彼らの向かう先は、周辺諸侯の治める領地や、ラフィン侯爵領の領都ミサンである。

 王都を脱するための手続きや、移住先に受け入れてもらうためのそれには、多額の献金や裏金を必要としたが、彼らは財産をすり減らしてでも身の安全を求めたのであった。


 一方、大多数の王都民は、そう簡単に生まれ育った地を離れることなどできぬ。

 封建社会において、大抵の人間は生まれた地に根付いた暮らしをしているものであり、そこを離れれば生きる場など存在しないのだ。


 では、彼らはこの事態に対して、いかなる反応をみせたか……。

 その答えは、買い占めである。

 食料、石鹸、(たきぎ)など……。

 生活する上で欠かせぬ必需品を、人々はこぞって買い求めた。


 そうなると、これを扱う商人の反応は決まっている。

 ……売り渋りだ。

 沸騰する市場に対し、彼らは商品の供給を渋ったのであった。

 値を釣り上げる機会が見えたならば、それを見逃さないのが商人という生き物の習性である。

 従って、それら生活必需品を扱う商人たちは在庫を売り惜しみ、市場をますます混乱させたのだ。

 安定した商路構築と供給のため、寡占的な市場を形成していたのが、裏目に出た形といえよう。


 生活を守るため、必要な品を求める市民たち……。

 そして、この機に乗じて最大の利益を得ようと目論(もくろ)む者たち……。

 両者の対立は決定的なものとなりつつあり、正統ロンバルドの軍勢が到着するのを待たず、王都フィングは戦場のごとき殺伐(さつばつ)とした空気に包まれていたのであった。




--




 建国王ザギの宝剣が飾られし、大円卓の間……。

 王国の行く末を決定する会議がなされるこの場に立ち込めるのは、重苦しい沈黙であった。

 黒檀(こくたん)でこしらえられた大円卓に着きし者たちは、いずれもが落ち着かない様子であり……。

 しかも、上座――最高権力者であるロンバルド18世が着席するためのそこは、空席となっているのだ。


「陛下は、一体……」


「お主も聞いていよう?

 例の、テレビから伝えられた情報だ」


「ケイラー殿下戦死の報を聞いて以来、陛下は著しく体調を崩されておられる」


 参席を許された国の重鎮たちが、ひそやかに会話を交わす。

 王都の市民たちは、教会発行の新聞によって知った情報であるが……。

 テレビを狩り集めた王城においては、いち早くその報道から敗戦の事実を知っており、ただでさえ老齢の現国王は息子を失った悲しみで食べ物も喉を通らない有様となっていたのだ。


「一体、この国は……フィングはどうなってしまうのだ?」


「賊は……いや、アスル陛下は敗残した兵を処するでもなく、厚遇をもって迎えているらしいではないか?

 ならば、滅ぼすということはあるまいよ」


「吸収するということか……。

 その場合、我らの立場は……」


「無論、いち早く同調を示した者たちと同じ扱いは望むべくもないが……。

 しかし、この王領において王家に歯向かう選択などしようがないということは、加味してくれるお方のはずだ」


 交わされる会話は、いずれも敗北を前提としたものであり、己たちの保身を考えてのものである。

 しかし、それも現在の戦況を考えれば、当然のことであった。


「――待たせたな」


 そのような会話がぴたりと収まったのは、国王ロンバルド18世に次ぐ権力を持つ人物――第一王子カール・ロンバルドが、ようやくにも姿を現わしたからであった。


「父上は体調が優れぬため、私が代わりを務める。

 ゆえに、我が言葉は父の言葉であると心得よ」


 そう言いながら、第一王子が本来父王の着くべき席に着席する。

 果たして、彼の人相が変わったのはいつ頃からであったか……。

 王国で一、二を争うと言われた美男子には、どこか得体の知れない野性味のようなものが備わっていた。


 いや、これは……怒りや、殺意と呼ばれる感情である。

 抑えきれない破壊的な衝動が、顔の血管を浮かび上がらせ、整い過ぎるほどに整った顔立ちを歪めているのだ。


「まず、最初に結論から述べておこう……」


 この場における最高権力者となった男は、一同を見回しながらそう言い放つ。

 その背筋を震わすほどの目力(めぢから)も、かつては備わっていたなかったものだ。


「城壁を固く閉ざし、賊軍を迎え撃つ。

 ――籠城戦だ」


 会議の形を取っていながら、有無など言わせず……。

 王都全てを巻き込んでの籠城戦は、決定されたのである。

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[一言] 小田原城攻めを参考して戦うのかな?
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