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魔物の頭目

 生物が群れを成したならば、その中に頭目と呼ぶべき存在が現れるのは、いかなる生物にも共通する世の(ことわり)である。

 それは、魔物の軍勢であっても例外ではなく……。


 果たしてエンテは、()()を視界に収めることへ成功した。


「なんだ……あれは……?」


 視界へ収めることはしたが、しかし、自分の目にしたものが果たして現実であるのか疑問を抱く。

 敵地に潜入してなお(ほう)けてしまったのは、致し方のないことだろう。


 それほどまでにその魔物は異質な姿をしており、エンテの知識にあるいかなる魔物……どころか、生物とも符合せぬ特徴を持った存在だったのだ。


 二足で直立歩行するその輪郭は、しいて言うならば人型である。

 だが、これを見て人間やエルフ、獣人といった存在を想起する者など存在すまい……。


 頭部のほとんどは、トンボのごとく巨大な眼球に覆われており……。

 口も昆虫のような横開きとなっており、見るからに凶悪な牙が開閉している……。

 ずんぐりとした全身は、いかにも頑強そうな甲殻に覆われているのだが……その上へまとっているのはなんだろうか?

 まるで、衣服のように……。

 半透明な布片(ぬのへん)のごときものが、胸部以外、全身の至る所から生え出し、ヒラヒラと風に揺れているのだ。


「なんて薄気味の悪い奴だ……」


 異形を極めたその姿に生理的な嫌悪感を覚え、吐き捨てる。


「だが、あいつが群れの長と見て間違いないな……」


 が、すぐに気を取り直し、此度(こたび)の目的を果たすべく集落から持ち去ったライフルを構えた。


 エンテがこれなる怪物を見て、群れの長と断じた理由は簡単である。


 群れの中に頭目と呼ぶべき存在が現れるのは、生物共通の法則……。

 そして、その群れが一定以上の規模を持ち、(いくさ)へとのぞむその時……。

 頭目たる者は後方へ控えるのもまた、生物共通の定石なのだ。


 まして、自治区のエルフを束ねる長が父であり、その姿を幼い時から間近で見てきたエンテである。

 他へ指示を下す者が持つ、特有の雰囲気を見間違えることはなかった。


「どうやら、集落目指して行進しているようだが……。

 これは、逆についてるぜ……!

 この状況で連中の頭をつぶせば、守るのがよりたやすくなる……。

 オレの手柄も、より大きくなる……!」


 すでにこの二日間で、スコープの倍率操作といった各種機能は把握している。

 もはや数年来の相棒がごとき迷いなき動作で、ブラスターライフルの調整を済ました。


 大発生した魔物が巣食う、森の奥深く……。

 ここまで魔物らに感づかれず潜入せしめたのは、幸運によるところも大きいだろうが……それ以上に、エンテが生まれ持った天性の才によるところが大である。


 慣れ親しんだ森の中を、魔物らがまとう独特のねばついた気配を避けながら進んでいく……。

 獣道すら存在しない中で、的確に進むべき方角を見い出す方向感覚と、はるか遠方にいる魔物の気配を敏感に察知する勘働きあってこその神技だ。


 だが、これなるはエンテが持つ才覚の半分に過ぎぬ……。

 その真価は、遠方から狙った箇所をあやまたず射抜く狙撃にこそあるのだ。


「距離、五百……。

 目標との間には、多数のやぶや枝きれ……。

 弓だったら、絶対にこんなの当てられねえな。そもそも、届かねえもの」


 ひとりごちながら、スコープに表示された数字や、内部に切り取られた光景を見やる。


「だが、このライフルなら問題ない……!

 風の影響も受けず、曲がることもない……。

 間にある障害物ごと、その頭を撃ち抜いてやる……!」


 地面に伏せ、ゆっくりと呼吸を整えていく……。

 ただ肩に当てるだけでも抜群の安定感を得られるこの武器であるが、不動の大地を支えとすることでさらに精密性は増すのだ。


 そうしながら、他の魔物に囲まれゆっくりと歩み出す頭目の姿を観察する。

 距離が距離であり、場所は森の中だ。

 頭目の姿は木々などにさえぎられ、断片的にしか捉えられぬ。


 しかし、それで十分だ……。

 相手の大きさと未来位置さえ把握できていれば、自分には――当てられる!


