決戦 19
おそらく、懐に単筒型のブラスターを飲ませているのだろう……。
中腰に構えたアスルの姿から、それを察する。
俺が所持していたブラスターは、ここへ至るまでの戦いですでに込められた光を使い果たし、放棄してしまっていた。
――勝負は、一瞬。
最初の一撃で、全てが決まる。
ブラスターにせよ、魔術を使うにせよ、アスルの勝ち筋は先制の一撃を俺に当てることしかなかった。
そして、それさえしのぎ、距離を詰めてしまえば……俺の斬撃が、こやつを屠ることになるのだ。
ゆえに、目の前へ立つ弟の動きを注視する。
奴の配下であるエルフ娘や、赤毛の子供たちが何か叫んでいるが、それは耳に入ることがなかった。
俺とアスル……久々に向き合った兄弟の間で、一秒が一時間にも、一日にも引き伸ばされていく。
ある一定の領域に達した武芸者同士で陥る感覚へ身を任せていると、脳裏に去来するのは様々な思い出だ。
待望した弟の誕生に、心から喜んだあの瞬間……。
妹が死産し、ほどなく母上も逝ったことを、父と共に兄弟三人で嘆き悲しんだあの日……。
俺が手に入れた馬に、代わる代わる乗って楽しんだあの時……。
濃密に圧縮された時間の中で、輝かしい思い出が過ぎ去っていく。
最後に思い出したのは、父上を始めとする要職らが集まった一室で、アスルが研究の結果を発表したあの日のことだった。
ビルク先生から教示を受け、十五の成人を迎えて以降……。
アスルは、本の虫という言葉では足りぬほど、それに夢中となる日々を過ごしたものだ。
王家秘蔵の古文書保管庫に籠もり、一日のほぼ全てをそこで過ごしていたのである。
俺も、あそこに残されていた書物は目にしたことがあるが、いずれも読み解くこと不可能と思える、未知の言語が羅列されているばかりであった。
本の装丁そのものはやけに新しく、しっかりした作りをしているというのにだ。
書かれている文字の異質さは、建国王ザギ・ロンバルドの代から伝えられている古書というだけでは説明がつかず、これは先祖が、いかにも何かありそうな形で遺したイタズラではないかと思ったものである。
ゆえに、それをついに読み解いたアスルが出した結論は、頭のタガが外れたそれに思えたのだ。
五年も引き籠もりに近い生活を送ったせいで、常識が失われたのだと……。
あるいは、古書を読み解こうにも難解に過ぎて、突拍子もない結論に辿り着いてしまったのだと……。
だってそうだろう?
太古の人類が恐るべき文明を築き上げており、『死の大地』に今もその遺産が眠っているなどと言われて、誰が信じるというのだ。
だから、父も兄も俺自身も、あのような態度を取ったわけであるが……。
今になって思えば、信じる必要はなかった。
ただ、アスルの努力だけは、認め、尊重する言葉を告げるべきだったのではないか……。
無論、『死の大地』調査に必要な予算と人員として奴が算出したものを、そのまま認めることなどできない。
しかし、我が王家には余裕があったのだから、多少なりともこれに力を貸してやってよかったのだ。
結果として、荒唐無稽なたわ言だったとしても、それで構わない。
そこから、アスルが成長することこそ肝要なのだから。
何より、俺の弟は、少なくとも家族だけは味方であると信じていたはずなのだ。
しかし、俺たちはそれをしなかった。
結果、弟と俺は、互いの国を背負った戦いへ、今、臨んでいるのだ。
果たして、どれほどの間、こうして対峙していたのか……。
ほんの一瞬だったようにも思えるし、もしかしたら、数時間は経過したのかもしれない。
ともかく、その間にアスルはどう攻めるか結論を出し、覚悟を決めたようだった。
その証拠に、見るがいい……奴から発される殺気を。
それは全身に満ち満ちており、並の使い手ならば勝負を断念するほどの圧力で、こちらを押し込んでくるのだ。
アスルは先ほどから構えたまま、まばたきひとつすることなく、こちらを注視していたが……。
不意に、その瞳が俺の目に向けられた。
――くる!
そう直感し、体に力を入れる。
これまで、俺は自然体のまま、力を抜いて立っていた。
極限まで脱力した状態からの爆発こそ、我が奥義。
緩みから力みへの瞬間的な転換は、俺に最高の力を発揮させてくれるのだ。
「――ッ!」
短く息を吐き出しながら、アスルが懐へ手を入れる。
この状況で、奴が選んだのはブラスターでの抜き撃ち!
自らが発見した古代の技術でもって、雌雄を決する腹積もりだ。
おそらく、相応の練習を積んだのだろう……。
まばたきするほどの間で行われる動作は、余人には見切ることあたわぬだろう。
しかし、悲しいかな……。
俺には――見える!
まるで、時間の流れを遅くしたかのように……。
懐のブラスターを抜き、安全装置を外し、こちらに銃口を向ける動作のひとつひとつが、はっきりと捉えられた。
無論、この俺とて、ブラスターから放たれる光よりも速く動けるわけではない。
しかし、相手の動きと発射口の角度さえ分かれば、これを避けるなど造作もない。
俺の腹目がけて放たれた光を、生涯最高とも思える俊敏さで身をよじり、かわす。
同時に、渾身の踏み込みで剣の間合いへと近づいた。
直前に身をよじっているため、少しばかり不自然な体勢となってしまったが……問題はない!
伸ばした右腕で、大上段から愛剣を振り下ろす。
射撃姿勢を取っていたアスルの反応が間に合うはずもなく、この一撃は、我が弟の脳天をかち割ると思えた。
思えた、が……。
「――何っ!?」
予想し得なかった感触に、驚きの声を漏らす。
果実に刃を入れたかのごとき、あの感触……。
俺が予想していたそれは、得られることがなく。
文字通り、空を切った時の感触そのままに、我が刃はアスルの頭へと飲み込まれていた。
存在しなかったのは、手応えばかりではない。
ほとばしるはずの血しぶきも、剣が肉へ食い込むことによって生じる音も、何もかもが存在しないのだ。
しかも、俺の刃を受けたはずのアスルは、ブラスターを腰だめに構えたまま、微動だにせず立ち尽くしているのである。
これは――実体ではない!?
先にアスルが空中へ映し出していたそれと同じ、本物そのものの虚像だ。
ならば、本物のアスルはどこにいるか……。
その答えが、俺の右脇へと迫っていた。
まるで、地を這う狼のように……。
ごく低く構えた姿勢のアスルが、虚像の背後から俺へと飛びかからんとしていたのだ。
渾身の一撃が空を切り、体勢を崩した俺にこれを回避する術はない。
振り下ろされた右腕と、俺の襟首とが、奴の手で掴まれる。
ここから放たれるのは、奴が最も得意とする接触式の衝撃波!
直接接触して放たれるそれは、成牛すら一瞬で絶命させる威力があるのだ。
今度こそ、間違いなく実体のアスルが、口を開いた。
「衝――!」




