太く、そして長く
――まるで、地を這う大蛇のような。
その行軍を見た者たちは、一様にそのような感想を抱いたものだ。
ハーキン辺境伯領から、王領へ至るまでの街道……。
これを埋め尽くすようにして、大軍勢が歩んでいるのである。
隊列を組み、突き進む兵隊の姿というものは、個人の集合体でありながら、一つの生物であるかのような印象を与えるのだ。
ともあれ、似たような光景ならば、先日、目にすることがかなった。
他でもない……。
武勇も名高きロンバルド王国第二王子ケイラー率いる軍勢が、まさに同じ道を進軍したのである。
今回、問題となるのは、それに匹敵する規模の軍勢が、全く逆の道行きを辿っていること……。
そして、
――ヒャッハー!
その一団に、多数のタフボーイたちが含まれていることであった。
彼らの風体は、あらゆる意味で異質である。
ある者は、仮面を被り……。
またある者は、鶏のトサカがごとく髪を逆立てていた。
共通しているのは、半裸に近い革装具と、なんの意味があるのか分からぬ肩パッド……。
そして、爆音を響かせながら二輪で走行する奇妙な乗り物に騎乗していることだ。
――ヒャッハー!
何がそんなにヒャッハーなのかは分からぬが、ともかく彼らはヒャッハーしながら大街道を突き進む。
威圧的なのは、その気になればもっと速度を出せそうな雰囲気があるというのに、あえて、軽い駆け足くらいの速度で乗り物を操っているところだ。
彼らを見て、道中の村々や宿場に暮らす人々が取った行動はといえば、ただひとつ。
……固く戸を閉ざし、嵐が立ち去るのを待つように息を潜めたのである。
目を合わせてしまったが最後、井戸の水は枯れ果てるまで汲まれ、倉の食料は来年の種もみに至るまで持ち去られる未来が、理由は分からないが想起された。
しかし、それもはかない抵抗……。
「ヒャッハー! 見ろよ!
村のやつら、家ん中に引きこもってやがるぜ!」
「ヒャア!
そんなことしたって、無駄だってのによ!」
閉じた戸の先から、そんな会話が漏れ聞こえる。
こうなってしまえば、後の展開など予想がつく。
戸は蹴破られ、侵入したならず者たちの手により、略奪の限りを尽くされるのだ。
ことによれば、若い娘などはとても描写できない状況となってしまうにちがいない!
そう予想した者たちは、この状況をなんとかしてくれる救世主の到来を天に祈ったが……。
……。
…………。
………………。
待てども待てども、戸が破られる様子はない。
いや、それどころか……どこからともなく、美味しそうな匂いが漂ってくるではないか!
――一体、何がどうなっているのか。
ついに、恐怖心よりも好奇心の勝った者たちが、少しだけ戸や窓を開け、外の様子をうかがう。
そこで彼らが目にしたのは、恐るべき光景であった。
「ヒャッハー!
麺が茹で上がるぜ!」
「ヒャア!
締めるためのアレは用意できてやがるか!?」
「ヒャハア!
もちろんだぜ! 水だ!」
果たして、どのような仕組みで火を付けているのか……。
ともかく、強力な火力が得られ、しかも、持ち運びに便利そうな煮炊き道具を展開したタフボーイたちが、何やら大鍋で湯を沸かしていたのである。
いや、これはただ、湯を沸かしているだけではない。
――麺だ!
太く、いかにもコシの強そうな麺が、大量に茹でられているのである。
「ヒャッハー!
第一弾、茹で上がったぜ!」
「ヒャア!
すぐさま冷水に入れて締めてやるぜ!」
「ヒャハ!
まだまだ水が必要だ! ガンガン汲んでくるぜ!」
タフボーイたちは、ヒャハヒャハやかましくしながらも、意外な手際の良さで次々と調理を進めていく。
茹で上がった麺が叩き込まれるのは――冷水!
これにくぐらせることでキュッと締まり、ツヤすら得た麺が続々と器に盛り付けられていく。
「ヒャハア!
クッキングモヒカン様監修のタレだ!」
仕上げとしてかけられるのは、見るからに濃厚そうな黒いタレ……。
さらに、彩りとして緑の刻み野菜を乗せることで、それは完成する。
「ヒャッハー!
できたぜ! ぶっかけうどんだ!」
完成した料理……。
それは、かつて『米』の旗を掲げた者たちがもたらしたカップ麺と、似て非なる品であった。
しかし、いかにも艷やかな純白の麺がタレに絡まった様は、こんなにも簡素で乱暴な調理によって生まれたというのに、実に――美味そうである。
「ヒャア!
さっきからチラチラと見てる奴ら、出てきやがれ!」
「ヒャハ!
隠れているつもりだろうが、お見通しだぜ!」
タフボーイたちが、様子をうかがっていた者たちに呼びかけた。
と、言われても、彼らの粗野な振る舞いを見て、ノコノコと出ていける者はそういなかったが……。
「ヒャッハー!
ようやく一人出てきやがったな!」
「ヒャア!
歓迎するぜ!」
ついに、勇敢な若者の一人が閉ざしていた戸を開け、彼らの方に歩み寄ったのである。
「ヒャハ!
さあ! さっそく食ってみてくんな!」
タフボーイの一人が、麺料理の入った器とフォークとを若者に手渡す。
大挙して押しかけるや否や、いきなり料理を始めたならず者たちの視線……。
そして、自身が暮らす村に住まう者たちの視線……。
それらが、若者へ突き刺さる。
異常な状況と、一身に集めた視線の圧力へ、若者はやや臆していたようであったが……。
ついに決意し、麺料理をずずりとすすり始めた。
「う、美味い!」
そして、その目がくわと見開かれる。
「まず、使われている小麦の質がちがう!
しかも、それで作った生地を強烈な力で丹念にこね上げた後、じっくり寝かせたと見た!
時間を置くことで、麺が熟成し、弾力が生まれているんだ!
それを一気に茹で上げた後、冷たい水にさらしたのも素晴らしい!
そうすることで、麺がきゅっと引き締まり、なんとも言えぬ喉越しが生まれている!
そして、このタレ……。
柑橘類の汁を混ぜたこれをかけることで、逆に麺の味がはっきりと浮き上がっている!
ああ……!
俺は今、小麦を食べている!」
これは、間違いない……。
料理が振る舞われた時、やたら丁寧に解説してくれる人だ!
「ヒャッハー!
うどんの美味さが分かったかよ!」
「ヒャア!
俺たち正統ロンバルドは、お前らに決して危害を加えねえ!」
「ヒャハ!
このうどんみたいに、太く長い平和をもたらしてやるぜ!」
タフボーイたちがそう言うと、ついに我慢できなくなった者たちが次々と飛び出す。
「お、俺にも食わせてくれ!」
「あたしにも!」
「お、おらもだ!」
「ヒャッハー!
たっぷりあるから順番に並びやがれ!」
こうして……。
正統ロンバルドの軍は、行く先々の村や宿場で料理を振る舞い、懐柔しながら王都への道を歩んだのである。
ただ、これは彼らの性なのか……。
「ヒャア!
茹でる用の水だ!」
「ヒャハ!
締める用の水だぜ!」
……水は、とかく大量に消費していた。