「――ッ!」


 もはや、迷いはない……。

 呼吸を止め、引き金を引いた!


 瞬間、手に響くのは、発射された光線が間の障害物を貫通し……目標に直撃したという確かな手応え!

 ……だったのだが、これは。


「――ッ!?

 効いてないだと!?」


 そう、確かにブラスターライフルから放たれた光線は命中した。

 標的の頭部……人間で言うならば、こめかみに当たる部分へだ。

 当たったが、しかし……。


 先日はいかなる魔物をも撃ち貫き、焼け焦げた穴を開けてみせた光線は、頭目たる魔物の表面をわずかに焦がす程度へ留まり……。

 敵はいまだ、健在であった。


「あれは……あのヒラヒラが、何かしているのか!?」


 スコープからちらりと見えた魔物の様子を見ながら、己の推察を口にする。

 エンテの言葉通り……。

 魔物が全身から生やした布片(ぬのへん)のごとき器官から、多大な熱が発され、周囲の空間を揺らめかせていたのだ。


「く……くそっ!」


 二度、三度と引き金を引く。

 放たれた光線は、いずれも的確に魔物の各部位を直撃したが……。

 やはり、同じように表面を焦がすだけであり、何らの痛痒も与えていないと直感することができた。


 そして、このような真似をすれば敵方がこちらを察知せぬはずもない。

 頭目たる魔物の目……トンボのように巨大なそれが、ゆっくりとこちらを向く。


 五百メートルもの距離があるというのに、その視線は確かにエンテのものと交差し……。

 人間のように五指を備えた手が、こちらに向けて振り下ろされた。


「――ちいいっ!?」


 森の中を、おびただしいざわめきが支配する。

 それは、頭目の命を受けて自分に殺到しようとする護衛の魔物らが発したものであり……。

 少女に対する、死刑宣告でもあった。


「――くそっ!」


 慌てて立ち上がり、その場から駆け出す。


 このようなはずではなかった……。

 頭目を失えば、周囲の魔物らも混乱し、その間に自分は悠々(ゆうゆう)と脱出できたはずだったのである。


 しかし、その甘い目論見(もくろみ)はもろくも(つい)え去った。

 エルフが誇る天才狩人は、今、狩られる側へと転じたのだ。


 そこからは、何をどうしたものか……。

 必死で森の中を逃げ、時にライフルを使って追っ手の魔物を迎撃する。

 さすがに、他の魔物らは光線の前に一撃で倒れていったが……。

 何しろ、数が数だ。


 しかも、それは時を経るごとに増していくのである。

 こうなってはもう、ライフルに秘められた光線を撃つ力がもたない。

 念のため持ってきた予備のビームパックも撃ち尽くし……。


 周囲を魔物に囲まれたエンテは、もはや無用の長物と化したライフルを投げ捨て、最後の武器である短剣と魔術でもって応戦しようとしていたのである。


「ここまで、なのか……!」


 涙をぐっとこらえながら、自分に殺意を向ける魔物らを睨む。

 果たして、何を考えているのか……。

 よだれにまみれた凶悪な牙を見れば、想像するにたやすい。


 だが、ただでやられてやるつもりはない……。

 少しでも多くを道連れにしようと、魔術を発現しようとしたその時だ。


 ――ピュン!


 という、音が響いたかと思うと……。

 自分に最も接近していた、狼の特質を備えた魔物……。

 その頭部に焼け焦げた穴が開き、(むくろ)と化したこやつがどうと倒れ伏したのである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 大変面白かった。一気に読み進めてしまった。展開が面白く。前書きのようならと思ったが、順次謎が明らかにされそうなのが楽しみです。素晴らし小説です。
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