決戦 20
王国最強の騎士にして、我が兄――ケイラー・ロンバルド。
俺が彼との決着に選んだのは、幼き頃より鍛え、師ビルクとの出会いにより研ぎ澄まされた我が魔術だった。
それも、ただの魔術ではない……。
正真正銘、俺自身が編み出した、独自の術である。
その術理は、簡潔に説明するならば、光の屈折を操るというものだ。
我が意のまま、周囲の光は歪められ、そこに望む光景が生み出されるのである。
最初にこの術を思いついたのは、他でもない……ウルカと出会い、婚姻の宴を開いたあの夜だ。
あの時、イヴは『マミヤ』のドローンを使い、殺風景な荒野に過ぎなかった『死の大地』を様々に彩ってみせた。
当然ながら、俺はその原理が気にかかり、その後に調べたのである。
調べ、それを己が魔術へと応用することを思いついた。
もしも、人間の目が見ているものは光なのだという情報を得ている魔術師が他にいたならば、そいつはきっと同じことを思いついただろう。
古代の知識を得た俺だからこそ、発想できた術というわけだ。
かつて、スクールグラスを得た際に、思ったことがある。
――これこそが、『マミヤ』以上の遺産だ。
……と。
遥か古の我が祖先が遺してくれた遺産は、数々の超技術や物品そのものよりも、それを成り立たせるに至った知識にこそ価値がある。
例えば、農業に関する知識さえ継承してしまえば、『マミヤ』製の農機具がなくともこれまで以上の収穫を得ることが可能となるのだ。
そしてそれは、戦闘技術においても同じ……。
古代の人々が見い出した知識……。
この時代において生み出され、俺が身につけた魔術の技……。
俺がケイラーに対する切り札として選んだのは、いわば、古代と今とを融合させた術なのだ。
後は、言うに及ばず。
俺は、生み出した虚像の影に隠れる形でケイラーの初撃をやりすごし、回り込んだ。
今現在、この術は衣擦れやブラスターの発射音までは再現できていないのだが、それでもケイラーが反応してしまったのは、優れた目を持っているがゆえであろう。
目に見えるまま、即応した結果――彼の一撃は空を切ることとなり、待ち望んだスキが生じる。
そして、そこを逃さず振り下ろされた剣の外側から、兄の右腕と襟首とを掴んだ。
放つは、我が必殺の魔術――接触式の衝撃波である。
発射式の魔術やブラスターは、ケイラーの反応速度と身体能力ならば対応されてしまう恐れがあった。
ゆえに、直接接触して放つこの術を使う。
指先が一瞬でも触れていれば、俺は致命傷となるだけの衝撃を流し込むことができるのだ。
「衝――」
その一瞬……。
自分があざむかれたことに気づいたケイラーと、目が合った。
彼の表情は、敗北をくやしがっているようでもあり、どこか満足そうでもあり……。
生まれてから、初めて一本を取ることに成功した兄の顔を見て、俺は……。
「どうした、アスル?
早くせねば、日が暮れようぞ」
……技を放てずにいる俺を見て、ケイラーが困ったような笑みを浮かべながらそう言った。
「――っ!」
兄にうながされ、霧散していた術を再び構築しようとする。
体内で極限まで高めた魔力は、噴火寸前の火山がごとく俺の腕まで集中し、衝撃波として流し込まれようとしていたが……。
どうしても、それを解き放つことができない。
「俺は……」
「アスル……」
魔術を放てずにいる俺を、ケイラーがただ見守り続ける。
期せずして見届け人の役を果たすことになったイヴたちは、ひと言も発することなく立ち尽くしていた。
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突如として飛来した竜種に対抗するべく、敵味方問わず武器を取り、あるいはモヒカンと化している戦場の中……。
それなるロンバルドの騎士に目を向ける者など、存在しなかった。
ただ、もしも彼の顔を見る者がいたならば、その目が熱に浮かされているような……およそ、正気のものではないことに気づけただろう。
彼は、ケイラーの供回りを務める親衛騎士の一人であった。
ならば、戦死した兵の傍らに転がっていたブラスターライフルを手にし、駆けて行く先は主たるケイラーの下であると思われる。
だが、彼がうわ言のようにぶつぶつとつぶやいているのは、別人の名前だったのだ。
「コルナ様のために……。
命じられた通りに……」
その様子は、ロンバルド城内において、正統ロンバルドとの徹底抗戦を訴え、周囲を感化させていった者たちとそっくりであった。
ロンバルドの城には、バラの花が咲いている。
そして、そのバラは、かの国において最も貴き者やその周囲に対し、極めて周到に毒を張り巡らせていたのだ。
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「兄上……」
戦う前に試みた説得は、すでに失敗へ終わっており……。
彼が考えを変えるはずなどないと分かっていながら、またも同じことを口にしようとしてしまう。
「――ッ!?
アスルッ!」
兄上がそう言いながら、俺を突き飛ばしたのはそんな時だった。
――ピュン!
同時に響いたのは、効き慣れたブラスターの、どこか間が抜けた発射音……。
突き飛ばされた俺の横髪を、ブラスターのビームが撃ち貫いていく。
そして、その光線は、吸い込まれるように兄の胸元を穿ったのだ。
「――ッ!?」
反射的に懐のブラスター引き抜き、背後を振り返った。
すると、そこにはライフルを手にした……ああ、彼の顔は知っている。
近衛騎士の一人が、青ざめた顔をしながら立っていた。
俺を狙った一撃が、兄上に当たってしまったことで動揺しているのか……?
いや、それにしては、どこか様子がおかしいようにも見える。
ともかく、彼の指先は再び引き金を引こうとしており……。
――ピュン!
俺は、半ば条件反射でそれよりも早く、自らのブラスターを発射した。
これを胸元に食らった近衛騎士が、どうと倒れ伏す。
それには構わず、ブラスターを投げ捨て、倒れる兄に駆け寄った。
「兄上! 何を!?」
問いかけたのは、果たしてなんのことだったんだろうか……。
俺を倒すという、絶好の機会を逃したことについてか?
あるいは、どうしここにきて甘さを見せたかに関してかもしれない。
ああ、俺は今、混乱している。
「ぐっ……!」
兄上が、うめき声を上げた。
混乱した頭でも、はっきりと分かることがある。
彼はもう、助からない。




